第67話 戦帝
舞い降りた青年は、両手にランスを携え、ペガサスのような魔物に騎乗していた。
槍の二刀流というのは短槍でいえば無いわけではないが、あまり一般的ではない。
「誰?」
雰囲気が他の兵と、まるで違う。
絵画のような容姿を除けば、至って普通の人間であるのに、底知れない不気味さを感じる。
青年に続いて、数名の帝国兵が舞い降りた。
その1人が、声をかける。
「陛下、いきなり前線に出ないでください。立場をお忘れでしょう」
「ブリッジットは心配性だな」
「相手は特級魔術師です。現に今、邪竜が兵を食い散らかしてます」
「だから私が出てきたのだろう」
「ですが!」
「方針を決定して、指示した。戦略の承認をした。他に何をすればいいのだ?」
「作戦は始まったばかりです。全体を
「それなら間違っていない。前線こそが最も全体を俯瞰できるのだから」
近衛兵の皆が、ため息を付いた。
「それができるのは陛下くらいです」
「帝国は軍事国家。そのトップが兵の後ろへ隠れていては、士気に関わる―――」
ユウが敵と判断し、大剣で素早く切り込む。
踏み込み、溜め、力の解放、斬撃の軌道、すべてが完璧だ。
「と、思わないかね?」
青年はユウの
――振り向いても……いない
護衛と思われた兵たちも、ユウの攻撃自体は気がついていたようだが、さほど気にしていないようだ。
刃が届くことなど、絶対にありえないとばかりに。
青年は、そのまま振り向きもせず、ランスで反撃する。
あまりの俊敏さと精度により、避けきれないユウは左腕で槍を受けざるを得なかった。
腕を貫通し、肩に深く突き刺さった槍から炎が立ち上る。
「くハァッ!」
ユウの全身から煙が上がる。
「ほう」
「……戦帝ベネディクトかッ!?」
「そうだな」
何も隠し事などない、といった様相である。
肩から突き出たランスにぶら下がるユウを見ないまま、視線をルシウスへと向けた。
「少年、交換しよう。フューリーから剣を引けば、私も、この虎から刃を引こう」
「ダメだ、ルシウス! 俺に構うなッ! そのまま征将を討てッッ!!」
ルシウスは戦帝ベネディクトを4つの目でにらみつける。
「そっちが先だ」
「ああ、構わないよ」
戦帝ベネディクトは
ルシウスも刃を引く。
「やはり、思った通りのタイプだ」
肩から流血しながら立ち上がったユウが、再び、戦帝へと襲いかかった。
すぐさま護衛の1人が立ちふさがる。
元女騎士のブリジットである。
「お前は……ホノギュラの騎士」
「ああ、いつぞやの決闘では世話になったわね」
「退け。戦帝を倒せば、この戦争も終わる」
「
ブリジットは槍を構える。
槍からは、どす黒い
そのままユウとブリジットの戦いが始まった。
「さて、私たちも始めようか」
茶会にでも誘うように、戦帝ベネディクトが声をかける。
ルシウスの背後に、強者の臭いを嗅ぎつけた邪竜が舞い降りた。
「……お前を倒せば、この馬鹿げた戦いも終わるのか」
すぐさま
ルシウスは、光をまとった剣で
邪竜は、竜爪を以て八つ裂きに。
だが、ペガサスのような魔物に乗ったまま、二人の攻撃を避け、これしかないというタイミングで反撃を加える。
ルシウスの
傷は浅い。
だが、ランスに強大な魔力がうねり、炎が吹き出す。
――まずいッ
直撃すれば蚩尤ごと燃え尽きると、確信できるほどの業火。
突き刺さったランスを、乱雑に盾で払い
ユウと負傷したフューリーを担ぎ上げた近衛兵も、
瞬時、空まで
その炎には覚えがあった。
一瞬で熱を伝え、あらゆる物を灰へ変える炎。
――竜炎ッ!?
周囲にいた獣兵が余熱に巻き込まれ、真白な灰となり、風に吹かれて崩れる。
ルシウスも爆炎により弾き飛ばされ、遠くへと落下した。
一方、邪竜は炎も気にせず、爪や牙で
邪竜の攻撃はいずれも必殺。
当たれば一瞬で片がつくはず。
だが、金色の髪と瞳を持つ青年は、それを最小の動きで
まるで弓矢が飛び交う戦場を、鼻歌でも歌いながら歩くように、だ。
軽やかに、何の迷いもなく。
――信じられない……
筋力、防御力は、確かに術式による補助を受けている。
だが、それを十全、いや十二分に制御し繰り出しているのは、戦帝の技量に他ならない。
その異常さは、かつて邪竜の一撃を間近で味わったルシウスが誰よりも理解できた。
――バケモノだ
戦帝ベネディクトがペガサスを、
そして槍を構えた。
先程、竜炎を放った槍とセットで所持していたもう一振りの槍。
邪竜の
邪竜は
「やったかッ!?」
一緒に飲み込んだと思われたが、青年は騎獣を踏み台にして、更に一段高い場所へと飛翔する。
青年が陽光を背にした時、邪竜の口で巨大な爆発音が響いた。
――騎獣を自爆させたのか
脳のすぐ下で衝撃を受けた邪竜が口を開けたまま、一瞬、制止した。
舞い降りた皇帝が、落下しながら邪竜の口内へランスを突き刺す。
直後、突撃槍から津波のような水があふれ出た。
踏み折られた茶の木に、水が掛かり、白い花が狂い咲く。
吹き出した水が、氷像のように龍を型取り、邪竜の頭の下から、一気に駆け上がる。
天へ昇る龍のように。
――命の水……
周囲へ散布された水が魔力へと戻ると、
「頑丈だね。
左手の騎手魔核から感じる感覚は痛みと怒り、そして快楽。
目を
ルシウスはすぐに邪竜へと近寄った。
邪竜の口内から槍を抜き取り、握りつぶす。
「グウオォッッ!」
邪竜から苦痛の雄叫びが上がる。
「涙ぐましいね。さすが契約者かな」
確かに邪竜は今、ルシウスを殺そうとしている。
だからといって、苦痛を与えたいとは思わない。
あくまで契約にもとづく事象でしかないからだ。
邪竜が居たからこそ、生き残れたこともある。
「魔物も生きてる」
「ああ、生きてる。彼らは貴重な資源だよ。もちろんこの国の人たちも」
「ふざけるなッ!」
「作戦では、君が今、
ルシウスはベネディクトの言葉を無視して、思案する。
先程の竜炎といい命脈水といい、邪竜のブレスと同等以上の威力である。
どこにそれほどの魔力と術式があるのか。
「不思議かい?」
ルシウスの思考を読んだかのように、笑いながら声をかけてくる。
「……魔力が送られている」
よく見ると大河のように流れる魔力が、赤い竜と白い龍を吊るした、飛行船から皇帝へと送られている。
あまりに濃い魔力が漂っている為、すぐには気が付かなかった。
「そうだ。今、私は2つ同時に特級の魔力と術式を使ってる。まあ、應龍の術式はなくなったがね」
ベネディクトの手元に残った槍から、竜炎と思われる炎が吹き出した。
背後で、赤い竜と白い龍の苦痛に
「問題は、
特級の魔物が叫ぶほどである。
魔石から魔力を強制的に抜かれる痛みや苦しみは、想像を絶するのだろう。
――残酷すぎる
魔物は高い知能を持つ。
ときには人と手を取り合える生き物を、まるでモノのように扱っている。
いや、それ以下だ。
「邪竜。ここは僕が抑える。あれを撃ち落とせ」
ルシウスの意識を共有している邪竜が、素早く翼を羽ばたかせ、舞い上がる。
「無理だと思うがね。でもまあ、好都合でもある」
邪竜が血を滴らせながら、飛行船と同じ高さまで上がる。
一瞬の溜めの後、漆黒のブレスを放つ。
驚くべきことに、圧黒のブレスが飛行船に届くことはなかった。
飛行船を覆う半透明な魔力の
――防魔の術式
それも邪竜の一撃を受けても微動だにしない程のもの。
当然、その原動力となる魔力も2体の魔物から奪ったものだろう。
「お前はまだ戦い足りないのだろう!」
ルシウスの声と、邪竜の叫びが重なる。
竜炎を口から放ちながら、一直線へ飛行船へ飛んでいく。
流星の
それが、船の魔防壁に激突し、
「すごいな、ブレスに己の体躯を加えて、魔防壁を引き裂こうとしてるのか。まあ、それも無駄だ」
魔防壁に喰いかかる邪竜にたいして、正面にある飛行船の先端が開く。
光の
赤い竜と白い龍のうめき声とともに、砲台から放たれた雷光が邪竜へと降り注いだ。
神の雷が、邪竜の巨体を飲み込む。
「これで邪竜は片付いた。さて、続きをやろうか」
ベネディクトが再び槍を構えた。
済ました顔のすぐ横に、ルシウスの斬撃が通り過ぎる。
最小の動きでそれを避けながら、竜炎の槍で強烈なカウンターが襲いかかる。
盾で受け止めるが、爆発音と共に
だが、ルシウスは笑った。
「……いや、片付いてない」
次に聞こえたのは爆発音。
鱗が
雷光を受けながらも、一切の防御を捨てた邪竜が、魔防壁をわずかに、こじ開けた姿だった。
邪竜が鼻先をねじ込み、雄叫びを上げる。
呼応するように、
2体の魔物が、最後の力を振り絞り、拘束具を引きちぎる。
次の瞬間、お互いの
――殺し合っている
赤と白が絡みつくように、お互いの首を食いちぎる。
途端、2頭から生気が抜けて落ちていった。
魔力供給が停止し、邪竜の侵入を阻む魔防壁が緩んだのだろう。
邪竜が鼻先からこじ開け、壁の内側へと首を
「やれ、邪竜」
わずかに開けた口から圧黒のブレスを放つ。
細い黒い線が、2機の飛行船を
金属製の甲板が一瞬で引き剥がされ、飛行船の3分の1程が、一気に黒い線へと飲み込まれる。
戦帝ベネディクトはそれでも表情を崩さない。
「……驚いたな」
純粋な称賛である。
直後、飲み込んだ数多の物が吐き出され、船の大半が微塵となりながら吹き飛んだ。
落下する残骸が、大小不揃いな音を立てて、地面へと叩きつけられていく。
中には赤い竜と白い龍。
そして、黒銀の邪竜も含まれている。
「な、んだ、あの……脳」
こぼれ落ちる残骸の中に、無数の水槽に入れられた脳を捉えた。
百や二百ではない。
「アレが……すべて……人? ……いったいどれだけの」
戦帝ベネディクトが真顔で告げる。
「そうだね。ざっと2万人。もちろん分散しているため、1つの魔導船には1500人から2000人くらいだ」
「あれが全部……この国から」
「いや、それは違う。あの中には帝国民の奉仕階級も混ざっている」
「奉仕階級……」
「市民権を得るには能力が足りなかった者たち。我々の国では人は財産なのだよ。人には等しく魔導具を稼働させるという価値がある。ただ、残念なことに、人として国へ貢献できる側と、そうでない側に分けられるだけだ」
「自国民も犠牲に……」
「君らより、よっぽど人道的だと思うがね?」
「ふざけるなッッ!」
「帝国では本人の努力が認められる。生きてから成人するまで選別されず、皆、等しく教育を受けることができる。生まれて間もない赤子へ、生きるか死ぬかの儀式などを施しはしない」
ルシウスが剣を振り下ろし、ベネディクトのカウンターが入る。
だが、先程のような威力はない。
竜たちからの魔力供給が無くなっているからだろう。
「
ベネディクトが後方へと下がった。
「そうだね。終わりにしようか。十分、データは取れた」
ベネディクトは地面にランスの
同時に断末魔の叫びが聞こえた。
声の主は
まるで急速に成長する
ベネディクトが
「狂ってる……」
「我々の兵器開発部のセンスには私も閉口する事がある。だが、腕は確かだ」
ランスに紫電が走り、
周囲の空気が小刻みに震えている。
――高周波か
強力な雷と振動を纏った一撃が放たれ、それを紙一重で
おそらく竜たちの術式と魔力を振るう戦い方は試験運用のようなもので、こちらが本来の戦闘スタイルなのだろうと直感した。
「まだ子供で良かった。大人になってたら、
悪寒が走った。
この感覚を知っている。
過去に何度か味わったことがあるもの。
体の細胞すべてが警鐘を慣らしていた。
死が迫っている、と。
ルシウスは全身の神経を研ぎ澄ませる。
蚩尤の
それを目の前の男は涼しい顔で避ける。
反対に、幾度となく超振動を帯びた槍の突きが、ルシウスの盾に降り注いだ。
魔導砲が直撃し、もともと亀裂が入っていた防魔の盾が
受け止める度、小さな亀裂が入る。
――盾が……保たないッ
宝剣から鮮烈な陽光を放ちながら、後退。
一度、体勢を立て直す。
宝剣の光が落ち着き、太陽の光が周囲を照らした時、2人の人影が見えた。
手前にある人影から槍がはえている。
「は?」
抜けた声が口から漏れた。
閃光を浴びた目が落ち着き、はっきり像を捕らえた。
「……ユ、ユウさん? ……なんで?」
戦帝の槍がユウの胸を貫いていた。
血が
槍を突き刺したまま、戦帝が不思議そうにつぶやいた。
「どこから湧いて来たのだ?」
2人の背後で、ユウと戦っていた女騎士が地面へと倒れ込んでいた。
「ブリジットを破り、そのまま光に
戦帝が槍を引き抜きながら、ユウを褒め
ユウの体が地面へと流れ落ちる。
「さて、続きをやろう」
そして、槍を再びルシウスへと向けた。
「ユ……ウ……さん?」
胸から大量の血を垂れ流し、地面へと横たわるユウ。
「逃……げろ」
仰向けのまま、ユウがうわ言のようにルシウスへと言葉を投げる。
「逃さないよ。ルシウスだっけ? 君には色々と聞きたいことがある」
ルシウスは戦帝の言葉を無視し、ユウへと語りかける。
「逃げませんよ。貴族は民の剣であり盾、ですから」
ルシウスは再び剣を構える。
「そう、気を張る必要はない。何をしても結果は変わらない。今日、この時点でアヴァロンティス王国の滅亡は確定した。東部を落とせば、後は疲弊した北部と、平和呆けした西部と南部。大したことはない」
ルシウスが戦帝へ斬りかかろうとした、その時。
視神経が混線したように、何かの映像が混ざる。
自分のものではない視覚情報。
それでいて、ずっと前からあったもののようにも思える。
土煙。散らばる脳。金属の破片。
赤い鱗
と
白い鱗
――何だ?
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