第49話 閑話 瑠璃のある部屋


 ※胸糞、グロ要素があります。

 苦手な方はスキップしてください。

 本編には影響しません。


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 薄暗い物置小屋で、2人の子供が身を寄せ合っていた。

 粗末な衣服に身を包んでいる少女と少年。


 少女は14、5才、少年は10才程。

 男の子は式と契約したばかりなのか、背中には小さな灰色の羽が生えている。


 空腹により少年の腹が鳴ったとき、ガンガンと鍵もついていない部屋の扉が乱雑に叩かれた。

 部屋に鳴り響く音に、少年のやせ細った体がビクッと動く。


「……ラピス」


「ジョン、大丈夫よ、姉さんが守ってあげる」


 扉の外からは、苛立つ男の野太い声が続いく。


「時間だぞッ。早くしろ!」


 ラピスと呼ばれた少女が暗い表情のまま消え入りそうな声で返事する。


「今から準備します」


 真赤なドレス。

 日用品も殆どない物置部屋には、全くもって不釣り合いなドレスが一着だけ壁に掛かっていた。

 ラピスは汚物でも体に塗りたくるように顔をしかめながら、ドレスへと着替える。


 そして、部屋にある唯一の棚から、青く光る丸い瑠璃を取り出した。


「お母さん……行ってきます」


 祈るように瑠璃をひたいへと当てた。

 ジョンが知る限り、肉親である母が残した唯一価値が在るもの。

 姉ラピスは、それを母の形見として大事にしていた。


 一通り瑠璃の暖かさを確かめた後、姉は丁寧に棚へと戻す。


「ジョン、すぐに戻ってくるわ。いい子にしててね」


 姉ラピスがジョンを抱きしめ、額へキスをする。

 そして、部屋を後にする。


 姉が赤いドレスを着て、この地下の物置部屋から出ていくのは、いつものことである。

 ジョンは姉を待つだけの時間が嫌いだった。一人でいる地下の部屋はカビ臭く、滴る水滴の音が酷く頭に響く。


 だが、大好きな姉のいいつけ。

 ジョンは壁へ体を預けたまま1人待ち続けるしかない。


 そして、2時間ほど経った時、扉が開いた。

 待ちに待った姉が戻ってきたのだ。

 

 帰ってきた姉の顔には殴られたあとがあり、髪もボサボサだ。

 着て行った真赤なドレスは引き裂かれており、手には新しいドレスを抱えている。


 ジョンは、姉が部屋の外で何をしているのか、全く知らない。

 頑なに、姉が口にしたがらないからだ。

 だが、部屋から戻ってきたときには、ラピスはいつも傷ついていた。


「ラピス……」


 ジョンは悲しそうに姉の口元についたあざへと手を当てる。

 すると、泣き腫らした姉が無理に笑う。


「オマリー様からいただいた服の生地を売って、パンを買いにいきましょう。ジョンが好きな物も買ってあげる」


「……うん」


「どうしたの?」


 傷を負っているラピスが、部屋で待っていただけのジョンヘと優しく語りかけた。


「ラピス、もうこんな暮らし嫌だよ。一緒に逃げようよ。僕も働くから」


 するとラピスの顔から優渥ゆうあくが抜け落ちて、差し迫ったような表情となる。


「伯爵様から逃げるなんて、絶対ダメよ! あと少し、あと少しなのッ!!」


 今までも何度もあった、やり取り。

 だが、いつも姉の反応は変わらなかった。

 オマリー伯爵から逃げようとはしない。


 ジョンは、物心ついたときから城の地下にある物置小屋に、姉と暮らしていた。


 母の顔は見たことが無い。

 ジョンが生まれて間もないときに死んだと姉から聞かされている。


 姉と2人だけの生活。

 それでもよかった。なぜならジョンは姉が大好きだったから。


「うん、わかったよ。ラピス」


「いいのよ」


 ジョンが無理やり頷くと、姉が破れたドレスを脱ぎ捨てる。

 服を汚物でも見るかのようににらみつけながら。

 そして、いつも小さな声で呟くのだ。


「赤なんて大っ嫌い」


 再びツギハギだらけの私服へと着替えた。

 そして、出ていった時と同じ様に、瑠璃を取り出して祈る。


「ただいま、お母さん」


 引き裂かれた服をハサミで切り、まだ売れそうな部分だけを持って2人で部屋を出る。


 姉の手に引かれて、日も差さない地下にある廊下を歩く。

 ジョンは部屋の外が嫌いだった。


 数分進んだ所で、廊下の反対側から使用人が歩いて来る。

 素早く姉に引かれて、道を使用人へと譲った。


 この城で姉ラピスとジョンより最も立場が低い人間はいない。

 いや、正確には立場というもの自体が存在していないのかもしれない。

 その使用人もゴミでも見るかのように、ジョンを見てくるのだ。


 ――この目が嫌いだ


 部屋の外にでると決まって、皆がジョンを見る。まるで誰かの代わりに自分を責めるように。

 その視線を浴びたくないため、ジョンは部屋を出ることが嫌いなのだ。


 地下から続く勝手口を開けると、街へと繋がる裏庭へと出た。


「良かった、夜だね」


 姉弟が部屋から出て、城の地下や裏庭を出歩くことが許されるのは、夜だけだ。

 ジョン達が昼間に庭に出ようものなら、庭師に追いかけ回され、捕まれば酷い折檻が待っている。


「早く行きましょう」


 2人は裏庭を抜け、人目を避けるように街へと降りて行った。


 だが、夜に空いている店は限られている。

 パンなどの食料が買える場所はどうしても酒場のような所となる。


 綺羅びやかな街の通りの影を歩き、行きつけの酒場の扉を開けた。

 最初に飛び込んできたのは、店主の嫌そうな顔だ。

 そして、目も合わさずに姉弟へと言葉を投げつける。


「もう来るなって言ったよな?」


「でも、食べ物が買えないと困ります」


「お前らが来ると、こっちが目を付けられるんだよ」


「……お願いします、買わせてください。弟はまだ食べざかりなんです」


 ラピスは深く頭を下げた。ジョンも姉に少し遅れて頭を下げる。


 店主が深くため息をついた。

 嫌そうに酒のツマミとしてカウンターに置いてある固いパンを紙に包んで、ぶっきらぼうに差し出した。

 代わりにラピスはドレスの生地を店主へと差し出す。


 ドレスの生地は剪断され、反物たんものには使えないとは言え、高価な染料をふんだんに使って染めたリネンである。そのため、昼間の衣服店や雑貨店であれば、もっと金になるはずだが、2人は昼間には出歩けない。どうしても僅かなパンの切れ端と交換せざるを得なかった。


「これで最後だ。もう来ないでくれ」


「ありがとうございます」


 頭を下げながらラピスがパンくずを受け取る。

 その時、酒場の扉が開く。


「チッ、赤がいるじゃねえか」


 振り向くと1人の青年が居た。

 青年の身なりの良い服を纏っている。

 その回りには化粧をこれでもかというほど厚く塗りたくった数人の女たち。


「やっぱりお前もか」


 男が視界に入るもの不快とばかりに、ジョンを見下した。

 その男の名をジョンは知っている。

 ジョンにとって最も会いたくない人間の1人である。


「……タイモン兄様」


 ジョンは目も合わせずに青年へと会釈する。


「クソッ。こんなのと、血が半分でも繋がってると思うだけで、気持ち悪くなるぜ」


 回りを取り囲む女たちがクスクスと笑う。

 そして、青年が店主へと声を荒らげた。


「コイツを店に入れるなって、前言ったよなッ!?」


 店主を睨みつける。


「……申し訳ありません」


「酒が不味くなるんだよ、コイツがいると」


 そう言って怯えるジョンを蹴り飛ばした。


「父上の女好きには困ったものだ。しかも、売女に産ませた子など生かしておくなどと何を考えているのだ。伯爵家の名が汚れる」


「でもでもぉ、あなたも好きでしょぅ?」


 取り巻きの女の1人が指を絡めながらつぶやくと、青年と女たちがゲラゲラと下品に笑う。

 興が乗ったのか、床を這いつくばっていたジョンをあざけり始めた。


「おい、知ってるか。父上は赤がお好きなんだよ」


「……どういう意味ですか?」


「娼婦に赤いドレスを着せて楽しむんだよ。お前の母親もそうだったんだぜ」


 血縁上の兄。

 種を吐き出した人間が、偶然同じだっただけの他人が、ジョンの頭を踏みつける。


「しょう……ふ?」


「ジョン……行きましょう」


 ラピスがかばうように、頭を踏みつけられているジョンの手を引いた。

 酒場から出ようとしたときに、兄が足でラピスの行く手を阻む。


「行かせてください」


「反抗的だな。お前の母親のようにしてやってもいいんだぞ?」


 ラピスの肩が一瞬震えた。


「……申し訳ありません」


 ラピスが唇を噛みながら、謝罪する。


「普段、父上はアレでも抑えてるからな。本当はもっと激しいのがいいらしい」


「お願いします。帰らせて下さい」


 青年が足をどけた。


「チッ、お前は父上の物だ。逃げようとするなよ」


「……逃げません。約束がありますから」


 その後、2人は人目を忍び、息をひそめるように物置小屋へと戻る。

 部屋に帰るなり、気になって仕方なかった質問を姉へと語りかけた。


「ラピス、さっきの話、本当?」


「……聞かないで」


「でも……」


「聞かないでって言ってるでしょッ!」


 ラピスがジョンのほほを叩く。


「ああっ……ごめんなさい、ジョン」


「……いいんだ、ラピス」


 2人は抱きしめ合った。

 お互いのぬくもりだけが、この薄暗い物置で感じられる唯一のものだった。


 ――誰も来ない部屋があればいいのに。外には嫌なことしか無い


 その日、買ってきたパンに手を付けず、2人は寝てしまった。

 胸が苦しく、酒と吐瀉物の臭いが染み込んだパンなど食べる気も起きなかったのだ。


 そして、翌日も姉は呼び出され、赤いドレスを着て、部屋を出ていった。

 いつものように部屋で1人待つジョン。

 昨夜、聞いた話がずっと耳の奥底で鳴り響いている。


 たまらず言葉が口からこぼれ出た。


「娼婦……」


 すると扉が突然、開く。 


 姉が帰ってくる時間には早すぎる。

 扉へと視線を向けると、いつも呼び出しにくる下級の使用人だった。


「何か用?」


 ジョンは忌々しそうに感情の無い目でにらみつける。


「お前らを逃してやるぞ。金をくれればな」


 にわかに信じ難い。

 金で伯爵を裏切ろうとしていることではない。

 使用人や従者たちは忠誠や義理よりも、そでの下のほうが重要である事など誰でも知っている。

 金がないと分かっているはずの2人へ、その要求をしてきたことに驚いたのだ。


 だが、無い袖は振れない。


「……お金なんかないよ」


「アレがあるだろ?」


 もともと頭は良い方ではないし、記憶力が良いわけでもない。

 それでも、この狭い部屋にある唯一の金目の物が、何かくらいは予想がつく。


 ジョンは戸惑いながらも、タンスの奥から瑠璃を取り出した。

 記憶にない母の形見。


「本当に、これで逃してくれるんだよね!?」


 ジョンにとっての全ては姉ラピスだった。

 記憶にもない母より、ずっと身を寄せ合ってきた姉の方が何倍も大事だ。


「……ああ、約束だ。にいける。今日の夜に迎えに来る」


「本当に?」


「本当だ。さすがの俺も人の子よ。あんまりあわれなんで見てられねえ」


「……信じて……いいの?」


「当たり前だ。もう楽になりな」


 使用人の表情には、憐憫れんびんが宿っていることは間違いない。


「分かった。約束だよ」


 ジョンが手渡した瑠璃を懐にしまうと、すぐに扉を閉じて離れていった。


 1人、ジョンは嬉しくてたまらない顔を浮かべた。

 やっとこの牢獄から抜け出せると思うと、胸が躍って仕方ない。

 いつもなら姉が戻ってくるまでの陰鬱いんうつな時間が、とても楽しいものように感じる。

 

 そして、待ちに待った姉が帰ってきた。いつものようにひき裂かれたドレスをまとって。


「おかえり」

 

 ジョンは笑みが溢れて仕方ない。


「どうしたの? 嬉しそうね?」


 いつものように姉がドレスを脱ぎ捨てる。

 棚から瑠璃を取り出そうとした姉の手が、時間を負うごとにガサガサと強い音を立てた。


「無い! 無いッ!」


 ラピスが困惑気味に母の形見を必死に探している。


「ラピス、聞いて。あれは使用人へ渡したよ」


 ラピスの目が見開いた。


「なんで……」


「僕たちをこの部屋から逃してくれるんだ、その対価だよ」


「……何てことを。あれは……お父さんが結婚するときに……お母さんへ贈った大切な物よ」


「石なんかよりも、ラピスのほうが大事だよ」


「ジョンにとっては父さんは他人かもしれないけどッ! 私には大切な人なのッ」


「ラ、ラピス、落ち着いて」


「返してよッ! 返して……。あれは私の希望なの、ねぇ、返してよ……」


 ラピスは、ジョンヘとすがりついた。


「お願い、返して……。ここから出られたときに、お母さんとお父さんの子供である事を、証明するものなのよ。 アレがないと私はラピス瑠璃じゃなくなっちゃうっ」


 ラピスが消え入りそうな声を振り絞った時、扉が開いた。


 扉の先には、でっぷり太った男と、その息子がいた。背後には先程、ジョンと約束した使用人が控えている。


 太った男が、唇の間に糸を引かせながら口を開けた。

 オマリー伯爵、ジョンの血縁上の父である。


「ラピス。逃げようとしたそうだな?」


「ち、違いますッ」

 

 ラピスがひきつりながら咄嗟に否定した。

 だが、オマリー伯爵の耳には届いていないのか、顔が醜悪に染まっていく。


「お前の母親もそうだった! 成金商人の娘が、俺が帝国との戦いに行ってる間に、他の男となんかと、子供を作りやがってッ!」


 オマリー伯爵がラピスを睨みつける。


「お願いします。話を聞いてください」


「だから、男を殺して、そいつを孕ませた。なのにだ! お前の母は俺を愛さなかった」 


 オマリー伯爵がジョンを一瞬だけ不快そうに、にらみつけながら話を続ける。


「ラピス、お前も俺を愛さないのかッ」


「私は――」


 ラピスがジョンを横目で見て、視線が交わる。

 直後、ラピスの言葉が止まる。


「約束は終わりだ。お前が成人するまで俺を裏切らなければ、そのゴミにエスタ・オマリーを名乗らせてやるという約束は無しだ。もちろん、お前の生家の後ろ盾になるという約束もだ」


「お願いいたしますッ! 許してくださいッ! 何でもしますからッ!」


 オマリー伯爵の口角が上がる。


「なら、お前もように最期に満足させろ。俺は約束を守る男だ。お前の母親との約束があるから今、お前らは息をしてられるのだからな」


「ど、どうか……それだけは! どうかッ!」


 オマリー伯爵が使用人からメイスを奪い取る。

 背後にはニヤニヤと笑みを浮かべる血縁上の兄。その手にはラピスの形見である瑠璃が握られてた。横には、後味が悪そうに視線をそらす使用人。


 ジョンは、やっと、はめられたことに気がついた。

 兄が、瑠璃をまるで小石でも投げるように、ラピスへと放り投げる。


 床を転がる瑠璃を、ラピスが体で止めるように床をいながら、手で掴む。


 そして、その上から鉄の棒がラピスへと容赦なく振るわれた。

 骨が砕ける嫌な音が部屋に響く。


「あっあああッッ!!!」


 ラピスの皮膚の下から、白いモノと赤いモノが突き出た。


「俺は戦場でこの美しさを知った。この世の中で最も美しい赤。人が生まれ持つ世界一の花」


 オマリー伯爵が濁った視線をラピスへと向ける。

 突き出した骨と、それにまとわりつく血を美しい花でも愛でるかのように、恍惚こうこつの表情で眺めている。


「人が人として生死を賭して咲かせる花の美しさを教えてやったんだ。 なのにッ! それなのに、お前の母は俺を拒否したのだッ! 結婚の約束までしたのに……何が人が変わっただッ! 俺は裏切られたぁ。裏切られたんだッ!」


 再びメイスがラピスの背中へと振るわれる。

 悲鳴にならない掠れた声だけが少女の口から漏れた。


 ジョンが思わず走り出す。


「……止めて、止めてよ! 止めろよッッ!!!」


 オマリー伯爵へと掴みかかろうとするが、すぐに兄と使用人により止められた。

 耳元で兄がささやく。


「黙って見てろよ」


「や……め…ぐっ」


 首を羽交い絞めにされ、次第に気が遠くなる。


「ラ……ピ……」


 気を失う直前に見たものは、手があり得ない方向へ曲がった姉へ、覆いかぶさったおぞましい父の姿だった。



 しばらくして、水滴が頬にあたり、ジョンは目覚めた。


「うっ」


 窓がない部屋は今が昼なのか夜なのかも分からない。

 どうやら気を失ってからも締め続けられたのか、首が痛む。


 ジョンの横には虚ろな目を開けたままの姉の姿。

 全身に赤色や青黒いあざが浮かび上がっている。


「大丈夫? ラピス」


 横になったまま声をかけた。

 反応はない。

 少女は先程からまばたきを、一切していない。


 ラピスの顔と、顔の横にある手には、白濁した何かがこびりついていた。

 そして、その手の中には瑠璃が握りしめられている。


「……ラピス。もうこの部屋から出なくていいんだね」


 ジョンは開きっぱなしの姉のまぶたを手でそっと閉じた。

 目を瞑った姉の姿に、涙があふれる。


「ずっと、ここにいよう。僕も一緒に居るから」


 ラピスからは何の反応もない。


「……あ、だめだ。今死んだら、僕、式に食べられちゃうね」


 ジョンは1人、話を続ける。


「なら、式も閉じ込めよう。どうせなら、二人で一緒に過ごせる場所を作るよ。そうだ、それがいいね。ラピスが好きな瑠璃を沢山、置いてさ」


 姉のほほに、ハエが一匹とまった。


「あ、でも僕が死んじゃったら、きっと誰かが入ってくるね。どうしたらいいんだろう? 入り口はできるだけ分かりにくい、地下に作ろう。でも、それだけだと完璧じゃないな」


 ジョンが姉のほほへ手を当てると、ハエは飛び立った。

 手のひらに感じる姉の肌には暖かさがない。ただの冷たい何か。


「……そうか、そうだね。そうだよ! 強い魔物も一緒に閉じ込めればいいんだ。誰も近寄らないくらい強い魔物を」


 ジョンの瞳に薄暗い狂気がともる。


「でも作るには、お金が必要だね。どうしよう……ああっ、そうか、ふふっ」


 姉の亡骸の前に、笑顔があふれてしかたない。瞳に宿ったどす黒い狂気がむしばみ始めた。


「はははっ! 全然気が付かなかった。全部、全部殺せばいいんだ。伯爵もタイモン兄様たちも全員。そうすれば僕が伯爵になれる。なんでこんな簡単な事に気が付かなかったんだろ、僕はやっぱりダメな奴だな」


 内気だった少年は、次第に黒い希望に魅入られる。


「それがいいよ! きっと僕が領主になったら困るだろうなぁ。ふふっ。でも伯爵家も家臣も使用人も領民も、全員苦しめばいいんだ。ラピスを傷つけた奴らは全員」


 首の痛さも忘れて、一人立ち上がった。


「待っててね、ラピス。完璧な霊廟れいびょうを僕が作ってあげるから。何年かけても、何を犠牲にしても必ず」


 その日、地下にある仄暗ほのぐらい部屋から少年の独り言が止むことはなかった。

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