第31話 州都シャンアーク

 ルシウスは大通りを歩く。


 不慣れな旅である。

 道中、下着が足りなかったり、辛すぎる料理を注文してしまったり、安すぎる宿に泊まってしまい騒音で眠れなかったり、治安の悪い通りへ入ってしまいゴロツキに絡まれたり、街道で魔物に襲われたり、山賊に馬車ごと襲われたり等など、細事は沢山あった。


 とはいえ、至って順調な旅路だったと振り返る。

 そして、家を出て17日後の今日、馬車を乗り継ぎ、やっと東部の州都にたどり着いたのだ。


「ここが州都シャンアークか」


 東部の街並みは、言葉を選ばずにいえば、少し東洋のおもむきを感じる。

 建築様式は西洋風なのだが、中庭の作り方に東洋の面影がある。

 植栽の竹や置き石がそう思わせるのかもしれない。


「やっぱり東部の街並みは変わってるな」


 ふと疑問に思う。

 異世界にもかかわらず、どうも前世と似たものがある。


 最たる例が言葉である。

 英語と近い、というだけではあるが、それでも別の星の別の文明が産まれたとして、偶然同じような言語体系が生まれるか、と言う問いには、言語学者も首をかしげるのではないか。


 貴族の概念も社会様式も、近いというだけで同じではないが、やはり似たものを感じ取れる。


 ――ま、いいか


 堂々巡りにしかならない思考を止め、目の前に広がる風景へと視点を移した。


 街の活気からして、北部の州都バロンディアより栄えている。

 所狭ところせましと大きな建物がひしめき合い、商人の数も多く、通りは歩けば人と肩が当たるほどだ。


 だが、北部と比べて治安が良くないのか、武器を帯びて剣呑としている人を見かける。

 大通りから一本入った街がすぐ花街で昼間から娼婦達が客引きをしており、さらに街の至る所で喧嘩が行われていた。


 ――なんか殺伐としてるなぁ


 やや気圧されながら街を歩き、何人かの通行人に道を教えてもらいながら、街の中心にある城門へとたどり着く。


 ――ここが盟主の城か


 巨大な門を1人見上げるルシウス。

 城も北部の盟主シュトラウス卿の居城よりも大きい。

 違う点があるとすれば、城自体も巨大な城壁で囲まれており、絢爛けんらんさや優美さよりも、戦いを重視したような造りである。


 城の前に立つ守衛へと近寄った。


「ドラグオン家が長男ルシウス=ノリス=ドラグオンでございます。東部の盟主、エスタ卿にお目通りさせていただきたい」


 守衛がチラッとルシウスを見る。


「帰りな坊主。東部の盟主はお前のような子供と話をするほど暇じゃない」


「とは言いましても、王命により会う必要があるのですが」


「……あんまりいい加減なことばかり言ってると2、3日牢へ打ち込むぞ」


 守衛の言うことは仕方ない。


 立場ある者が、本人であることを認めさせる為には、せいぜい紹介状や身なり程度しかない。


 本来は家臣などを連れて、正装でも着ていれば良いのだが、長旅で正装を維持できる者は従者を連れて旅ができるような裕福な家ばかりである。

 貧乏貴族のルシウスは庶民に近い格好で旅をしていた。

 むしろこの場合、馬車にも乗らず、従者も伴わず、正装もせずに歩いてきたルシウスが悪い。


 せめて男爵の名前で父ローベルに一筆書いてもらうべきだったと思い知ったのは旅に出て数日経った頃である。

 父も不慣れで頭から抜けていたのか、あるいは一切を含めて旅として学ぶべきと判断したのかはわからない。


 仕方なくルシウスは、腰に差した剣を手に取る。


「では、この剣を……」


 不穏に感じた守衛が手に持った槍を構える。

 鞘ごと剣を腰から引き抜いて、守衛へと手渡した。


「これは王家の紋章ッ!? なぜお前のような子供が!?」


「身を立てる証として十分でしょうか」


 最初は戸惑っていた守衛が、剣の装飾を見てニヤリと笑う。


「……この剣は盗品の疑いがある。俺が預かっておこう」


 守衛がルシウスの宝剣を自らの腰へと差した。


「それは困ります。失くしたとなると陛下へ申し開きできません」


 守衛はルシウスへと槍を突き出した。


「うるさいッ! さっさと消えろ!」


 ――どうも、東部の人は荒いな


 だが、邪竜に比べれば全く威圧を感じない。

 ルシウスは素早く槍の横へと周り、懐へ踏み込んだ。


「なにッ!?」


 反応が遅れた守衛の目の前で、逆手で奪われた剣を鞘から引き抜く。

 守衛の心臓がある位置へ、そのまま剣の刃をそっと置くように当てる。


「これでも盗品でしょうか。3歳から持っていた剣なので、手には馴染なじんでいるはずですが」


 間を置いて、状況の理解が追いついた守衛の手が震え始めた。

 ルシウスのさじ加減一つで命が失われるのだ。

 恐れを感じるのも無理はない。


 動けなくなった守衛から鞘を引き抜き、自身の腰へと戻す。


「……どうやら、俺の勘違いだったようだ。案内する」


「助かります」


 ルシウスは笑いながら納刀する。

 その後、ルシウスは守衛の言いつけどおり、別室で控えることとなった。




 ――まだかな


 既に4時間ほど、窓もない待合室で待たされていた。

 とはいえ、事前に使いも出さずに、いきなり東部の盟主へ訪ねて来たのだ。時間を取ってくれるだけでも御の字ではある。


 ルシウスが椅子から立ち上がり、背伸びをした時、いきなりドアが開く。

 扉の向こう側に帯剣した兵士達が多く詰めかけていた。


「ルシウス……男爵。おまたせしました」


 ルシウスは王から男爵を賜っている。

 だが、正式にはドラグオン男爵ではないため、兵士も呼称を迷ったらしい。


「よろしくお願いいたします」


 挨拶を返すと、10人以上の騎士がルシウスの前後左右に控えた。

 聞けば、そのまま謁見の間まで通されることとなったらしい。


 おそらくルシウスが万が一暴れたときに、押さえつけるための騎士達であろう。

 皆、死相しそうが出ているかのような思い詰めた顔をしている。

 まるで凶悪な囚人を移送しているかのようだ。


 ――ちょっとこれは傷付くなぁ


 兵たちに連れられ階段を上ると一際大きなホールへと出た。

 謁見の間では、一段高い場所にある奥の椅子に、年の頃40歳ほどの女性が座っており、周囲にずらりと家臣や騎士たちが待ち構えていた。

 女性は新緑色の髪を巻き上げている。


 ルシウスが前へと進み、片膝を付いた。


「エスタ卿、お初にお目にかかります。ルシウス・ノリス・ドラグオンと申します」


「どうやら一端いっぱしの礼儀は心得ておるようだな。北部の田舎男爵の息子と聞いていたのだが。ノリス卿が自慢するわけだ」


 ノリス卿とは北部の盟主シュトラウス卿のことである。


 明らかにルシウスを下に見るような口調にルシウスを囲む騎士達が戦慄せんりつする。

 ルシウスの顔色をめるように伺うものも多い。


「改て、私も紹介しよう。リーリンツ・エスタ・ウィンザーじゃ。エスタ・ウィンザーの現当主と言えば分かるかの?」


「ハッ、心得ております」


 ルシウスは顔を挙げずに、返事する。


「して、その方ら。話の邪魔じゃ」


 ルシウスを取り囲む騎士たちにへ、引けと命令を下す。

 どうやらリーリンツ卿が命じてルシウスへつかわしたのではなさそうだ。


「リ、リーリンツ卿……。お戯れはそこまでに」


 顔をこわばらせた側近たちが諌める。


 立場によって呼称が変わる為ややこしいが、東部の人間ではないルシウスは、リーリンツ卿に対して、敬意を込めてエスタ卿と呼ぶ必要がある。


 貴族のミドルネームには、その地域を治める四大貴族のミドルネームを付けるしきたりがある。

 たとえば、ルシウス・ノリス・ドラグオンのノリスがそれにあたる。


 そして、北部の四大貴族シュトラウス・ノリス・ウィンザーに対する、外部の敬称はノリス卿であり、寄り子達が呼ぶときには自身のミドルネームと分けるため、シュトラウス卿と呼ぶのだ。

 外部の人間でも、親しい間柄であれば敢えて名前で呼ぶことはあるが、一般的な作法ではない。


 同じように、東部の四大貴族リーリンツ・エスタ・ウィンザーを北部の人間であるルシウスが呼ぶときにはエスタ卿が正しい呼称となり、寄り子たちはリーリンツ卿と呼ぶ。


 ウィンザーは四大貴族全員が持つラストネームであるため、ウィンザーとはすなわちただ1人、王を示すが、王をわざわざウィンザー王と呼ぶ者はあまり居ない。


「よい。私も四大貴族に名を連ねる一族の長としてのメンツがある。邪竜を恐れて、子供の顔色をうかがうくらいなら、死を選ぶ。おまえたちも巻き添えになるだろうが、名誉ある死だ、潔く受け入れよ」


 凛とした面持ちのまま話を続けた。


「ルシウスとやら。東部は帝国と小競り合いの最中でな。いつ戦帝が攻めてくるかもわからん状況にある。王命とはいえ、田舎貴族の子供をもてなす準備など無い。好きな所で式なり何なり得て、さっさと東部を去れ」


 騎士の1人が悲鳴をあげて、部屋の端に逃げだした。

 逃げた騎士を追うように、数人の騎士が続く。

 リーリンツ卿の挑発にルシウスが暴走すると考えたのだろう。


心遣こころづかい感謝いたします」


「ほう。これだけ言っても感情のまま、動かんか」


「私の目標は父のような立派な男爵となることです。貴族同士の牽制など無意味。式を得る許可をいただけるのであれば、何の不服もございません」


 父ローベルの話から歓迎されていないことはある程度、予測がついていた。


「貴族同士の牽制、か。この私とお前のような子供が張り合うだけの価値があるとでも?」


「ありません。貴族は領民の剣であり、盾。私にはそれだけの価値があればよいかと」


 リーリンツ卿が少し拍子抜けする。


「……ふむ。どうやら試しすぎたようだ。許せ」


「ハッ」


 リーリンツ卿が考え込んだように言う。


「のう、ルシウスとやら。いっそ、東部に来ぬか? 我が一族の娘の婿となり、宮廷貴族として、私の下で働けばよい。男爵以上の爵位を与えてやれる」


 側近達や騎士達が騒然とする。

 通常、どこの州でも士官達が爵位を得るために、列をなしている状態だ。

 そこへ盟主自らが、部外者に割り込みをさせると言ったようなものである。

 驚かれない方が無理である。


「いえ、それは出来ません。私には、シルバーハート領とその領民を守るという役目があります」


 リーリンツ卿の表情に僅かに苛立ちがくすぶる。


「その言葉。私とのえにしなど要らぬと受け取るがよいか?」


「民のあってこその貴族。己の役目を果たせぬぐらいなら、誰との縁など意味などありません」


 場が凍りついた。

 家臣と兵たちの顔が戦慄している。


 どうやら答えを間違ってしまったようだと、ルシウスも少し後悔するが、時既に遅し。正直に答える以外、どう答えればよかったのかもわからない。


「クククッ、ハハハッ!」


 いきなりリーリンツ卿が、こらえきれず腹を抱えて笑い始めた。


「ルシウス、甘ったれたノリス北部に、お前のような豪胆が生まれるのだな。おかしくて腹が痛い」


 今まで淡々と応えていた赤い瞳に初めて苛立ちが灯る。


「…………シュトラウス卿も父ドラグオンも、甘ったれではございませんが」


 ルシウスの様子を察知した周囲の騎士たちが全員逃げ出した。

 周りには誰も居なくなった。


「良いなぁ。自分の事は聞き流せるが、主君と父をけなされる事は我慢ならんか」


「事実なれば受け入れましょう。しかし、違っているものは違っています」


「ますますお前が欲しくなったぞ。いっそ私と夫婦にならんか? 今まで2度結婚したが、2人とも戦死した。邪竜を持つお前なら簡単に死にはせんだろう」


 40を超えた女性とまだ10歳の男児。

 この世界ではありえる夫婦の形である。

 年の差より家同士の結びつきが重要視されるのだ。


「婚姻相手は陛下が決めると仰せです」


「……うーむ。それならできんな。最悪、国を割ることになる」


「ならば、話は以上です」


 ルシウスが1人立ち上がろうとしたとき、リーリンツ卿が話をつなげた。


「それで、ルシウスの魔核は何級だ?」


 ルシウスの4つ持っている魔核は全て1級である。


「1級です。陛下からは1級の魔物を式に降す様に言われています」


「……1級か、やはり凄まじいな。だが1級の魔物がいる生息地となると場所が限られるぞ」


「あまり時間を掛けたくありません、州都シャンアークから最も近い場所はどこでしょうか?」


「1級が生息し、州都からも近い場所となればクーロン山かヨウ湿地になるだろうな」


 ――クーロン山?


 この所、ずっと気になっていた名である。

 グフェルから聞いた東部の地名。

 魔物の進化が観測された場所である、と。


「クーロン山に興味がございます」


「ならば、クーロン山に行くが良かろう。場所としても安全な所じゃ」


「安全、とは?」


「広大なクーロン山は、帝国との不可侵地帯でもあるのだ。地理的には最も帝国に近い領だが、戦乱からは最も遠い場所でもある」


「……なるほど。確かに魔物の生息地は皆、避けるでしょう。それでは、式探しは、クーロン山にて行いたいと思います。地元を治める貴族に対して紹介状を賜れないでしょうか」


 謁見の場に居た廷臣たちが一斉に密語を始める。


「……構わぬが、本当に良いのか? いや、ある意味丁度いいのやもしれぬが」


 ――ん? 何かあるのか?


 不穏に思うが、自ら言い出したことである。

 ここで何か不味いことでもあるのか、と聞き返すのも不作法となるように感じた。

 もし外部に知られたくない事情でもあれば、それを直接、盟主に尋ねてしまうことになる。


「もちろんでございます」


「相分かった。筆を執るゆえ、城で待っておれ」


「ありがとうございます」


 ルシウスは深く礼をして、謁見の間を後にする。

 その後、すぐに紹介状を従者から受領し、城下町へと下る事となった。


 途中、城門の前で宝剣を奪った守衛が、肩を震わせて、隅に縮こまっている姿が目に入り、ルシウスが軽く会釈をすると声をあげて逃げていった。

 逆に申し訳無く、思ってしまう。


 ともかく東部州都への初めての訪問は、僅か1日足らずの滞在となる。

 クーロン山の近くにある都市へ向かう馬車に、意気揚々と乗り込むルシウスだった。

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