第44話 消えない思い
ルシウスは街の中心にある城へと足を踏み入れた。
日は落ちているというのに、城の中央にある瑠璃の霊廟がやはり目を引く。
騎士団が連れ去ったのであれば、城にいる可能性が最も高いと思っていた。
とはいうものの伯爵の城は広い。
子供を1人捜すというのは難しいだろう。
普段であれば。
だが、今はこの状況。
「逃げろッ!」
「私を先に通すのだ。私は書記官長だぞ」
「こんなときに役職など関係ない!」
我先にと逃げ惑う役人達の声が聞こえる。
必然、そこに人が集まっている。
おそらく魔物を避ける避難経路があるのだろう。
ローレンを連れ去った騎士団は命を惜しんでいた。
無理に鎧の魔物と戦わず、少ない場所を選んでいる可能性が高い。
そこにローレンが居ないまでも、城の人間を捕まえたて問いただせば良い。
声がする方、する方を目指して走るルシウス。
大きな扉を手荒く空けると、大きな広間へと出た。
「お、おおっ! ルシウス殿!」
大広間の奥から声がする。
オマリー伯爵だ。
あらん限りの金銀を両手にしており、明らかに逃げ出そうとしている。
財宝を放り投げ、縋るようにルシウスの足元へやってきた。
「約束通り助けに来てくれたのだな! 待っておったぞ! さあ、早く鎧の化け物たちを退治してくれ」
「あなたは何をしている……」
沸々と怒りが湧いてくる。
「こんなッ! こんな城の奥底で、何をしてるんたッ! あなたはッ!」
オマリー伯爵は、ルシウスの怒りが込められた声にビクッと体を硬直させた。
「避難するに決まっている! 私は死ぬわけにはいかない」
「あなたは貴族であり、領主だ! 立ち向かえッ!」
ルシウスが拳を握りしめながら、歩み寄る。
「魔物どもが襲ってきてるんだ、無理だ……」
胸ぐらを掴み、強く睨みつける。
「騎士が外で領民を襲っている。今すぐに騎士たちを指揮しろ! あなたが領主だろうッ」
「わ、私は、れ、霊廟を作る、霊廟を完成させなくては」
「ふざけるなッ! 言っていただろう、自分は伯爵だと! 貴族であることを誇るなら、今、民を守れッ!」
「う、うるさい……なぜ伯爵の私がこんな目に」
ルシウスは歯ぎしりするほどに怒りを噛みしめる。
――腐ってる
これが自分の信じた貴族なのか。
怒りがこみ上げ、同時に、侮蔑に感情が沸き起こった。
「もういい。ローレンはどこだ」
言いたくなさそうに目を背けた。
「言えッッ!!」
ルシウスが更に強く胸ぐらを掴んで揺さぶる。
「……ぐッ……れっ、霊……廟」
ルシウスは放り投げるようにオマリー伯爵から、手を乱暴に離した。
むせるオマリー伯爵を横目に、霊廟がある中庭へ向かう。
「ゲホッ、ゲホッ……ど、どこにいくのだ」
「霊廟」
「そうだ……それでいい。魔物を倒せ、我が霊廟のために! 霊廟には、大切な、私の命より、領民全ての命より大事なものがあるのだ!」
「お前の為ではない、ローレンと民のためだ」
「度し難い……愚か者だな」
オマリー伯爵ははおぼつかない足で部屋を後にし、人集りへの中へ消えていった。
「貴族の責務だ」
誰も居ない部屋につぶやいた。
ルシウスはオマリー伯爵と反対方向へと駆け出した。
そして、全速力で屋敷を横切り、中庭へと足を踏み入れる。
霊廟が建つ中庭へ。
下から眺めると霊廟は異様の一言だ。
窓も階段も無く、高い塔がそびえ立っている。
街を燃やす炎が
にもかかわらず外壁は美しい青を思わせる瑠璃色が輝いている。
――この中にローレンが
道中、ユウと合流できればとも考えたが、大きな街である。
結局出会うことなく霊廟へとたどり着いてしまった。
ルシウスが入り口を探っていると、霊廟の壁から鎧の上半身が生えてくる。
――霊廟から鎧が生まれているのか?
霊廟が鎧を産んでいるのか、それとも中に産む何かが居るのか。
どちらにせよ、霊廟に閉じ込められているローレンの安否が気になる。
すでに何体倒したかも覚えていない鎧の魔物の首を、冷静に刎ねた。
「魔物の首を
横目で声の主を確認すると、見覚えのある男が居た。
全身に火傷を負っており、ルシウスが決闘時に竜炎で焼いた男である。
男は槍とタワーシールドのような盾を持っている。
「意外ですね」
「何がだよ」
「貴方が不意打ちせずに、声を掛けてきたことが。確か、ブルーセンさんでしたっけ?」
「やっぱりお前、イラつくな」
ブルーセンが羊の獣人姿へと
「……ところで、入り口を探しているのですが教えてくれませんか? 正直、貴方にかまっている時間も惜しいので」
羊男が卑しく笑う。
「いい目になったじゃねえか。初めて会ったときは世間知らず過ぎて、吐き気を覚えるほどムカつく野郎だったが、今のお前には親しみを感じるぜ」
「……意味がわからない。あなた程度じゃ相手にならない。邪魔をしないで下さい」
ルシウスがブルーセンをにらみつける。
「ここに来る途中、何人も殺ったんだろ。顔つきでわかる。なあ、教えてくれよ。貴族の名誉と誇り、貴族としての責務、騎士道精神。どれが戦いで役に立ったのか。戦場じゃ、そんなものがゴミ以下だって知った気分はどうだ?」
その言葉にルシウスは苛立ちを覚えた。
「……何も変わらない」
「いや、変わったね。ここに居た連中も初めから、ああだったわけじゃない。皆、最初は騎士の誇りやら貴族の
「誰かを
「そう。世の中は、
「お前らと同類なんかじゃないッ!」
ルシウスは竜炎を放つ。
炎が一瞬でブルーセンを飲み込んだ。
ルシウスはそのまま無言で振り返る。
「おいおい、どこにいくんだ? これからって時に」
ルシウスが再び振り向くと、無傷のブルーセンが立っていた。
――おかしい。本気の竜炎を放ったはず
「容赦ねえな」
炎が男を包むと、見えない被膜で覆われたかのようにブルーセンの周囲だけ炎が到達しない。
盾だけが、炎を受け止めたかのように一部が
――盾が熱を吸収している?
ルシウスの疑問を置き去りにし、ブルーセンが攻勢に出る。
前回は弓の術式を使っていたが、今は槍を構えてルシウスへと突きを繰り出す。
だが、槍をルシウスは難なく躱す。
カウンターで斬りかかろうとしたとき、体に衝撃が走った。
「ガはッ」
全身の筋肉が意思に反して、引きちぎれそうなほど収縮する。
点滅する視界を無理やり見開くと、次の突きを放とうとしていた。
槍の刃に紫電が
――雷の術式!?
ルシウスは咄嗟に宝剣の光で目眩ましを放ち、距離を置く。
体の痛みを調べると、左肩の一部に火傷を負っていることに気がついた。
槍が纏った電撃を打ち込まれたらしい。
「どうだ? 体を焼かれる気持ちは?」
少し離れた所に、ブルーセンがバチバチと槍を帯電させながら、立っている。
「……そんな術式まで持っていたんですね」
「ああ、知らないのか。これは帝国の技術だ。俺らと違って、帝国の奴らは魔石と術式を武器に組み込んで戦うのさ。ズルすぎだろ。魔石の交換で魔力切れもなけりゃ、術式も変えたい放題」
――魔石と術式を武器に組み込む?
術式だけを組み込み己の魔力で発動させるのであれば、ルシウスの剣と同じではあるが、魔石を動力源にするなど聞いたことがない。
何より
魔石は魔物の魂そのものだ。
また、帝国の武器をなぜ騎士であるブルーセンが持っているのかもわからない。
だが、ともかく正体は分かった。
雷の術式を組み込んだ槍、魔防の術式を組み込んだ盾。
――いける
ルシウスは左手に暗黒を作り出し、ブルーセンへと放り投げる。
圧黒が全てを飲み込んでいくが、やはりブルーセンだけは吸い込まれることを拒否したかのように地に直立したままだ。
本人は笑っているが、盾はそうでもない。
竜炎で一部が溶けた。現在は圧黒を受けて、盾が激しく
ルシウスは圧黒が吸い込む風を背負い、間合いを詰めた。
それをブルーセンが槍で迎える。
「学習しねえな」
雷を帯びた槍が繰り出されるが、突きは、たいしたものではない。ユウの突きの方が何倍も鋭い。
厄介なのは四方への放電。
不規則かつ高速で襲いかかる雷撃は対処が難しい。
だが、その雷もルシウスへ到達する前に圧黒へと飲み込まれていく。
「なにッ!?」
ブルーセンの驚きの声を無視し、速度を乗せたルシウスは宝剣の光を凝集させる。
そのまま低い姿勢から盾へと斬りあげた。
竜炎と圧黒という術式を受けていた盾はついに限界を迎え、ルシウスの宝剣が放つ光の一撃により、真っ二つに切断される。
ほぼ同時、圧黒が暴発するように吸い込んだ空気を吐き出した。
近くに居た2人とも、突風により一気に吹き飛ぶ。
ルシウスは地面を何度も転がりながら、寸秒を争いブルーセンの手元を確認する。
――弓矢が来る
そう読んでいた。
小さなルシウスの方が激しく吹き飛ばされ、態勢が整わない中に、本来の術式である弓で攻撃される、と。
だが、意外なことに、ブルーセンは割れ落ちた盾を呆然と眺めていたのだ。
疑問を感じながらも、ルシウスは素早く立ち上がる。
やっと気を取り直したのか、ブルーセンも槍を帯電しながら突進して来た。
その姿にもやはり違和感を覚える。
――なぜ
距離があるのだ。
槍ではなく、なぜ弓を使わない。
「死ねッッ!」
雷撃を纏った突き。
ルシウスは突きを躱すと同時に、集光させた剣で飛散する雷ごと、剣を振り抜いた。
ルシウスの斬撃により、雷ごと斬られたブルーセンが倒れる。
――気持ち悪い
竜炎や圧黒により、既に人の命を奪ったが、直接、剣で奪うというのは初めてだ。
手へ、溶けた鉛でも打ち込まれたかのような不快感がまとわりつく。
「最期に選んだのが、自らの式ではなく、まがい物の力とは。本当にあなたは誇りを捨ててます」
「ざまぁ……お前も……失った……な」
「それでも……それでも、僕はあなたの様にはならない」
ブルーセンの濁った瞳がルシウスを見つめる。
少しだけ。
本当に少しだけブルーセンが微笑んだ。
単にルシウスが、そう思いたかっただけかもしれない。
「……なんで……もっと……はや」
何かの言葉を言いかけてブルーセンは息絶える。
「…………」
ブルーセンが、なぜ1人で霊廟の近くに居たのかは今となってはわからない。
頭を振り、今なすべきことへと意識を無理やり向けた。
そうしなければ手にまとわりついた不快感に全身が飲まれそうだ。
ルシウスは再び霊廟の入り口を探し始めた。
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