第59話 隠蔽された場所

「宝石みたいだな」


 赤い透明な石で作られたゴーレムだ。

 クリスタル水晶というよりガーネットのように見える。

 8本脚に、4本の腕という姿は変わらない。


 クリスタルゴーレムが近づくにつれ、周囲の気温が僅かに上がる感覚を覚えた。

 ゴーレムの周囲には、高熱でじ曲げられた空気のゆらぎが見える。


 ――なんて熱だ


 近づくだけでのどが焼けそうだ。


「オリビア様を守れッッ! 退却だッッ!」


 ジョセフが迷わず撤退を決めた。

 タクト兵達もその判断に瞬時に同調した。


 皆がオリビアを取り囲みながら後退しようとしたとき、更に悲鳴が上がる。


「駄目だッ! 鉄ゴーレムッ!」

「うわっ! うじゃうじゃ出てきやがった」

「一体どれだけ居るんだ!?」


 脇道のいたる所から、床を金属が打ち付けるような音が木霊する。

 騎士とタクト兵たちの視線がルシウスへと注がれた。


「ユウさん、周囲の鉄ゴーレムを良いですか? 僕はあれを倒します」


「わかった」


 頷くなり、ユウは陸吾りくごを顕現させ、虎男へとなる。

 大剣を生成し、近くにいた鉄ゴーレムを一刀両断した。


 ジョセフの驚嘆が漏れる。


「すげぇ」


 ルシウスも蚩尤を顕現させる。

 途端、6枚の鉄板を周囲に浮遊させる黒い鎧が現れた。


 すぐに鉄板を剣と盾へと変化させ、クリスタルゴーレムへと斬り掛かる。

 斬撃はクリスタルゴーレムの腕でガードされるが、1本の腕を斬り伏せた。


 鎧に囲われているにもかかわらず、凄まじい熱が腕へと伝わってくる。


 熱さに気を取られた一瞬の隙に、クリスタルゴーレムが、ルシウスへと抱きついた。


 業火の抱擁ほうよう


 3本の腕しっかりとホールドされ、熱を全身で感じる。


「しつこいッ!」


 ルシウスは蚩尤の理外の膂力りょりょくにより無理やり、ゴーレムの腕を引きちぎった。


 残った3本の腕も砕け散り、乾いた音を立て、赤い宝石が床へと散らばる。


 赫灼かくしゃくした宝剣に光をまとわせ、横一文字のように胴体を真っ二つに切り裂く。


 吹き飛んだ上半身が、近くの壁へと叩きつけられ炎を巻き上げる。

 そして、地面に残された下半身が崩れ落ち、真赤に煮えたぎる岩漿がんしょうの水たまりを作った。


 完全に沈黙させた。


 ――騎士団は大丈夫か


 振り返ると、グリフォンに乗ったオリビアが、数えるのも馬鹿らしいほどの光の線を四方へと放っていた。


 光の線が鉄ゴーレムに当たると、光が一瞬で貫通する。

 それが数十、数百と周囲の鉄ゴーレムへと降り注いだ。


 ――蜂の巣だな……


 光が止んだ後には全身に無数の穴が空いたゴーレム達。

 20体はいたであろう鉄ゴーレムが一斉に崩れた。


 一方、ユウの周辺には鉄くず山が出来ていた。

 平滑な断面で鮮やかに斬られた元鉄ゴーレムたちが、哀れな姿をさらしている。


 騎士団やタクト兵が、3人の戦いに息を飲む。


「信じられない、一瞬で」

「な、なんて人たちだ」

「これ、俺らいる意味あるのかよ……」

「お、おい! いざというときは、肉壁にでも、なんでもなれるだろッ」


 特にクリスタルゴーレムを倒したルシウスへは畏怖に近い様相である。


「まさか、クリスタルゴーレムまでいるとは」


 ジョセフは安堵ではなく、困惑している。


「たぶん魔物で言えば1級の真ん中くらいでした。アレが群れで出てくれば手こずるかもしれませんが、単体なら、さほどでもないです」


 ルシウスの言葉にジョセフが苦笑いする。


「出現する迷宮は多くはありませんが、騎士の中隊を引っ張り出す奴ですよ、アレ。ですが、問題はその上です」


「魔鋼ゴーレムでしたっけ?」


「そうです。記録に残っている限り、過去4度出現しましたが、例外なく壊滅的な被害を出してます。出現した迷宮は全て探索不可能として、閉鎖となりました。そして魔鋼ゴーレムがいた迷宮には必ずクリスタルゴーレムが出現しています」


「魔鋼ゴーレムが、この迷宮にもいるかもしれない、と」


「あくまで可能性が上がったというだけですが」


 突然、クリスタルゴーレムの背後にいた、白い何かがモソモソと動き始めた。


 ――白いスライム!? クリスタルゴーレムの近くに隠れてたのか!?


 思わずルシウスが叫ぶ。


「1級の偽核だッ!」


 声に反応した白いスライムが、弾丸のように飛び出した。

 昨日みた黒い鈍色にびいろのスライムほどではないが、やはり素早い。


 ルシウスは蚩尤しゆう顕現けんげんを解かず、そのままスライムを追い始めた。


「ルシウス、待って。私も行く!」


 オリビアもグリフォンにまたがったまま、ルシウスに追従する。


「お待ちくださいッ」


 騎士と兵士たちも続いた。


 白いスライムは先ほど来た道を高速で跳ねていく。

 それを追いかけ、ルシウスは来た道を疾走する。


 後わずかで手が届くというとき、白いスライムが道の真ん中で停止したのだ。


 ――今だ


 だが、突然白いスライムの姿が消失する。

 ただの土壁へ飛び込んだのだ。


 ――消えた!?


 ルシウスは鎧の体であることを良いことに、白いスライムが飛び込んだ壁へと体当りする。


「うッ! ……ん?」


 衝撃に備えたつもりが、そのまますり抜けてしまったのだ

 まるで壁など無いかのように。


「まやかしの壁……」


 ルシウスのすぐ、あとにオリビア達が続き、ユウや騎士たちも壁をすり抜けてきた。


 皆、目を白黒させる。


「こんな場所があったなんて……この辺りは何度も探索した場所なのに」


 もう白いスライムの姿は見えないが、前へと続く通路は、どうやら一本道のようだ。


 未開拓の薄暗い道を慎重に進んでいくと、床に何かが散乱している。


 ――携行品や武器だ


 まるで人だけが消えたように多くのが遺留品が残されていたのだ。


「……騎士団の支給品だ。まだ新しい」


 ジョセフは腐りかけの携帯食を見る。


「人はどうしたのでしょうか?」


「何かに襲われたのでしょう。おそらく生きて無いと思います」


「これ、全員ですか!?」


 周囲に散乱した鞄や武器を見ると、10人や20人の物ではない事が容易に想像できる。


「居たッ」


 オリビアが声を上げ、グリフォンに騎乗したまま、その遺留品の上を一気に飛び超えた。


 通路の奥の暗がりに、確かに白い点が見える。

 1級の偽核である。


「オリビア様ッ! お待ちください! 何かがいるかも知れません」


「駄目、 今、捕まえないとにげられちゃう」


 ジョセフが制止するも、高速で飛翔するグリフォンである。

 一瞬で間合いを詰めて、白いスライムへ迫った。


 そして、オリビアが身を乗り出し、目一杯伸ばした手でスライムへと触れた。


「やったわ!」


 突如、周囲が明転めいてんし、光がオリビアとグリフォンを飲み込んだ。


 ――何だ


 次に聞こえたのは、空気が裂ける轟音。

 それが雷の一撃であることに、すぐに気がついた。


 ルシウスは声を上げるのも惜しみ、大きな鎧姿のまま、雷光に飲み込まれたオリビアへと急ぐ。


 近づくと身体中から煙を上げながらも、何かを威嚇しているグリフォンが見える。


 ――よかった、無事だ


 オリビアは、白い偽核を抱えたまま、壁へよたれかかっていた。グリフォンがかばったのか、傷は見られない。


 壁を背にしたまま地面へと倒れ込むオリビアは、壁にすられたことで、服がはだけ、下腹部があらわとなった。


 腕に抱えられたままの白い偽核がオリビアの体内へと入っていく。

 偶然、へそに当たり、取り込まれたのだろう。


 オリビアの顔が苦痛と快楽の両方が襲ってきたかのように歪む。


「あれが偽核」


 だが、ゆっくり見ている余裕など無い。

 ルシウスは雷を放った何かと、気を失いかけているオリビアの間に体を滑り込ませた。


 意識を前方へと向け、再び浮遊する鉄板から剣と盾を魔力から作り上げた。


「何か居る」


 視線の先にある薄暗い影にいるの人だろうか。

 鎧と槍に反射した光が淡く見える。


 それも1人2人ではない。


 ――30人、いやもっといる


 隊列を組んだまま、何かが近寄ってくる。


 近くまできて、はっきり捉えたその顔は灰色だった。

 何より醜悪な顔に、大きな鉤鼻かぎばな、裂けたような口に、黄色く不揃いな牙。


「ゴブリン…」


 ゴブリンには違いないが、強い違和感を覚えた。


 全員がホブゴブリンと思えるほど体躯が大きい。

 皆、大人の背丈ほどある。


 そして異常に整った装備。

 サビどころか、油で丁寧に皮膜を作られた鎧、槍である。


 更に、鎧も槍も見慣れない。

 凹凸のある表面に、時折、光の線がう。


 その形には見覚えがあった。

 ホノギュラの災禍時、ブルーセンが装備していた帝国の武器と盾に似ている。


 ――なぜゴブリンが帝国の装備を?


 最前線を歩いていたゴブリンの一体が、槍を前方へ向け、一直線に走ってきた。

 手にした槍に紫電がほとばしっている。


 盾で受け止めるが、凄まじい雷霆らいていが立ち上る。

 放たれる熱量は、クリスタルゴーレムの炎と遜色そんしょくない。


 ――何だ!? この威力ッ


 熱気が周囲を覆う。

 それでも蚩尤しゆうは無傷ではあるが、雷を放ったゴブリン自体が真黒に炭化していた。


 自死を考えぬ特攻とっこうである。


「うっ……」


 背後に守るオリビアが、熱にあおられ目を覚ます気配を感じた。


「オリビア! 早く逃げて」


 その声が、開戦の合図となる。


 一斉に帝国の装備を纏ったゴブリン達がなだれ込む。


 意図を察したグリフォンが前脚で主を掴み、すばやく距離を置いた。

 同時、ルシウスは剣に光をまとわせる。


 蚩尤の横薙よこなぎ。

 邪竜のブレスすら切り裂くに無慈悲の斬撃を放つ。


 一振りで10体ほどのゴブリンが、上下半身を割かれる。


 もとより6級の魔物と特級の魔物。

 多少の装備を持てど、戦いなどにならない。


 そう思った時、宙を舞ったゴブリンの上半身から、笑いがこだまする。


 爆ぜる。


「え?」


 その衝撃は竜のブレスかと紛うごとき閃光と爆轟。

 強力な光が放たれたのだ。


 凄まじい衝撃が体を通り抜けるが、蚩尤なら耐えられる。


 ――自爆かッ


 防魔の盾で逸らした衝撃波が、左右の壁をえぐる。

 岩が崩れ落ち、土埃つちぼこりを巻き上げた。


 土煙の間から、隣の通路が見える。通路を隔てる壁が崩れ落ちたのだろう。


 再び前方へ目を戻すと、眼前のゴブリン達の後方から、多くのゴブリンが合流する様子が見える。

 奥までは暗く見通せないが、足音からして相当数のゴブリンがいるのだろう。


「大丈夫ですか!?」


 ルシウスは背後にいる騎士団とタクト兵へと声を掛ける。


 ユウとジョセフを始めとした数名はすでに式を顕現させていた。


「皆、式を顕現させろッ! オリビア様を守りながら、後方へ距離をとれ! 幻影の壁まで戻るッ!」


 すぐに皆が後退を始める。

 反対にジョセフは前へ進み出て、道をふさぐようにルシウスの横へと並ぶ。


「ジョセフさん、無理をしないでください」


「撤退できるまで、俺も一緒に食い止めます」


 ジョセフは震えている。

 何よりゴブリン達を、異様に警戒している。


「あのゴブリンたちを知っているのですか?」


「あれは帝国の獣兵です」


「獣兵? ゴブリンがですか?」

 

「ええ、帝国は、使い捨ての特攻兵として、魔力で強化したゴブリンやトロールなどの人型の魔物を使役します」


 なぜ、帝国の獣兵が迷宮にと、頭によぎるが今はそれどころではない。

 次々になだれ込むようにゴブリンが襲いかかってくるのだ。


 ユウも素早くルシウスの横へと並び、数体のゴブリンの足を斬り裂いた。


「ルシウス、獣兵は瀕死になると自爆するように訓練されている。足を切り行動を抑えろ」


「自爆……訓練……」


 式のような契約ではなく、魔力により無理やり体を変えさせ、従わせている。

 そして最後には自爆させる。


 全く生き物として扱っていない。


「来るぞ!」


 ユウの言葉に気持ちを切り替える。

 体を低くし、ルシウスは足を切り払った。


 ユウとジョセフも同様に戦い始めた。


 それでも奥から次々に現れるゴブリン達を完全に食い止めることはできない。

 3人の横をすり抜けるゴブリン数体と北部の騎士が戦闘が後方で始まる。


 今の小隊は、集団戦闘ではなく、探索が目的の組成である。

 そのため。撤退は遅々として進まない。


 更に、前線でもユウはともかく、ジョセフはゴブリンの波が押し寄せるたび、傷や火傷が出来ていった。


 ――クソッ 竜炎が使えれば


 邪竜の術式は、破壊力の調整こそ難しいが、集団戦闘にも単体戦闘にも使える便利な術式である。竜炎なら自爆させる前に灰に変えられるかも知れない。


 だが、それを使うためには文字通り寿命を削ることになる。


 ルシウスが歯がゆさを覚えていると、女性の声が聞こえた。


「壁が崩れた音を辿ってみれば……」


 横を振り向くとシャオリアを隊長とした、本隊が崩れた壁の向こうに見える。


「シャオリア旅団長! 撤退の助――」


 ジョセフが声を上げる前に、素早くシャオリアが掛ける


「全隊、式を顕現ッ! 防衛陣形を組めッ! タクト領主の安全を最優先」


 小隊の大半を、北部の支援班と合流させ、オリビアの周囲へと派遣する。

 シャオリアは龍女を顕現させ、槍でゴブリン達の手足を突き刺しながら、ジョセフの前へと立った。


「ジョセフ小隊長は、抜けたゴブリンの対処を」


「はい……申し訳ありません」


「シャオリア旅団長、加勢ありがとうございます!」


「話は後! 獣兵が居るってことは、帝国の尖兵もすぐ近くに居るはずよ!」


 シャオリアの言葉通り、地面を埋め尽くすゴブリンたちの最後尾に何かが見える。

 こちらの様子を探っているのだろう。


 目を凝らし、その輪郭を捉えた。

 4名の騎士である。


 白銀の鎧を着込んだ騎士たちが、同じく白銀の鎧をまとった馬に騎乗しているようだ。


 「あれが帝国兵」


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