第46話 元凶
「良かった、間に合った」
扉も窓もない建物。
つい先程まで霊廟の入り口が分からず、
地下に入り口があるのか、それか特殊な方法でしか開かないのだろう。
地下を探そうかと思っていた矢先、凄まじい魔力を感じた。
入り口を探している場合ではないと、ルシウスは竜炎を放ち霊廟へと無理やり入ろうとしたのだが、何かにより術式が跳ね返されてしまう。
そんなとき、先程、鎧の魔物が生えてきた場所を思い出す。
その場所へと竜炎を放つと、わずかに隙間があったのか、熱が浸透したのだ。
数度、竜炎を放ち、何とか壁を溶かして入口をこじ開けることが出来た。
すぐ目に入った光景。
恐怖にひきつるローレンと、少女へ迫る異様な黒い鎧。
――アレが大元か
そう直感した。
町へあふれる鎧の魔物と似ているものの、目の前の魔物の方がより
体躯は大人より3回りは大きい西洋を思わせる漆黒の甲冑。
兜には、大きな角と4つの目が光っている。
6枚の鉄板が、鎧の周囲を浮いている。
盾のように見えるひし形を崩した形だが、1つを除き破損が激しい。
更に、鎧の至る所もひび割れており、サビが目立つ。
存在感と相反する様に、酷く
「ローレン、助けに来た」
ローレンは口が上ずるばかりで返事が出来ないようだ。
ルシウスは霊廟の中へ、足を踏み入れた。
海へ飛び込んだと
威圧が背中へと駆け抜ける。
一度、邪竜に相対していなければ、ここで動けなくなっていただろう。
すぐさま剣を構え、光を凝集させる。
――ローレンから引き
左手に黒い球体を作り出し、ローレンから離れた鎧の魔物の背後へ放り投げる。
すぐさま、すべてを飲み込む圧黒が発動した。
ローレンも離れているとはいえ、猛風へ逆らうため壁へとしがみつく。
逆にルシウスは吸い込む風に乗り、一直線に走り始めた。
だが、鎧の魔物はまったく吸い込まれる様子がない。
――やはり効かないか
これほどの魔力を秘める魔物を、自身の術式で倒せるとは思っていない。
注意を引く事ができれば良い、という程度だ。
そう思っていた矢先、予想外なことに鎧の魔物は自ら闇へ近づき、手を伸ばす。
そして、圧黒を片手で握り潰し、腕を振り上げた。
駆け寄るルシウスを迎え撃つつもりだろう。
もう止まれる距離でも速度でもない。
ルシウスは全身から汗を吹き出しながら、勢いそのままに鎧へと斬りかかった。
太い腕が振り下ろされ、風を切る音が耳の近くを通り過ぎる。
回避と同時に、鎧の肩へと斬りつける。
――硬い
黒い鎧の手に当たると、あっさり弾かれた。
極限まで光を凝集させた斬撃がまるで効かない。
だが、ローレンから離すという目的は達した。
「来いッッ」
ルシウスは迷うことなく邪竜を
左手から粒子が飛び出た。
日に一度しか使えない切り札。
使うのはここしか無い。
邪竜の気配を察したのか、鎧の魔物は、周囲を浮遊している鉄板へと手をかざし、魔力を込め始めた。
すると鉄板が形を変えていく。
――何だ?
鎧が手に取ると、先程まで宙を浮いた鉄の板が大盾に変形した。
大盾には鎖が幾重にも巻き付いている。
――盾の術式か。意外だな
白妖達の多くは白刃の武具を顕現させる。
その名の通り刃が付いた術式が大半。
何かしらの武具は持っていると思ったが、まさか盾とは思わなかった。
現れるや否や、邪竜が口と羽を大きく開き、膨大な魔力を込める。
魔核を通して、邪竜の歓喜が聞こえるようだ。
周囲の影を飲み込み、暗黒が口からあふれる。
すぐに黒い線が邪竜から高速で放たれた。
森を引き裂き、雲を払う一撃だ。
黒い暴力が鎧の魔物へと到達する。
が、結果は想像とは違うものだった。
「そんな……」
邪竜が放つ圧黒のブレスをを盾で受け止めたのだ。
盾とブレスが拮抗する。
行き場を無くした黒い魔力の塊が四方へと発散する。
四散した細い線が、霊廟の壁を突き破り、黒い線が駆け巡り、大地と壁をえぐった。
――圧黒のブレスを……耐えた……
身体中に亀裂が入り、衰弱しているはずの魔物が、邪竜のブレスを耐えきったのだ。
疑いようのなく、特級の魔物である。
邪竜がいれば、どうにかなると思っていたが、楽観的過ぎたようだ。
すべてを吐き出した邪竜の口元から続いた黒い線が、
ルシウスの驚きとともに、空気しか飲み込めなかった暗黒から暴風が吹き荒れる。
2人の子供は壁へと吹き飛んだ。
ローレンは受け身が取れなかった為、衝撃をそのまま受けてしまい、気を失い、力なくうなだれた。
「まずいな」
眼の前で繰り広げられる人外の戦いが長引けば、ローレンも巻き込まれてしまう。
それだけではない。
街にも甚大な影響が出るだろう。
気を失ったローレンを横目で見た。
黒い鎧と邪竜が、矮小な人間などよそ目に、お互いを掴みかかった。
盾と爪の押し付けあいが始まる。
――やるしかない
ルシウスはすばやく巨体の横をくぐり抜けた。
そのままの勢いで、鎧の背後で飛び上がる。
剣にありったけの魔力を込めて、光と化す。
日輪のような光を一箇所へと濃縮させた。
線ではなく点。
刃の先端のみが光り輝く。
今ルシウスが持つ技の中で、点の突破力では最高の技。
それを惜しみなく選ぶ。
鎧の背後から突きを放つ直前、邪竜と視線が交わる。
邪竜は不快そうにルシウスをにらみつけた。
己の闘争を邪魔されたと思っているのだろう。
――今はそれどころじゃない
構わず最高の一撃を背後から放つ。
防御のためか、鎧の周囲を浮遊する崩れかけの鉄板が、剣の軌道へと立ち塞がる。
「
それでも攻撃を止めない。
放った光の突きは鉄板ごと、黒い魔物の背へと深く突き刺さった。
――通った
魔物も生き物である。
体に剣が突き刺されば、ダメージにはなる。
「あと、何度かこれを――」
突如、剣を通してルシウスの魔力が吸われる感覚を覚えた。
危険を察知し、すぐにルシウスは剣を引き抜き、距離を置く。
すると鎧は邪竜と組み合ったまま、雄叫びをあげる。
「グオオォォォォッッ!!」
見えない
耳を覆いたくなるほどの叫びが収まると、先程と変わっている事がある。
壊れかけていた鉄板の1つが、修復されていたのだ。
「一体なんだ!?」
修復された鉄板が形を徐々に変化させ、見慣れた物を形作る。
次の瞬間、鎧の魔物の右手には、ルシウスの宝剣と瓜二つの魔剣が握られていた。
大きさは黒い鎧に合わせて、肥大化しているが、見間違えようもないほど同一である。
「魔剣を……模倣した……」
ありえない。
白妖達の顕現させる武器は個体ごとに決まっていると、かつてユウが言っていた。
もともとルシウスと同じ魔剣を持っていたということはないはずだ。
ならば、目の前の魔物は、必要な武器を自分で選ぶことができる。
槍も弓も。
そう思うと、先程邪竜のブレスを受け止めたあの盾も、その一類に当たるのではないかと思えてくる。
コピーしたばかりの剣に対して、ルシウスと同じ様に光の線で覆った。
光に込められた魔力はルシウスの比ではない。
全ての闇を焼き切るような力が極限まで集光してる。
「技まで……使えるのか」
歓喜に打ち震える鎧が、その剣で、盾で抑え込んでいる邪竜へと斬りかかった。
さすがの邪竜も刃を避ける。
素早く離れた竜の肩から血を流していた。
邪竜が霊廟の広い空間を活かし、羽で舞い上がる。
そして、口に暗黒を再び集め始めた。
ブレスを
本気の一撃を、建物の中で放つつもりだろう。
「待て! ブレスを止めろッ!」
本気の一撃を受ければ、霊廟が崩れるかもしれない。
ルシウスはともかくローレンは、その衝撃に耐えきれない。
だが、邪竜は止まらない。
最大火力を込めた、暗黒の線を口から吐き出した。
ルシウスの宝剣ではない。
次に聞こえたのは、耳を覆いたくなるような轟音。
まるで高速で回転する刃で鉄を無理やり切るような音だ。
手をかざしながら、状況を確認すると、自身の目を疑った。
「ブレスを……斬ってる」
邪竜の圧黒のブレスを、鎧の魔物が、ルシウスからコピーした宝剣で2つに切り裂いているのだ。
2つに切り裂かれたブレスは霊廟の壁を貫き、隣りにある領主の館へと吸い込まれていく。
光が収まると同時に、ブレスが飲み込み込んだものを撒き散らした。
壊れた壁の向こう側で、オマリー伯爵の城だったものが、ただの瓦礫へと化す。
あの城に人が居たとすれば、何人、死んだのか想像もしたくない。
「早く逃げないとッ!」
今の邪竜は制御下にない。
ルシウスが消すか、鎧の魔物が沈黙するまで、闘争本能のまま戦いつづけるだろう。
ルシウスは倒れていたはずのローレンを再び探すが、見当たらない。
――どこだ!?
邪竜が次のブレスを込め始めたとき、ローレンの姿を捉える。
鎧の魔物が構える大盾の裏にいた。
大盾についている鎖で、裏側へ
「なんで盾の裏に……」
何がどうなれば、そういう状況になるのか理解できない。
特級の魔物に、人質など不要。
力で全てをねじ伏せればよいのだから。
まさか魔物が契約もしていないローレンを、ブレスから守ったとでもいうのだろうか。
邪竜の口から焦熱が
すぐに邪竜を消そうとしたとき、左手が止まった。
――今、邪竜を消したら、もう喚べない
邪竜を消せば、ローレンが邪竜に焼き殺されることはない。
だが、それは魔物へ領民を差し出す事を意味する。
鎧の魔物が街を
ローレンを見殺しにして、民を救うか。
民を見殺しにして、ローレンを救うか。
本来、選択肢など無い。
1人の少女を犠牲に、多くの民を救うことができるのだ。
当然、焼き切らなくてはならない。
邪竜が、いや、式の持ち主であるルシウス自身が行うことが、貴族の責務。
――分かってる
かつて父ローベルもそうした。
限界までは踏みとどまったが、最後は自身の責務を果たすため、母や双子よりもルシウスを取った。
例え個人がどれだけ苦しみを伴ったとしても、その判断は間違えてはいけない。
その時がルシウスにも巡ってきた。
ただ、それだけだ。
心拍が早まり、息苦しくなる。
嫌な汗が全身から吹き出した。
「鎧の魔物を……このまま倒してください……」
さきほどまで気を失っていたローレンが邪竜の熱に
「ローレン、僕は――」
「いいんです。私は……私は父とは違いますから」
体は震えており、顔は恐怖に引きつっている。
それでも藤色の瞳がまっすぐルシウスを見つめていた。
「あなたが助けに来てくれたとき、本当に嬉しかった」
少女が諦めとともに目に涙を浮かべながら、微笑んだ。
その死を覚悟した表情が、ブルーセンの最期と重なる。
『ざまぁ……お前も……失った……な』
左手を固く握りしめた。
「違う」
小さい声で、
『ルシウスさんも、気をつけてください』
ルシウスが麓町から、オリビアの元へと急ぐときにローレンが手を握り、掛けてくれた言葉。
空を見せたときに、苦悩し、涙していた姿。
さきほどの霊廟で、死にたくない、生きたいと叫んでいた声。
「違うッ!」
邪竜の口から炎があふれようとした、その時。
ルシウスは邪竜を粒子へと変えた。
水を差された邪竜が、激怒の
魔力の残りは少なく、もう邪竜は喚べない。
皆に失望され、人から後ろ指を差されるかもしれない。
それでも、この判断が間違っているとは思えなかった。
こうしなければ、いつか、自分は人でない者になってしまう。
初めて自身の意思と、それに伴う責任と向き合えたような気がする。
黒い鎧へと剣を構えた。
「我が名はルシウス=ノリス=ドラグオン男爵。お前を止める」
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