第29話 謁見

 翌日、ルシウスたちはシュトラウス卿の城のホールに居た。


「良いか、まずは陛下には私から話を通す」


 シュトラウス卿が強く語りかけると、ローベルが頷く。

 だが、王都は遥か遠方である。

 馬で何日もかかる場所のはずだ。


 ――王様がバロンディアに来ているのか?


 そのような雰囲気は感じない。

 祭り後の静かな朝である。


「時間だな。頼む」


 シュトラウス卿が声をかけると、ホールの端から数人の男女が現れた。

 服装からして、城で働く家臣達のようだ。


 家臣たちがシュトラウス卿と一言二言、言葉を交わし、ルシウス達の後ろに立った。

 そのうちの1人が、ルシウスの背中に手を当てる。


「お気を確かに」


 背後に魔力を感じた途端、意識が吹き飛ばされた。


「うわぁッ」


 気を失ったのではない、文字通り吹き飛ばされている。

 意識だけがとんでもない速度で空を飛んでいるのだ。


 城を飛び立ち、畑や草原の上を滑るように飛び、雲を追い越していく。


 自分で飛んでいるという感覚はない。

 見えない誰かが、自分を抱きかかえているというように感じる。


「何だ、これッ!?」


「式で意識だけ運んでもらってるの」


 横を見ると、半透明になったオリビアが空を飛んでいる。

 その奥にはシュトラウス卿と父ローベル。


 皆、魂だけが体から弾き飛ばされたかのように、透けた体のまま空を滑空している。

 意識だけが、信じられないほどの速度で、山を飛び越え、森を抜け、河を渡っていく。


 ――これも式の力


 戸惑いながらも眼下に広がる見たこともない村や街をいくつも通り過ぎていき、少し慣れた頃、不思議な光景が目に入る。


 遠く地平線に、理解し難いモノがそびえ立っている。


 ――線が、空と大地を一本に繋いでる


 巨大な縦線だ。


「何だ、あれ?」


「【塔】ね。青の時代から存在していると言われる神の建造物」


 今は緑の時代と呼ばれており、その前が赤の時代。

 更にその前を、青の時代と呼んでいるらしい。

 つまるところ、大昔に造られた建物ということだ。


 ルシウスたちは【塔】へと近づいていく。

 どうやら目的地がそこらしい。


 近接すると、確かに建造物であった。

 だが、塔と呼ぶには規格外である。

 なにせ雲を突き抜けており、先が見えないのだ。


 地上へと目を向けると、その建造物を取り囲む様に造られた巨大な街が広がっていた。


 改めて見るとその【塔】の巨大さが分かる。

 おそらく直径は数キロメートルは下らない建造物が雲の先まで伸びているのだ。


「あれが王都ブラッドフォードよ」


 オリビアが指差すと、街の中心へ、つまり【塔】に寄り掛かるように作られた城へと急降下していく。

 城壁を無視して上空から城へ直接、近づき、半透明のまま門をくぐり抜けた。


 途中、敬礼する衛兵達が目端に映る。


 ――周りから僕らが見えてるのか


 高速でいくつもの廊下、扉を通り抜けた。

 そして、一際大きなホールへと、たどり着いた。


 ただ流れに任せるまま空を飛んでいた意識が、ひたと止まる。

 反射して姿が見えるほど磨き込まれた床の上へ、ゆっくりと着地した。


 着地と同時に、素早くシュトラウス卿が透ける体で膝をつく。


「陛下、ご清祥のことと存じます。この度はお忙しい中、お時間を割いていただき、ありがとうございます」


 ――陛下?


 オリビアやローベルも続き、ルシウスもそれに倣う。


「挨拶はよい。要件を申せ」


 ルシウス達の前には、3歳の時に会った老人が鎮座していた。

 王の周りには屈強な騎士や廷臣達が無数に控えている。

 齢を重ね、以前より老いているが、眼光の強さは更に増している様に感じた。


「ハッ。4つ、ご報告があり、お時間をいただきました」


 シュトラウス卿は伏したまま話を続ける。


「1つ、此度こたびの騒乱は全て私に責任があります。娘オリビアの成人を以て、ノリス・ウィンザー当主を、娘オリビアへ継承いたします」


 何かを考え込んだように王の目だけが動く。


「ふむ、それが良かろう。既に貴族たちの信は卿にはあるまい」


 結果がどうあれ、貴族より娘を取った事実は捻じ曲げられない。

 家への信頼を維持するためには、シュトラウス卿個人がすべての責任を負い、退位する他ないのだろう。

 シュトラウス卿が軽く礼をする。


「2つ、娘オリビアへ次の王座へ、挑ませる事といたしました。オリビアはグリフォンを降し、その覚悟を北部の貴族へと示しました」


 王が目を見開く。

 両側に控える護衛達の視線も一斉にオリビアへと降り注いだ。


「話には聞いていたが、事実であったか」


「はい。その通りでございます」


「ならば、もうも事実か? にわかには信じがたいが」


「それが3つ目にございます。ドラグオン家が長男ルシウスが、邪竜を降しました」


 王が椅子から立ち上がる。


 護衛達も、思わず王の一歩前へと歩み出た。

 皆、平伏しているルシウスを、食い入るように覗き込んでいる。


「間違い無いのか!?」


「間違いございません。オルレアンス家の前当主からも、正式に報告を受けております。追って、書状が届くものと思われます」


「……流石、四重唱カルテットというわけか。他の魔核には、どんな魔物を宿したのだ?」


「まだ邪竜のみにございます」


 廷臣や騎士達が一斉に密談を始め、ホール全体に小声の波が沸き起こる。


「馬鹿な! それでは式も持たずに邪竜を降したというのか!? ありえんッ!」


「事実にございます」


「ルシウス、本当か!?」


 王がルシウスへと話しかける。


 ――これ話していいやつかな?


 横を見るとシュトラウス卿とローベルが目配せする。


「はい、事実でございます。以前、陛下からたまわった宝剣に何度も助けられました。剣がなければ死んでおりました。改めて、お礼を申し上げます」


「剣を使いこなしているという密偵からの報告も事実か……」


 ――密偵……ただの子供にそんなものまで送り込んでたのか


「オリビアより聞いた話では、侍女を助ける為に邪竜と対峙たいじしたとのことです」


「やはり信じられんな。邪竜をこの目で見れば違うのだがな」


 側に控えた側近たちが声を強める。


「陛下、お止めくださいッ! 今のようにドッペルゲンガーであれば、入城は認められますが、王都に邪竜など持ち込ませるわけにはいきません」


「分かっておる。そもそもオルレアンス家の者が言っているのだ。間違いなどないのだろうが……。しかし、どうしたものか」


 ――何を悩んでるんだ?


 シュトラウス卿もローベルも一言も発しない。

 頭を伏したままである。


 戸惑うルシウスを見て、王が補足する。


「かつてドラグオン家、そなたの祖先は竜を降して、男爵へ叙爵じょしゃくされた。それが史実。此度において何も与えぬと、貴族たちへ示す規範が乱れる。爵位と同等のものを与える必要があるのだ」


「ありがとうございます。理解いたしました」


「ルシウス、何か要望はあるか?」


 正直、返答に困る。


 あるとすれば、財政難であるシルバーハート領への支援であるが、金銭を求めることははばかられる気がした。

 もともと贅沢をしなければ、暮らしてけるだけの蓄えはある。

 それが一般的な貴族よりも随分質素であるというだけだ。


 あとは知識。

 邪竜を進化させる方法は、生きるためにも、ぜひ知りたい。

 こちらもグフェルが協力を申し出てくれている。

 今更、仲介はいらない。


「……特にございません」


「何も望むものはない、か」


 しばらく王が熟考する。


「では、私が与えられるものを与えよう。ルシウスに男爵を授与する。世襲した後にドラグオン男爵と統合する事とする」


 辺りが一斉にざわついた。

 その中で最も王に近い場所に立っていた廷臣が王をいさめる。


「陛下、恐れながら申し上げます! まだ成人前の子供に爵位など異例ですッ!」


「では、何を与える。本人はいらぬと申している。禄物ろくもつか? それともまた宝剣を与えるか? あれ以上の剣など持っておらんぞ。それに、成人前でも爵位を持つことは前例がないわけではない」


「ですが、それは通常、成人前に親の爵位を世襲した場合です。いずれ世襲する爵位を今、お与えになるというのは、いささか」


「考えあってのことだ。ルシウスには、爵位にふさわしい責も負ってもらう」


 黙っていたローベルが声をあげる。


「陛下、恐れながら申し上げます。ルシウスはまだ子供。領内での職務を覚えさせている最中でございます。領外の活動には早すぎます」


「ドラグオン卿、そなたの気持ちは分かる。だが、もはや竜が出てきた時点で、シルバーハート領内での話で収まらぬ。故に、この場にルシウスは連れてこられている事は分かっておるな」


「……承知しております」


 何か含みが有ることは分かるが、どうも肝心なところで、話についていけない。


 統合という言葉がでてきた以上、おそらく領地がない爵位だろう。

 領地が無いからと言って、地位が低いわけではない。

 実際、宮廷で働く貴族達は領地を持っていない者も多い。


 ――つまり王都で働くことになるのか? いや、でもさっき生身だと王都に入れないようなことを言ってたし


 頭を回転させていると、王がルシウスへと視線を戻した。


「ルシウス、王命を下す。残り3つの魔核に然るべき最上級の魔物を宿し、式とせよ。お主は国防の要となるのだ。爵位をどのように使うかは任せる」


「承知いたしました。必ずや最上級の魔物を式としてみせます」


 ローベルは、納得がいっていないのか、憮然ぶぜんとした表情のままである。

 シュトラウス卿は話が終わったと判断したのか、話を続ける。


「4つ。娘オリビアとルシウスの婚約の許可をいただきたく思います」


 ルシウスにとっては、どうも実感がない。


 間違いなくオリビアは将来、美しくなるだろう。

 だが、前世の感覚のほうが強く、10歳の女の子を異性として見られない。


 しかも前世では両親が男女交際など決して許さなかったこともあり、恋愛経験など皆無だ。なぜか森を出て以来、好意を持ってくれているが、どう応えていいものかもわからない。


 詰まるところ、結婚や婚姻など全く現実味がないのだ。

 そんなルシウスの戸惑いをよそに、王は返答を迷いもしなかった。


「ならん」


「理由をお聞きしても良いでしょうか?」


「分かっておろう。先程申したとおりだ。邪竜を式とした時点で、男爵家の一跡取りとして扱うことができん。また、卿の娘が次の王座へ臨むのであれば尚のことだ。妾であれば好きにすればよいが、ルシウスの婚姻相手は、余か、次の王が決める」


「……承知いたしました」


 シュトラウス卿はある程度予想がついていたのか、やはり、という顔をしている。


「では、話が最後となったが。ノリス・ウィンザーの娘オリビアよ。王座に臨むのであればしきたりは知っておるだろう」


 オリビアが恭しく、頭を低くした。


「もちろんでございます」


「では、そなたを東部のタクト領へ封じる。領内ではオリビア子爵として、領を興してみよ」


「拝命いたしました。タクト領を治めてみせます」


 ――東部?


 なぜ北部の四大貴族令嬢が、他州の領地に行くのか、わからない。


「タ、タクト領ですと!?」


 シュトラウス卿が慌てふためいた。


「不服か」


「い、いえそういう訳ではございませんが、領主が居なくなった土地は他にあるかと」


「そういう土地は他の候補者が抑えておる。この時期に王座への名乗りをあげたのだ。誰も取らなかった土地しか残っていない」


 シュトラウス卿がうなだれる。


「話は以上だ。ルシウスの今後については、追って知らせる。下がれ」


「「ハッ」」


 苦悶くもんの表情を浮かべるシュトラウス卿と父ローベルが声を揃えた。


 敬礼をした後、シュトラウス卿が、誰かに小声で指示を与える。

 すると、すぐに視界が暗転した。

 周囲が何も見えなくなると、ふわふわとした感覚に包まれる。


 ハタと目を開けると、そこはもと居たシュトラウス卿の城の一室だった。


 どうやら体が横になっているらしい。

 毛布が敷き詰められたソファーから半身を起こすと、シュトラウス卿たちも並べられたソファーから同じ様に起きている最中だった。


 ――戻るのは一瞬なんだ


「なぜだ、なぜタクト領なのだッ!」


 帰って早々、シュトラウス卿が声を荒げた。


「お父様、それは仕方ありません。既に他の家は候補者を立てていたのですから」


「話が見えないのですが、なぜ東部なのですか?」


 ルシウスが話しかけると、シュトラウス卿が諭すように答えた。


「王は全貴族の投票によって選ばれる」


 ここで言う貴族とは、狭義の貴族を意味する。

 つまり爵位を持つ者である。

 母エミリーなどの配偶者や子供たちは含まれない。


「だが、ただの投票とした場合、組織票が入りやすいだけの人間が上に立ってしまい、国の弱体化を招く。それを防ぐ為、王の候補者は、領主がいなくなった地へ赴き、統治することでその手腕を内外に示すのだ。当然、出身州であれば、生家の支援が得られてしまうため、支援が届きにくい、他の州を割り当てられる」


 領主の家が断絶する例は、間々、起こることである。

 当主や世継ぎの病死や戦死等、人が死ぬ理由には事欠かない。

 通常は近隣諸侯、宮廷貴族など領地を持たない貴族に割り当てられるが、これを王候補に一時的に割り当てることで、統治の実力を測るのである。


「なるほど。であれば、ある意味平等なのでは?」


「タクト領はな、反乱によって領主が殺された地なのだ。貴族に対する信頼が最悪の場所だ」


 ――領主が殺された?


 ローベルも苦々しそうにしている。


「そんな危険な地へ、シュトラウス卿とオリビアは行かなくてはならないのでしょうか?」


「いや、行くのはオリビア1人だ。家臣を連れて行くことも認められない」


「えっ?」


 まだ10歳の子供が1人で領主が反逆で殺された領地へと向かう。

 ありえないと、ルシウスはオリビアへと視線を向けた。


「ルシウス、覚悟は出来ている。きっと成し遂げるから」


「オリビア――」


 大丈夫かい、と言いかけた時、オリビアがルシウスの口を指で抑えた。


「またね」


 そう言い残すと、オリビアはシュトラウス卿と共に城の奥へと消えていった。

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