第33話 決闘

 3人ほどの男女の騎士たち。

 鎧をダラシなく、着崩している。

 淀んだ瞳とでもいうのだろうか。酷く斜に構えた相貌である。


 ――本当に騎士か?


 騎士は武官であり、治安や戦いの中心として働く者たちだ。


 爵位としては男爵に次ぐ地位でもあるが、それは目安程度。

 爵位は建前上称号であり、厳密には役職ではない。


 上位騎士の役職によっては、地方貴族を超える権限と権力を持つことも多い。

 また、家督を継げないものの貴族出身者が多いという事情もある。


 そのため最下級の男爵であるルシウスも軽々に対応してはいけないのだ。


「お前、そこで何をしてる」


「少し探索を」


「真っ昼間にか? 賦役をサボっているのか。まだ見たところ、体を壊した物乞いでもないだろう」


 ――ちょうどいい。式の事を聞こう


 事情を説明しようとしたとき、1人が手を差し出した。


「まあ、どうでもいい。黙っていてやるから、よこせ」


 明らかに賄賂わいろを要求している。

 子供相手なのだからカツアゲと言ったほうが適切か。


 ――騎士も、か……


 領主も領主なら騎士も騎士だ。


「……民達が貧困にあえいでいます。あなたたちは何も思わないのですか?」


「は? なんつった?」


 1人がルシウスへ掴みかかろうとしたとき、隣の男が制止する。


「よく見ろ。剣を持ってやがる。もしかすると良いところのガキかもしれん」


「チッ、生意気だと思ったら、後ろ盾があるのか」


 3人は悪態をつきならルシウスの前から消えた。


 ――どうなってる



 翌日も翌々日も、街をさまよい歩き、式を得る方法の聞き込みを続けた。

 初日と似たようなものだ。


 領主への恨み言と、式の契約には東部独特の遺物を使うこと以上の話は手に入らなかった。



 そして4日目。

 同じように街を彷徨うルシウス、


 ――参った


 やはり収穫はない。必要なのは契約のための遺物と人である。


 先導もなく、全く知らない魔物の生息地に1人で入れば、最悪また遭難してしまうかもしれないからだ。


 ただ、今までと違うことが1つある。


 筆記用具を購入したことだ。

 この街に来て4日間、見て回ったことを筆にしたため、リーリンツ卿へ手紙を書いたのだ。紹介状に対するお礼の体裁を取っているが、街の惨状も匂わす形で記載する。


 彼女は高圧的で激情家ではあるが、州を預かる盟主としての責任感は持ち合わせていた。

 ならば、内情を知れば、然るべき対処をしてくれるだろう。


 ――なんとかしてくれるといいんだけど


 夕方に郵送ギルドへと足を運び、手紙を出し、1日を終えた。



 5日目。

 朝一番からまた聞き込みをしようと部屋を出たとき、従者に声をかけられた。

 そのまま初日に訪れたオマリー伯爵の執務室、もとい酒飲み場へと連れて行かれる。


「おはようございます。オマリー伯爵」 


 一応ながら、世話役への礼儀である。


「おい、これは何だ?」


 オマリー伯爵領が紙を投げつけてきた。 

 床に散らばった紙へと目をやる。


 ――僕が書いた手紙だ


「お前、やっぱり密偵だったな。あの女狐に報告してるだろう」


 なるほど。


 ――郵送ギルドの検閲をしてたのか


 この世界において、情報のやり取りは貴重な式の力を除けば、手紙か口頭になる。


 領の惨状をできるだけ外部に漏らさないようにしているのだろう。

 人の口だけで伝わる速度は低い上に信憑性にかける。

 領の管理は杜撰なのに、こういったことだけは頭が回るのはいかがなものか。


 なにより初日から異様にリーリンツ卿のことを疑っている。


 ――霊廟以外にも後ろめたいことがあるのか?


 そんな疑問が頭をかすめる。


「読んでいただければわかりますが、オマリー伯爵をご紹介いだだいた感謝をお伝えしているだけです」


 即座に側近が耳打ちする。やはり本人は読んでいないのだろう。


「だったら、なんで街の様子を伝えておるのだ」


「ただの時候の挨拶です。それとも何か書かれるとまずいことでも?」


 オマリー伯爵が、ジロリと凹んだ目で睨みつける。


「……2度目だ」


「2回目? 何がですか?」


「この私に口ごたえするのがだッ!」


 オマリー伯爵はつばを飛ばしながら怒鳴りつける。


「2度と私に顔を見せるな!」


「どうしたのですか、急に」


「俺の前で口を開くな! 口答えするな!」


「落ち着いて下さい」


 顔を真赤にして怒るオマリー伯爵。


「不敬である! 顔を私に向けるな! 常に頭を下げろ!」


「落ち着いて」


「いいか! 次、私の前に現れてみろ、お前を一生、地下牢に繋いでやるからな!」


 その後も怒りが収まらないのか、罵詈雑言を履き続ける。

 何がそこまで逆鱗に触れたのかすらわからない。


 ――よくわからない人だ


 途中から、ルシウスは冷たい目で、喚き散らすオマリー伯爵を見ていた。


 もともと喧嘩をしにきたのではない。

 ホノギュラがだめなら隣のタクト領に行けばよいのだ。


 オマリー伯爵が息を切らしたタイミングを見計らい、ルシウスは黙って一礼する。


 そして、執務室を後にしたその足で、城を出た。


 思うところはあるが、気を切り替えるしかない。

 今更悩んだところで、オマリー伯爵を理解できるとは思えない為だ。


 「どうやって隣の領まで行こうか」


 足のことを考えながら街を歩いていると、騒がしい広場へと出た。


 あれだけ意気消沈していた民が何かに熱狂しているようだ。

 街中の人が集まっているのではないかと思うほど、人だかりが出来ており、何やら祭りの様相をていしている。


 ――なんかあるのか?


 人だかりをくぐり抜け、人混みを進むと、誰も居ない場所へと出てきてしまった。

 上から見ると、まるで群衆で作られた大きなリングのように見えるだろう。


 そして、リングの中心には3人しか居ない。

 1人の男と2人の男女がにらみ合っている。


 ――何やってるんだろ?


 2人組の男女たちが、自信満々に大声をだした。


「よく逃げなかったな」

「覚悟だけは一人前というの前触れは正しかったわね」


 反対側に立っている灰色の髪を持つ男が、それに応えた。


「決闘に背を向けるわけにはいかない」


 ――決闘だって?


 決闘とは、貴族だけが持つ特権で、法律上は既に沙汰さたが下ったことであっても、当事者間で、然るべき手順を踏めば、名誉回復のために闘争が認められる。


 だが、刃傷沙汰にんしょうざたまで行き着いたうえで、回復できるのは名誉のみであり、金銭のやり取りや、過剰な攻撃による殺害は罪に問われる。

 そのため、頻繁には行われないものである。

 実際、ルシウスも決闘を目にするのは初めてだ。


 そして、この決闘。

 大衆にとっては娯楽の1つと聞いたことがある。

 ルールではないが、公正をすために、ひと目の付く場所で行うことが良しとされるらしい。


 両者とも1人ずつ、前へ進み出た。

 灰色髪の男と、2人組のうち女である。


 お互い武器を所持しておらず、丸腰。

 素手での戦いのようだ。


 ――残りの男は介添人かいぞえにんかな


 その男には、見覚えがある。


「……あの賄賂を要求してきた人だ」


 男は以前、ルシウスをカツアゲしようとした騎士だ。


 急に民たちの熱気が高まった。


 2人の準備が終わったようだ。


 明らかに体格差が有りすぎる。

 素手での戦いは、よほどの技術差、経験差がなければ、体格が大きいものが有利である。



 2人が構えた。


 先に動いたのは女。

 両手を前に突き出したかと思うと、先程まで持っていなかったはずの槍を握っている。

 槍などを隠せる場所はなかった様に思う。


 灰頭の男が槍を剣でいなした。

 男も帯剣しているようには見えなかった。


 ――2人とも、どこから武器を出したんだ?


 槍と剣による攻防が続く。

 体格もあるが、技術の面においても男に分がある。

 技術の底が見えない。


 幾度かの攻防の末、焦った女の槍が大振りとなった。

 横に槍を避けた灰頭の男が剣を切り返し、女の胸元に剣を突きつける。


 あくまで決闘として終わらせるつもりなのだろう。

 剣は服にも届いていない。


「俺の勝ちだ。すまないが、まだ命をくれてやるわけにはいかない」


 女は悔しそうに顔をしかめる。


「……いや、死んでもらうぞ」


 介添人の男が、不穏な言葉とともに、背後から弓を引いた。

 その男も弓など持っていなかった。


 ――ありえない……


 決闘は一対一が絶対の決まりだ。


「危ないッ!」


 ルシウスは声をあげると同時に走り出す。


 力いっぱい引かれた弓矢が背後から放たれる。

 素早く抜刀し、放たれた矢を横から宝剣で切り捨てた。


 真っ二つになった矢は明後日の方へと跳ねていく。


「貴様ッ! 邪魔をするのか!」


 矢を放った男が怒りに震えた。


「邪魔をしているのは、あなたです。決闘は一対一がルールのはず」


 武器を所持することを認められるのは、それが適正に使用されるからだ。決闘の最中に背後から放たれる矢に何の正当性も存在しない。


「お前は……確か3、4日前のガキ。なんで」


 急に現れたルシウスに少しだけ困惑した様子の男。

 だが、すぐに気を取り直したようだ。


「どけッ! 邪魔立てするなら、この場で射殺すぞッ!」


 男がルシウスめがけて、再び弓を引く。

 ルシウスを通りすがりの領民だと思っているようだ。


 逆にそれがルシウスの逆鱗にふれる。

 貴族が、筋も通らぬを通すために、領民の子供に弓をひいいているのだ。


 ルシウスの視線が冷たくなった。


「ドラグオン家が長男、ルシウス・ノリス・ドラグオン。これ以上見苦しい行いを続けるなら相手になる」


「ノリス? おまえ、まさか北部の貴族かよ」


 弓を引いた男が悪態をつく。


「よそ者が東部に口をはさむな!」


「これが正当な決闘であれば、何もしない。だが、決闘の当事者以外が背後から弓を引くなどはあってはならない」


「まだ爵位も持たない子供が知ったような口を」


 男の顔に血管が浮きでる。

 だが、それが尋常ではない。


 両目を中心として、肉が盛り上がり、目から出た光る粒子が、着ていた服ごと体を覆い尽くしていく。


 ――何だ!?


 周囲の領民たちから悲鳴が上がる。


「し、式だ!」

「逃げろッ」



 ――式? これが?



 先程まで男が居た所に、1体の獣がいた。

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