第41話 黒い群れ

 ――何の音だ!?


 突如、麓町に瓦礫がれきが崩れるような音がこだました。


「見てきます」


「俺も行こう。ローレンは家から出るな」


 ローレンがうなずく。

 ルシウスとユウは家から飛び出し、大通りへと続く道を、肩を並べながら駆け抜けた。

 いつもは町民が笑いながら歩いている通りのはずが、混乱し、逃げ惑う人々が見える。


 その中に異質な存在。

 黒い甲冑が6、7体ほど彷徨さまうように歩いているのだ。

 風貌は、西洋の鎧に似ているが剣も盾も持っていない。


「ユウさん、あれは!?」


「分からん。だが、魔力が薄い人里に、これほど多くの魔物が現れるなど初めてだ」


 甲冑は周囲をしきりに見回し、鉄の腕で、家の壁に無理やり穴を開けては中へと入っていく。


 ――何かを探してるのか?


 大通りを歩いていた甲冑が各々、壁をぶち破り家屋へと消える。


 代わりに違う個体が壁を押しのけて通りへと出てきた。

 甲冑の手には、もう生きているとは思えない人を引きずっている。


 ――人も襲うのか


 静観するほど被害が拡大するだろう。


「ユウさん。手分けして倒しましょう」


「そうだな」


 視線を合わせ、2人が別々に方向へと飛び出した。

 動きに反応したのか、すぐに人をひきずる甲冑がルシウスへと近寄ってくる。


「来い」


 素早く抜剣し、光を凝集させる。


 近くに歩いてくると、甲冑が右手を伸ばしてきた。

 しかし、動きは緩慢かんまん

 ルシウスへと掴みかかろうとするその手を、斬る。


「なにもない……」


 切れた手甲の中は、がらんどう。

 本当に鎧だけが歩いているようだ。


 痛みを感じていないのか、甲冑が残された左手で、再びルシウスへと掴みかかる。

 だが、俊敏な動きではない。


「遅い」


 ルシウスは鎧の左手をかわし、光る宝剣で鎧を袈裟斬けさぎりにした。

 ゴトゴトという音を立てて、2つに別れた鎧が崩れ落ちる。


 すると、崩れ落ちた鎧が幻影だったかのように立ち消えたのだ。


 ――死体が消えた?


 宝剣の魔力を感じ取ったのか、街中にいた鎧達がルシウスの周りへと集まってくる。


 ギヂギヂと鎧が擦れる音を軋ませ、突き破った壁の中から、通りの奥から、屋根の上から、20体は下らない程の甲冑が現れた。


 うち数体はユウと戦っているようだ。


 1体が唐突に走り始めると、他の鎧たちも続いた。

 無数の鎧たちが群がるように、ルシウスへと一気になだれ込む。


 ――来るッ


 波に飲まれるかのように、ルシウスはすぐに黒い鎧に塗りつぶされる。

 ルシウスを飲み込んだ後には、ありが砂糖にたかったかのように、鎧達による黒い塊ができあがった。


「ルシウス!」


 ユウの声が響く。


 すぐにユウが大剣を握りしめ、ルシウスの救出に向かった。

 大剣を振りあげようとした、その時、塊の天辺から、何かが打ち上がる。


 黒い小さな球。


「何だ?」


 無風であったにもかかわらず、突風が吹き荒れる。

 黒い球へと、周囲の空気、瓦礫がれき、そして鎧たちが、次々と吸い込まれていくのだ。


 群がった鎧たちをすべて飲み込むと、間を置いて、黒い鎧の残骸を周囲にぶちまけた。


 その下にはみくちゃにされた、ルシウス。


「大丈夫か!?」


「ええ、圧黒の術式で一掃できました」


 ユウが周辺に転がる残骸を横目で確認する。


「……そうだな」


 そして、周囲に散らばった鎧の破片も、もともと存在などしていなかったかのように、すぐに消えた。

 服のホコリを払いながらルシウスが立ち上がる。


「なんでしょう、これは?」


「分からん。見たこともない」


 周囲に魔力は感じない。


 ひとまずの驚異は去ったと思ったのも、つかの間、町民の悲鳴が聞こえてきた。


「また向こうから来た……」

「兵たちは助けに来てくれないのか!?」

「領主の街の方角から来てるぞ」

「逃げずに戦えッ! この町にはユウさんが居るんだぞッ!」


 再び混乱へ突き落とされた民衆。

 すぐに視線を町の外へと向けると、大通りの先にある街道から再び鎧の群れが向ってくる様子が目に入る。


 ――あれはオリビアの居城がある方角だ


 声を聞きつけたのか、ローレンも出てきた。


「ローレン、出てくるなと言ったぞ」


「ユウさんとルシウスさんが心配で……」


 ルシウスは剣を鞘へしまい、靴紐くつひもも固く結び直す。


「ルシウス、どうするつもりだ!?」


「この辺りの鎧は倒しました。今から、オリビアを助けに向かいます。方角からして、領主の街が襲われているかもしれません」


「そうか、なら俺の門を使え。周囲の魔物を倒しながら向かう。無理はするな」


「わかりました」


 ローレンが2人へ不安そうな視線を送ると、ユウが応えた。


「すぐに帰ってくる」


 無言でうなずくローレン。

 そして、ルシウスの手をにぎる。


「ルシウスさんも、気をつけてください」


「大丈夫、分かってる」


 ユウが手を合わせると空間が避け、門が開く。


「領主の館までは転移させられない、近くまでが限界だ」


「大丈夫です。では先に向かいます」


 ルシウスが門へと飛び込んだ。

 辺りの風景が一変し、夕日に照らされ、嫌に明るい赤色に染まっている茶畑の真ん中へと1人出る。


 すぐにその赤さが夕日ばかりでないことに気がついた。


 ――街が……


 オリビアの館がある街は戦火に既に包まれていた。

 至るところから火の手が上がっており、離れていても悲鳴と怒声が聞こえてくる。


 同時に、城壁の端で、強烈な光の瞬きが垣間見える。

 見間違えようのないグリフォンの光だ。


 ――あそこか


 ルシウスは茶畑を横切り、街へと入った。


「酷い」


 街の建物には、多く穴が空いており、崩れかかっているものも多い。

 誰1人いない通りを走り抜け、城門前で戦う兵士たちの姿を捉えた。


 ――囲まれてる


 30体以上の鎧達が、門へと押し寄せ、10人ほどの獣姿の兵士たちがそれを防いでいる状態だ。


 防ぐ兵士たちが殺られれば、あの鎧達が城内へとなだれ込むに違いない。

 兵士達は武器を顕現させており、必死に抵抗しているが、様子がおかしい。


 ――本当に兵士なのか


 数人の兵士を除いて、数年、まともに訓練していないのか、獣人の姿をしておりながら、腰が引けて戦えていないのだ。


 剣や槍を振るうさまえない。


 力の入っていない突きを放った兵士の1人が、槍を掴まれ、鎧達の中へ引きずり込まれる。

 そして、草でも千切ちぎるように、ねじ切られた。


 兵士達の顔が青ざめ、悲鳴があがる。


「ひぇっぅ」


 そんな中、まともに動ける少数の兵士が、他の兵達を助けるために、顕現させた剣や槍で鎧の魔物と対峙していた。


 だが、多勢に無勢。

 既に傷だらけである。


 ――城門が食い破られる


 ルシウスが剣に光を込めて助けに向かおうとした時、太陽が登ったかのような輝きが、周囲を覆った。


 空から舞い降りた獣は光り輝いている。


「もう大丈夫よ」


 王の獣にまたがった少女が声を張り上げた。

 オリビアだ。


 兵の中でもまだ動けていた、牛の獣人の声が溢れる。

 ルシウスが初めてオリビアを訪ねて来た時、話しかけてきた責任者である。


「……グリフォンの娘」


 数体の鎧を斬り裂きながら、ルシウスがオリビアのもとへと駆け寄る。


 威勢のよい掛け声とは裏腹に、いつ倒れてもおかしくないほど顔色が悪い。

 オリビアは魔力を使い過ぎているようだ。


「オリビア!」


「ルシウス……来てくれたの」


オリビアの張り詰めた顔が、ほっとしたように少しだけ和らぐ。


「大丈夫!?」


「ええ、少し、無理しすぎた……みたい」


 オリビアもルシウスと同時期に契約したのだ。

 まだグリフォンとの魔力の同化は進んでいないはず。


 そのため式の顕現にかかる魔力は膨大となる。

 だからこそルシウスは邪竜を顕現させていない。


 だが、魔力の同化が進んでいない状態で、グリフォンを長時間、顕現させたのだろう。

 グリフォンから崩れ落ちそうになるオリビアの肩を支えた。


「オリビアは休んで」


 それでもグリフォンを戻さない。


「……駄目よ。民が不安になるじゃ……ない」


 兵たちの背後にある門。

 その更に奥から、城の中庭に集まった領民達が、少女の背中を縋るように見つめている。


 仕えるべき君主も持たず、まともな訓練もしていなかった兵士達の不甲斐ふがいなさを目の当たりにし、既に心の支えはグリフォンのみといった状態だ。


 グリフォンを戻すと、心の支えを失った民達がパニックになる可能性がある。

 平時ならともかく、この事態では、判断を誤れば多くの人間が命を落とす。


 もたれかかるオリビアの手をグリフォンの首へと優しく掛ける。


「分かった。すぐに終わらせる」


 グリフォンの首にしがみついているだけのオリビアが、力なく笑う。


「ええ……お願い」


 ルシウスは剣を強く握った。


「俺も一緒に戦う」


 責任者である牛の獣人を筆頭に、まだ動ける数人の兵士たちが、横に並ぶ。

 だが、すでに皆、傷だらけである。


「背後で、領主の護衛をお願いします」


「だが、ここは俺達の故郷だ。俺達が守りたい」


 言いたいことはある。

 なぜ、思いを持っていながら、新しい領主を信じられなかったのか。

 なぜ、他の兵たちはまともな訓練を行っていなかったのか。


「……タクト領を守りたいのであれば、今、成すべきことはわかるはずです。だれを守るべきなのかも」


 兵士たちは唇を噛みながら青髪の少女へ視線を来る。

 そして無言でオリビアの周囲を取り囲んだ。


 ルシウスが大量の魔力を剣へと流し込み、夕闇を真昼へと変えた。

 閃光の中、剣を構えると、街を彷徨っていた鎧の群れが、一斉に向かってくる。


 ――100体は居るな


 近くにいた数体が、すぐにルシウスの間合いに入った。

 斬る。

 更に斬る。

 更に更に斬る。


 魔物達は自身が傷付く事も顧みず、ひたすらルシウスが持っている宝剣へと手を伸ばしてくる。


 ――宝剣に惹きつけられてる?


 間合いに入った数体の鎧の魔物を、全て斬り伏せた。

 ルシウスは一呼吸置いて、次の波が来る前に左手に魔力を込めて、黒い塊を作り出す。


 黒い塊は影から球体となり、周囲を吸い込み始める。


「圧黒」


 その黒球を群れに向かって放った。

 弧を描いて地面と落ちた黒い塊が、急速に周囲を吸い込み始める。


 危機感が無いのか、黒い影たちは、目の前で仲間たちが闇へと消えていく様子を気にもとめず、光に吸い寄せられる虫のように、ルシウスへと向かってくるのだ。

 そして、次々と鎧達が黒い影へと飲み込まれていった。


 歪な光景である。


 ――まるで操り人形みたいだ


 周囲に居たほとんどの鎧達を飲み込んだ所で、圧黒は破裂するように、大量の鉄くずを吐き出した。


「はっ、はは」


 背後に居た兵士たちから乾いた声が漏れ聞こえてくる。

 皆、唖然あぜんとしながら眺めていた。


 周囲を見回すと、街の大通りに続く街道から、黒い津波が向かってくる様子が目に飛び込む。

 隣領のホノギュラへと続く街道だ。


「……まだ来るのか」


 局所戦ではらちが明かない。

 ルシウスが背後で、必死に意識を保っているオリビアへ視線を送ると、オリビアが小さくうなずいた。


「来いッ」


 ルシウスが邪竜を喚ぶ。


 黒い粒子が形を作るやいなや、邪竜が大きく口を開き、炎があふれる。

 炎をすぐには放たず、濃縮させている。

 どうやら距離が在るためか、溜めてから放つつもりのようだ。 


 口から溢れ出る凄まじい熱量に、ルシウスも兵士たちも思わず顔をしかめる。

 反対に邪竜はどこか嬉しげである。


 クーロン山のときとは違い、明らかな格下にもかかわらず邪竜は歓喜に満ちていた。


 ――鎧は檮杌とうごつよりは弱いはずなのに


 邪竜は闘争を好む。

 だが、格下に対しては興味を持たない事が多い。


 ルシウスの疑問を焼き払うように、極限までられた獄炎が放たれる。

 凄まじい熱量と目を覆いたくなるほどの煌めきを振りまきながら、大通りとその先にいる街道の魔物たちが一瞬で灰塵かいじんへと消えた。


「「「…………」」」


 背後に居る兵士たちや領民は皆、言葉を失う。

 数名の人間は立っていられなかったのか、腰を抜かす様に地面ヘと座り込んだ。


 後には、もともと人が歩いていたとは思えない、赤く煮えたぎる岩漿がんしょうだけが残された。


 全てを飲み込んだ炎とともに、空を覆っていた鎧の魔物が放つ魔力も立ち消える。

 それ見届けたかのようにグリフォンが消失し、オリビアが地面へと放り投げられた。



「オリビア!」



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