第43話 ルシウスの哀傷

 ルシウスが城を後にし、仮庁舎に歩いてたどり着いのは夕暮れ時。

 鎧の魔物に襲われた麓町は、日も落ちかけているのだが、町民達が片付けに追われていた。


 町の様子を横目に見ながら、仮庁舎の玄関を空けた時、突然、ユウが飛び出してきた。


「うわッ、どうしたんですか、ユウさん!?」


「ああ、ルシウス、無事そうで良かった。ローレンを目にしなかったか!?」


「いえ、今、町に帰ってきたばかりで見てませんが」


「そうか」


 ユウが気落ちする。


「近くへ買い物にでも行ってるのでは?」


「昼前にもどってきてから、ずっとローレンの姿がないのだ。洗濯物も畳み掛けだった」


 クーロン山の麓町は小さな町である。

 買い物だけだと、いつもは1時間もかからない。

 長くユウの側を離れる場合、かならず護衛や監視の目をつけていた。

 

 今回は、余りに異常な事態が重なったため、ローレンを長い間1人にしてしまったのだ。


「僕も探します」


 不穏に思ったルシウスも、ユウと共に町を探すが、一向にローレンらしき人影は見当たらない。

 まさかあの鎧の魔物に、とも脳裏をよぎるが、死傷者の確認は既に終えているらしい。

 犠牲になった人たちの状況から、人を食べたり、繁殖の器にするような魔物ではないようだ。


 他に手段が無いため、手当り次第に麓町の住民へと尋ねていく。

 20人ほど尋ねたところで、雑貨屋の夫人から手掛かりが返ってきた。


「そういえば今朝、仮庁舎の前に馬車が止まってたかな。チラっとだけだけど、火傷のある男とえらく綺麗な女の2人の騎士を見たよ」


「騎士ですか? 兵ではなく?」


 騎士と兵は厳密には別物である。

 この国では伯爵以上でなければ騎士団を持てず、騎士の正式な服装を、私兵扱いのタクト領の兵たちは着られないのだ。


「ああ、まちがいないさ。そんなことよりも、昨日はありがとうよ。うちの嫁もアンタに救われたってずっと言ってたよ。いや、あの黒いの! アレはすごかった――」


 話が長くなりそうなため、ルシウスは半ば無理やり話を切り、ユウの元へと急いで戻る。


 その2人組には心当たりがあったのだ。


 火傷の痕がある騎士といえば、ルシウスが以前、決闘時に竜炎で焼いた騎士がそうであろう。初めて人に放った術式で、忘れようもない。

 そして、ユウと戦った女騎士。


「ユウさんッ! 今朝、ホノギュラ領の騎士が訪ねてきたらしいです」


「俺も同じ事を聞いた所だ」


 一足はやく家に戻っていた、ユウも同じ情報を得ていたらしい。


「もしかしてローレンは、騎士の2人に連れて行かれたということでしょうか!?」


 ユウはにわかには信じ難そうである。


「普通に考えればありえない。直接、他領へ騎士を送るなど。下手をすれば領の間の関係性を悪化させる。だが……」


 ユウの言葉が詰まる。


「ユウさん、何か知っています?」


「以前からオマリー伯爵は、なぜかローレンを狙っていた。だが、今までは俺の排除に留まっていたのだが。昨日の一件といい、ホノギュラで何かが起きているのかもしれない」


 ホノギュラ領と麓町の距離は近い。

 子供の足でも丸一日歩けば、着くほどだ。


 馬車なら数時間。

 式の力を使えば、もっと短いかもしれない。


「ローレンは、今は隣の領にいる、ということですか」


「その可能性が高い」


 2人はうなずいた。

 昨日の魔物も、隣のホノギュラ領から来ていたように思う。


「今すぐ、行きましょう」


「……いいのか」


「なぜですか?」


「ルシウスにとっては、仮住居の家人というだけだろう」


 その通りかもしれない。

 会って2週間程度しか経っていない。

 それでも、何日も同じ屋根の下、暮らした少女がさらわれたかもしれないのだ。


 無関心で居られるほど、冷めては居ない。


「そんな事を言ってる場合じゃないでしょう!」


 ユウの顔が綻ぶ。


「そうか、恩に着る」


 2人は門の扉を蹴り飛ばしそうな勢いで、家を飛び出た。

 すぐにユウが式である陸吾を喚び、虎男の姿となる。


 もうすぐ夜。

 夜、馬車は走ってくれない。朝まで待つくらいなら、自分の足で走ったほうが速い。

 街の中を駆け抜ける。



「急ぐぞ。ルシウス、乗れ」



 隣を走る虎男となったユウが、ルシウスを担ぎあげた。


 ルシウスも邪竜の背に乗ればよいのだが、それだと魔力が尽きてしまう。

 邪竜を顕現させられるのは、日に1度程度。

 何が起こるかもわからない状態で、移動だけで魔力を使い切るわけにはいかない。


 飛ぶように走るユウの肩に乗ると、すぐに麓町も茶畑も視界から消えた。



 月夜が照らす薄暗い森の中を1体の獣が駆け抜ける。

 ユウの息遣いと鈴虫の鳴き声だけが聞こえる森を、2人共、終始無言で前へと進む。


 そして、月が傾いた頃、森を抜けた。

 視界がひらけた直後、視界に飛び込んできたものは、街を燃やす炎の光だった。

 ホノギュラ領の街が燃えている。


「何だ……あれは」


 街の至る所から火の手が上がっており、空に浮かぶ雲も赤く照らされている。

 秋の夜は肌寒いはずだが、熱を街から感じる。


 街へと入ると、人の死体と、虚ろに歩く鎧の魔物が溢れかえっている。

 所々、戦っている騎士たちもいるが、あまりに少ない。


 ――これじゃ、タクト領の方がまだマシだ


 それでも伯爵が住む大きな街である。

 生きている者も多い。


 町の人々が逃げ惑っている。

 パニック状態に明後日の方向へ逃げている者も目につく。


 近くの瓦礫の影で、恐怖のあまり小さくなっている老婆へと声を掛けた。


「大丈夫ですか!?」


「うわッ!」


 飛び跳ねる勢いで老婆が驚いた。


「何が起きたんです!?」


 老婆はガチガチと歯を鳴らしながら声をもらした。


「と、突然、昨日の晩から街に魔物が溢れかえったのさッ! そしたら、騎士が、騎士たちがッ」


 会話にならない。


「ともかくここは危険です。タクト領の魔物は一掃していますので、早く逃げてください」


 魔物が居ないと聞いた老婆は、言葉を最後まで聞かず、先程ルシウス達が通ってきた森の街道へ走っていった。


 その言葉を聞いていた他の領民たちも続く。

 この荒れようでは、ローレンを探すことも、ままならない。


「ユウさん、手分けして探しましょう」


「そうだな」


 ユウが応えた直後、鎧の魔物が数体ルシウスたちへと近寄ってきた。

 ルシウスがスッと右手を剣のつかに添える。


「あれは俺がやる。ルシウスは先に行け」


「わかりました」


 ルシウスは、火の手が上がる街の中心へと、走り出した。


 ――どこだ!?


 周囲を探りながら、建物の間を縫う。

 目についた鎧の魔物を処理しながら進む為、探索は進まない。


 とはいえ、領民を見殺しにはできない。

 手の届く範囲であれば、救う事が貴族の責務。


 苛立ちが募る中、少し開けた所へと出た。

 以前、ユウ達が決闘をしていた広場である。


 ――な、なにを


 そこで見えた光景は、にわかには信じ難いものだった。


 兵たちは魔物に、目もくれず周囲にある建物の扉を蹴り破り、入っていく。

 よく見ると家の中から家財を運び出している騎士たちが多くいる。

 まるで火事場泥棒だ。


「なんで、騎士団が……」


 わけも分からず、見入っていると、建物から何かが飛び出した。


 街の娘だ。


「いやぁッ」


 服は破られており、頬を叩かれたのか口元から血を流している。

 その後ろを獣姿の騎士、数名が狩りでも楽しむかのように、明らかな手を抜きながら追いかけ回している。


「もう一回やっとくか」

「そうだな、逃げられると余計やりたくなる」

「ま、股を開いてても死ぬだけだがな」

「違いないな」


 切れたスカートの端に足が絡まり娘がつまづいた。

 騎士たちが下卑た笑い声をあげながら近づいていく。


 堪らず、ルシウスは建物の影から飛び出し、騎士団達の前へ躍り出た。


「何をしている! 今すぐ止めるんだッ!」


 ルシウスの叫びに近い大声が響くと、獣人姿の騎士たちの足が止まった。


「チッ。なんだ男か。早く次の女を探そうぜ」

「そうだな、オマリー伯爵も多少は暴れていいって言ってたしな」

「というか、この領はもう終わりじゃね?」

「かもな。まっ、俺には関係ないがな」


 騎士団たちはニヤニヤと笑を浮かべている。

 その中の1人が、何のためらいもなく、弓矢をルシウスへと放つ。

 まるで練習用の的でも射るかのような、躊躇ちゅうちょの無さだ。


 その弓矢を素早く剣で斬り捨てる。


「あいつ、見たことあるな。たしかブルーセンを焼いたガキだ」

「……逃げるか」

「何ビビってんだ、あんなガキによ」


 ――なぜ


 ルシウスは、なぜ、なぜとそればかり頭をよぎる。

 騎士団には多くは貴族の出身者が含まれる。更に、従騎士でなければ基本的には騎士爵を授与されており、貴族として扱われる。


 貴族は民を守る存在ではないのか。


 なぜ街を襲う魔物を退治しない。

 なぜ領民を襲う。



 ――貴族って…………なんだ?



 ルシウスの中で、かつて抱いていた不信感が再燃した。

 この世界の貴族は前いた世界とは違うと思っていた。


 さしたる脅威もなく、安定した世界であれば、民主主義的な在り方もいいだろう。


 だが、魔物という脅威があり、個人が強い力を持ち得るこの世界。

 指揮系統が明確であり、急な事態に対応しやすいトップダウンが必要だからこそ、今の在り方が形作られたと思っていた。


 その代わり上に立つ者は、式という命を賭けた力を得ることを義務として背負い、民衆の剣と盾となる責務を負う。

 立場の上下こそあれ、皆が役割を担うことによって、この厳しい世界で、人間という弱い生き物は生を繋いでいるはず。


 だからこそ、ルシウスは自分に与えられた役割を果たすことを決意したのだ。


 前提がガラガラと音を立てて崩れていった。


 騎士団たちは、面倒くさそうに武器を顕現させ振り上げた。

 明確な殺意が伝わってくる。


 ――こんな、こんな醜悪なモノが同じ……同じ貴族なのか?


 確かに両親は、民に愛され、責務を全うしている。

 オリビアもそうだ。


 だが、タクト領の前領主は暴君として民を迫害したらしい。

 オマリー伯爵は民に重税を強いて、その騎士団は、魔物を退治せずに、民を襲う。


 信じていた。

 いや、信じたかった。

 なにか理由があったはずだ、と。


 だが、そこにあったのは身勝手な思い。

 力を持ちすぎてしまった人が、手にした権力や能力を、己の価値と履き違えているという目を覆いたくなる姿。



 ――要らない…………



 ルシウスの手から炎が湧き上がる。


 騎士団たちが一斉にルシウスへと襲い掛かった。


「死ねッ!」


「そんなの要らないッ!」


 ルシウスが竜炎を騎士団へと放つ。


 手から放たれ炎は10人以上いたであろう騎士団の小隊を消し炭へと変えた。

 一瞬で騎士団だった者達が、燃え尽きる。

 騎士団と契約していた式ごと、である。


 灰に変わった騎士団の近くにいた部隊から驚嘆の声が上がった。


「何だよ……アレ……」

「おい、後ろにさっさと下がれよ」

「どけろよッッ! 俺が先だッッ」


 先ほどまでのニヤけた笑いから一転。

 自らを強者だと、捕食者だと、勘違いしていた者たちが、我先に逃げ始めた。


「なっ、何なんだ……何なんだよッ! おまえはッ!」


 化け物でも見るかのような目だ。


 余計、かんさわ


 冷や汗を流しながら、数人の騎士達が懇願する。

 その姿を冷めた目でルシウスは見据える。


「魔物を倒せとは言わない。だが、民を殺すな、犯すな、奪うな。そして、今すぐ騎士を辞めろ。それが嫌なら相手になる」


 侮蔑されたことだけは伝わったようだ。

 怯える騎士の背後にいた数人の騎士達が、警告も虚しく、襲いかかる。


「ガキが調子に乗るな」

「殺せッ!」

「こっちのほうが人数が多いんだ! ビビるなッ!」


 襲いかかる騎士たちを無表情で迎える。


「そう、か」


 右手には光輝く宝剣。

 左手には暗黒の球体。


 悲しさを帯びた赤い目には、人と戦う躊躇ためらいは、残されていなかった。


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