第58話 参戦

 家に帰ると既に日は落ちていたが、ユウはやはり仕事に追われていた。

 そんな中、ローレンと一緒に夕飯を作るルシウス。


「ルシウスさん。後、あれ切ってもらっていいですか?」


「任せといて」


 鼻歌まじりにルシウスがバケットの中から食材を探す。


「ご機嫌さんですか?」


「ん? ああ、ちょっとね」


 バケットからは、ユウが好きな発酵肉の腸詰が出てきた。

 以前、一度食べさせてもらったが、この臭みやえぐ味が酷くとても食べられたものではない。


「最近、ユウさん忙しそうですから、食事くらい好きな物を、って」


 眉をひそめるルシウスへ、ローレンがなだめる。

 もともと小さな頃から慣れ親しんだ違いか、ローレンは好んで食べはしないが、そういう味だと思っているようだ。


 日本で言う納豆みたいなものである。

 食べ慣れない者からすると酷い臭いや歯触はざわりりらしい。


「そうだね」


 ルシウスは我慢しながら発酵腸詰を一口サイズへ切っていった。


 程なく、夕食の支度が済み、仕事を終えたユウがダイニングへとやってきた。

 3人とも席に着く。


「ルシウス、騎士団はどうだった?」


 開口一番、ルシウスへと尋ねる。

 起きたことを、簡単に説明すると、ユウが大きくため息をついた。


「そうか、災難だったな。だが、ルシウスはそうやって命と向き合ったのだな。俺は……」


 酷く思い詰めた表情を浮かべる。


「ユウさん?」


 自分の世界に浸りかけたユウを現実へと引き戻す。


「少し考えごとをしていた。こちらは特に進化の糸口は掴めない、すまない。力になってやりたいのだが」


 気落ちした表情を浮かべたユウ。

 ローレンも心配そうにルシウスを見つめた。


「まあ、この2年どれだけ探しても、全然分かりませんでしたからね」


 ルシウスが式を得られた後も、北部へ帰らず、東部にとどまり続けている理由は、邪竜の進化のためである。


 邪竜を進化させる糸口を探し出そうと、ずっとクーロン山へと入り浸っていたのだ。


 思いつく限り、ありとあらゆる事をやった。


 進化した者から直接、証言を聞き取り、進化が起きた場所へも何度も赴いた。

 行った場所だけではなく、当日通ったルートや食べた物なども真似してみた。


 果ては、進化した人たちが当日着ていた服を頼み込んで貸してもらい、身につけ、当時の行動を模倣し、周囲からも呆れられたほどである。


 それでも一向に進化などしなかった。


「そうだな」


「僕が調べた限りだと、進化は4年前と10年前に突発的に、クーロン山で観測されました。場所の他に、重要な要因が何かあるんだと思います、それはオルレアンス家の見解と一致してます」


「……10年前か」


 ユウはなにか引っかかるものがあるのだろう。


「その要因が何かわかりませんが、仮に6年周期で発生しているのであれば、次は2年後。とても邪竜は待ってくれません」


 ルシウスは左手に浮かんだ模様へと目をやる。

 邪竜が刻んだ黒い模様は、やや膨らんだ半円となっていた。


「そうだな。明日から俺も迷宮に同行する。1級の偽核が居たのであれば、無為にクーロン山をさまよい歩くより、よほど確度が高そうだ」


「本当ですか!?」


「ああ」


 1級の偽核が迷宮に居ることもわかった。

 更にユウも力を貸してくれる。


 邪竜に喰われる未来を回避できる可能性が一気に広がった気がした。


 ユウが気を取り直したようにフォークを持ち、皿に盛られた発酵肉を口へと運ぶ。

 少し引き気味にルシウスは、その姿を見つめる。


「ルシウス、食べてみるか? 塩で食べるとうまいぞ」


 いつかと同じことを言われた。


「ちょっとユウさん、食べ慣れてない人は苦手だと思いますよ」


 ローレンがユウをたしなめる。

 だが折角の好意である。


「では、少しだけいただきます」


 ユウがソーセージのような食べ物を、ルシウスの皿へと置いた。

 思い切って、一口食べると独特の酸味と臭みが口に広がる。


 ――不味まず


 案の定、むせてしまった。


「ルシウスも大人になれば、この味がわかるようになる」


 やはり、あれが美味しくなる日が来ると思えない。


「……そんな日が来ますかね」


 口の中の物を、水で無理やり流し込むルシウスだった。



 ――――



 翌日、ルシウスは、ユウと共に砦の門を潜る。


「変わらないな、騎士団の空気は」


「確かユウさんも元騎士だったんですよね?」


「ああ、あまり長く居たわけではないがな」


 中庭では昨日と同じ様に、騎士たちが訓練に励んでいた。


 ――あれ?


 だが、真面目に鍛えているが、鬼気迫った様子がない。

 何かを察したユウがルシウスへと声をかける。


「……様子が違うのか?」


「ええ、昨日はもっと差し迫った感じだったんですが」


「大方、ルシウスが前評判まえひょうばんとはまったく違う人間だったときに、皆、殺される覚悟で挑んだのだろう」


 そう言われれば、シャオリアも騎士団たちの緊張度合いは、を超えていたように思う。


「……それはそれで傷つきますね」


 小さな声で笑うユウと、少しふくれっ面のルシウス。


 その2人が視界に入ったのか、中庭で訓練していた騎士たちが、素早く一列にならぶ。


 ――なんだ?


 騎士たちが床に膝を付く。


「「「大変、申し訳ありませんでした!!」」」


 中庭が揺れるのではないかと言うほどの大声で、一斉に謝罪の言葉を叫んだのだ。

 おそらくカラン師団長とシャオリア旅団長から事の顛末てんまつを聞いたのだろう。


 一人一人と、謝罪の挨拶などしていたら日が暮れる。

 必要があればやるが、向こうも一斉に言ってきたということは、そこまでは求めていないのだろう。


 罰は背負うと決めたのだ。

 ルシウスも姿勢を正し、応えるように一礼をした。


 騎士団たちから安堵の声が漏れ聞こえる。


「剣に迷いなく、それでも命とも向き合う、か」


「ええ。ですが、命のやり取りなんか無い方がいいですね」


 足取り軽く2人は、砦の地下、迷宮の入り口へと降りていった。

 通路を抜けた時、入口の前にあるホールには、北部の騎士が既に待っている。


「遅くなりました。すみません」


 ジョセフがすぐに反応し、ルシウス達の前へと駆け寄ってきた。

 その表情はなぜか困り果てていた。


「いえいえ、まだ時間前ですから。ところで、ルシウス殿、そちらの方は?」


「ユウさんと言いまして、隣のタクト領の代官です。探索を手伝ってもらえることになったんです。腕前は僕が保証します」


 ジョセフがユウへと視線を移す。


「大丈夫だ。騎士時代に迷宮探索は経験がある」


「はあ、ルシウス殿がそう言うのなら。……あっ! それよりも」


 ジョセフが再び困った顔をする。

 その時、聞き覚えのある声が響いた。


「ルシウス、遅いじゃない。急ぎましょう」


 ホールの前に、薄い青髪をなびかせた少女が立っていた。

 四大貴族の娘、オリビアである。


 少女も12歳となり、瞳は二重ふたえではっきりとしているが、父であるシュトラウス卿のような鋭い視線である。


 更に、その整いすぎている顔立ちが、より端厳たんげんさを醸し出していた。


「なんで、オリビアがここに?」


「1級の偽核が見つかったらしいじゃない? だから手伝いに来たの。ついでに北部の騎士たちの現状も知っておきたかったし」


「なんで知ってるの?」


 ちなみにルシウスは一切にオリビアへは言っていない。

 隠していたわけではないが、昨日の今日である。伝えるタイミングなどなかった。


「私の情報網も馬鹿にしたものではないでしょう?」


 オリビアがなぜか勝ち誇った様に胸を張る。


「……そうだね」


「オリビア様、あまり前に出ないでいただきたい」


 兵長のリウエルがオリビアへと声をかける。

 随伴した10名ほどのタクト兵達もすぐにオリビアの背後に立つ。


 北部の貴族達も気もそぞろといった様子だ。

 ジョセフがルシウスへ耳打ちする。


「ルシウス殿! 聞いておりませんよ、まさかシュトラウス卿のご息女をつれてくるなんてッ!」


 シュトラウス卿は北部を収める四大貴族である。

 四大貴族とはその地域において、絶対的な盟主であり、王の次に敬うべき相手である。

 その跡取りであるオリビアに対しても同等の扱いが必要である。


「どうやら、手伝うって言ってますね」


 オリビアが急に会話に入った。


「当たり前よ。ルシウスが困ってるんだから。私も手助けしなくては」


 オリビアの青い瞳には強い意志が込められている。

 ルシウスが感謝の意を伝える間に、北部の騎士とタクト兵たちが一斉に応えた。


「「「ハッ」」」


「さあ、堅苦しいのはこれまで。探索に行きましょう」


 オリビアが促す。


「承知しました。行きましょう」


 ジョセフの掛け声と共に、ルシウスとオリビア、ユウを含む騎士一行は迷宮へと足を踏み入れた。


「ここが迷宮……聞いていた通りの場所ね。ところで、北部の騎士達はしいたげられていない? ちゃんと評価してもらえている?」


 唐突にオリビアがジョセフへと声を掛ける。


「はっ! 今のシャオリア旅団長が理解のある方で」


「そう。もし、北部の騎士達が困っているのであれば、力になるわ。そのために私は王になるのだから」


「は、はい」


 嬉しさに打ち震える北部の騎士たちとは対照的に、タクト兵たちが顔をしかめる。

 彼らは北部ではく、東部の出身者である。


「分かってる。北部に拘泥こうでいするつもりはないわ。王の出身州ではなく、等しく、すべての国民が機会が与えられ、評価され、豊かに生きていける国にする。それが私の目標よ。兄は東部の民を生かすために命を投げうった。なら私が北部だけを優遇する政策にするわけにいかないわ」


 さも当たり前のようにオリビアが口にする。

 兵たちも胸をなでおろした。


「……本当にそんな時代が来るのでしょうか」


 先程まですくんでいたジョセフが思わず口を挟んだ。


「来るのではないわ。創るのよ」


 ジョセフが目を輝かせ、顔を紅潮させる。


「はい!」


 しばらく道なりに歩いた所で、コウモリ型の偵察ゴーレムに見つかり、土ゴーレムと出くわした。

 タクト兵長リウエルが、素早くとオリビアの前へと出る。


「リウエル、下がって。私が対処するわ」


「いけません、オリビア様」


「そうです、我々がッ」


 ジョセフたちも負けじと前へ出ようとする。


「それはもっと強いゴーレムが出てきた時にしてちょうだい。ちゃんと肩慣らしをしておかないと」


 オリビアは左手をかざして、グリフォンを喚ぶ。


「来なさい、グルーオン」


 薄暗い迷宮の中を明るく照らす白い翼を羽ばたかせ、式が顕現する。

 鷲の頭を持つ獅子がオリビアの前へ降り立った。


「お、あはッ」


 北部の騎士たち見惚れるようにグリフォンを見つめている。

 王の獣グリフォン。1級中の1級の魔物。


 それを従えているのが北部の将来に盟主であるという事実に打ち震えている者も多い。


ぎ払いなさい」


 オリビアがグリフォンへと命じると、その太い足の前脚で、土塊を斬り裂いた。一瞬で土ゴーレムが崩れ落ちる。


 同時に、驚嘆の声が上がった。


「さすが王の獣です」


 ジョセフが声を掛ける。


「世辞はいいわ。土ゴーレム程度であれば助けは、不要だと言いたかっただけ」


「はいッ」


 オリビアはグリフォンを粒子へと変え、左手へと戻す。


 そんな調子で、未探索エリアの入り口へとたどり着く。


「さて、僕の出番かな」


 ルシウスは鎧兵を10体ほど影から呼び出した。

 昨日と同じ様に、騎士たちが鎧兵へと予備の武器を渡していく。


「昨日は鉄ゴーレムが出てきました。ルシウス殿の術式で苦労なく探索できておりますが、いざというときは我々を見捨てて、すぐにご退避たいひを」


 ジョセフの言葉に、タクト兵長のリウエルも頷いた。

 思いは同じなのだろう。


「わかったわ。あなた達も無理をしないように」


 大所帯ではあるが、しばらく言葉少なく奥へと進んでいく。


 昨日とは違う新たな道へと足を進め、しばらく前方へと進んでいると、突然、繋がっていた何かが抜け落ちるような感覚を覚える。


 鎧兵の1体が消えたのである。


 ――倒された?


 そう感じた瞬間に、鎧兵の気配がまた2体ほど消えた。


 ――間違いない


 先を歩く鎧兵達の隙間から、赤い光が垣間見える。

 騎士たちには心当たりがあるのか顔が引きつっているようだ。


 試しに、全ての鎧兵を赤い光へと向かわせる。

 すると、瞬時に、一体残らず鎧兵が消失した。


 ルシウスが警戒の声をあげようとした時、騎士団たちから悲鳴が上がる。


「クリスタルゴーレムだッ!!」


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