第22話 森の深部

 3人はあいかわらず森を歩いていた。

 今日でこの森も3日目である。


 マティルダが魔物を的確に感知してくれる為、ほぼ素通りできた。

 たまに魔物の方が先に気がつき、襲ってくるケースもあるが、襲撃を事前に感知できるというのは心強い。


 今も襲撃してきた狼型の魔物を、牽制けんせいの上、ルシウスが斬り伏せた所だ。


「さすがですね。ルシウス様。式も持たずにそれだけ魔物と戦えるのは大人でも滅多にいません」


「ですかね? 父さんの方が全然強いと思いますが」


「旦那様は別格です。長くこのシルバーウッドの森を管理してきた方ですから」


「ですよね。僕も父さんの様に立派な男爵になりたいです」


 オリビアが口を挟む。


「ルシウス、あなたの夢も貴族として身を立てる事なの?」


 その声には期待が込められていた。


「ある意味そうだね。領民や家族、家臣を守れる男爵になる」


「そう……」


 オリビアはしばらく考える。


「ならば、私と共に王を目指しなさい」


「王様? それは興味ないな」


「興味なんか関係ないわ。今、北部は危機にあるの。私が王にならなければ」


 オリビアの言う事は間違いないのだろうが、どうも抽象的だ。

 だが、王といえば【鑑定の儀】で、会ったあの老人を思い出す。

 悪い人ではない。高貴な人なのだと思う。皆から敬われているのだろう。


 だが、あの姿に自分はかれない。


 自分は、父の様に領民の生活を守り、皆から必要とされる人間になりたいと思う。


「ごめん、やっぱり興味ない」


「……ルシウス、貴方の目指すものは、その程度なのよ。でも、私はグリフォンを従えて王になる」


「オリビア、それは無理だ。グリフォンを探すどころか、今僕らは帰る家すら見失ってるんだぞ」


「いいえ、やるわ」


「無理だ!」


「……そこまで言うなら、私がグリフォンと契約できたら貴方は何をしてくれるの?」


 ――はぁ、子供かよ


 いや、オリビアはまだ子供なのだ。

 日本で言えば小学4、5年生のただの子供。だから現実が見えていない。

 ルシウスはうんざりしながらも適当に会話を終わらせる。


「その時は、なんでも言うことを聞いてあげるよ。家や領民に迷惑がかからない範囲ならね」


「約束よ?」


「ああ、分かった分かった」


 ルシウスの投げやりな態度に、口をすぼめたオリビアとの会話を打ち切る。

 これ以上の話は無益だ。


 ルシウスが前を向くと、何か苔に覆われた岩の様なものが目に入る。

 自然物ではあり得ない様な、平面だ。


 ――なんだ、あれ?


 ルシウスは更に近寄る。

 徐々にその全貌が明らかとなった。

 その形には見覚えがある。


「戦車?」


 前世、テレビで見た戦車に形としては似ている。全く同じではないが、偶然とは思えないほど、近しい。


「赤の時代の遺物ですね」


 後ろから来たマティルダが呟いた。


「赤の時代?」


「ええ、この国ができるはるか前にあった時代です。それは酷い時代だったらしいですよ。人は常に戦争に明け暮れ、空と川が腐った血の色に染まったそうです」


「そんな時代が」


 オリビアが後に続く。


「青の時代、かつて人は空の上に住んでいたが、この地を見つけた。祖先達は、この楽園へと降り立ち、栄華を極めた。だが、楽園を巡って多くの血が流れ、赤の時代が訪れた。英雄王が、全ての禍根かこんを一身に受け、今の緑の時代が創られた。有名な創世記よ」


 ルシウスは今まで政治や法律、算術、国語などを勉強していた為、あまり歴史に詳しくない。

 本も何冊かは読んだが、全て建国以降の歴史である。


「その遺物が何でこんな所に」


「別にここじゃなくっても見つかるわよ。遺物はどれも貴重品だから大体掘り尽くされてるけど。この森は魔物が多いから、今まで誰も調査しなかっただけじゃない?」


「そうでしょうね」


 2人は納得するが、ルシウスは違和感をおぼえる。


 ――おかしい


 確かにこの森は魔物が多い為、地元の人間以外はあまり出入りしない。

 だが、全く無いわけではない。


 これだけ大きな遺物が、村の近くに長い間、放置されるだろうか。


 聞けば、遺物は貴重品のようだ。お金に困り続けているドラグオン家や領民がなぜ金に変えない。


 ――もしかして、ほとんど人が踏み込んだことない程、深層にいる?


 一抹いちまつの不安を抱えるが、陽の光とマティルダの術式を信じる他にない。他に何も目印はないのだから。




 歩けども歩けども村は見えてこない。

 むしろシルバーウッドの象徴である銀樹の本数が増え、幻想的な深い森と呼べる様相ようそうとなってきた。


 ルシウスは朝から幾度いくどとなくは言いかけて、飲み込んだ言葉をついに口にする。


「本当にこっちであってるんでしょうか」


 ルシウスの後に続く2人の女は何も答えない。

 なぜなら2人とも同じ思いだからだ。


「一度、状況を整理しましょう」


 幸いなことに、季節は夏。

 食べられる果実には事欠かない上に、森の至る所から清水が湧き出ている。


 だが、だからと言って快適ということはない。

 歩けば疲れもする上、魔物へ神経をとがらせる必要もある。木のうろでの睡眠も熟睡できたのは初日だけだ。徐々に疲労が溜まってきている。


「まず、こっちに魔物が少ないのは間違いないですよね?」


「間違いありません」


 疲れが見えるマティルダが答える。

 相変わらずの曇天どんてんだが、時折、太陽のが一瞬、垣間かいま見えることがある。今朝も見えたのだ。


 方角は合っているはず。

 全ての情報が森の外へ向かっている事を示していた。


 だが、現実は一向に村が見えてこないのだ。


「おかしいな。でも魔物も居ないから正しいんだろうけど」


「ええ、居ないと思います」


「おそらくとは?」


「魔物は階級が上がれば上がるほど、魔力の扱いにけます。上級の魔物は私の式では感知できませんから」


 マティルダは、何を今更いまさら、とでもいいたげに言う。


「え?」


 耳を疑った。初耳である。


「マティルダさん……もう一度聞きます。この周辺で魔力を感じますか?」


「いえ、この辺りには一切、感じないです」


 ルシウスの背筋が凍る。

 森は奥に行けば行くほど、上級の魔物が出る。


 そして、強大な魔物がいれば、弱い魔物は身を隠すか、逃げ出すに決まっている。


 ――まさかッ!


 魔物が居ない場所ではない。

 強大な魔物がいる場所、いる場所を追いかけてきたのではないか。

 そう思うと辻褄つじつまが会う事が多い。


 太陽の位置だけが、理屈に合わないが、何日歩いても村へつかない理由も、銀樹が多くなる理由もすべて説明が付いてしまう。


「それがどうかしま――」


 マティルダが答えかけた時、木々の間から巨大な頭が現れた。

 長い舌をチロチロと出し入れしながらも冷たい視線を見せる。


 その姿には見覚えがあった。

 棘のある巨大な甲羅を持ち、濃い緑色の毛針に覆われた大蛇。


 ――ペルーダ!


 先日、ルシウスたちを襲った2級の魔物である。

 同じ個体かはたまた別個体かはわからない。


 ペルーダの出現に、マティルダの悲鳴が続いた。

 ルシウスは、ありったけの魔力を剣へとこめる。


 途端、森の木々の影を消し去る程のまばゆい光が辺りを覆った。


「逃げるんだッ!」


 剣の光では、ペルーダを致命傷を与えられないことはわかっている。

 あくまで目眩めくらまし。


 ルシウスも目も開けられないほどの光の中、急いで逃げようとした時、ルシウスの手に誰かの手が重ねられた。


「何だ!?」


 ルシウスの手を何かが流れていく。

 自分の物ではない。

 初めて感じる他人の魔力。


 熱さと冷たさが同居したような魔力が剣へと送り込まれた。


「これでも喰らいなさい」


 オリビアの声だ。

 ルシウスとオリビアの魔力が込められた剣は、今までにないほどの光を放つ。


 肌を刺すほどの焔光えんこうが辺り一帯を包んだ。

 その太陽のようなきらめきは一瞬。


 すぐにチラチラとまたた燐光りんこうへと姿を変えた。


 あまりに強い明かりを受けたため、よく周りが見えない。

 目交めまぜを繰り返すと、 次第に視界が明瞭となった。


「ペルーダは!?」


 先程まで自分たちの前にいた大蛇がいない。

 倒したということはないはずだ。


 ――どこだ!?


 背後を見ると、焼け焦げた岩山がある。


 それがペルーダの甲羅だと気がつくまで時間は要らなかった。

 無傷の首と尻尾が生えてきたからだ。


 ――甲羅に閉じこもってやり過ごしたのか


 万策尽きた。

 そう思った時、オリビアがこの3日間がかたくなに外さなかった【騎獣の義手】が目に入る。


「オリビア、【騎獣の義手】を貸して」


「……嫌」


「盗らないから」


「何するの?」


【騎獣の義手】でできることは分かりきっている。


「ペルーダと契約する」


 嫌である。


 父と同じ大空を舞うヒッポグリフが良い。

 家族には内緒で、風を操る術式のイメージトレーングも重ねてきた。


 何を好んで、カタツムリ型の毒蛇と契約をしなければならないのか。

 だが、もうこれしかない。


「ペルーダは2級の魔物。僕の魔核は1級。相性が良ければ契約できるはず」


 ペルーダの瞳には怒りが宿っている。

 格下に、ただのにえに、己の殻を灼かれた。その事実が苛立たせているのだろう。


 オリビアが左手にはめた【騎獣の義手】に手を掛けたとき、突然、日が登ったように周囲が明るくなる。


 すぐに剣を確認するが剣は光っていない。

 そして、流星でも落ちてきたかのような大きな音が辺り一帯に響く。


「何!?」


 爆心地と呼んでいいのか、焼けた大地の中に、1体の魔物が立っていた。

 その魔物が強烈な光を放っている。


 徐々に光が収まると形があらわとなる。


 鷲の頭に、獅子の体、白く輝く翼をもつ魔物。

 王者の風格。


 焼け付くような存在感に飲み込まれそうだ。

 父の式ヒッポグリフに姿形は、似ているが、感じられるものは別次元。

 ヒッポグリフよりも2周りは大きく、ヒグマを優に超える体躯。


「……グリフォン」


 オリビアがつぶやいた。


「あれが、王の獣」


 名の通りだと思った。

 ルシウスの剣に柄に付いている羽飾りと同じ羽をもつ最強の魔物。


 異変を察知したペルーダが、我先にと、逃げ始めた。


 それが逆に気にさわったのか、グリフォンが獅子の足で素早く地を駆ける。

 逃げるペルーダとの距離を、一瞬で詰めると前足を振り上げた。


 そして、甲羅ごと爪で、引き裂いたのだ。


 つい先程まで命を宿していた大蛇の目から徐々に生気が無くなり、音を立てて首が地面へとうなだれた。



 2級の魔物、ルシウスたちがどれほど努力しようとも、逃げることしか出来なかった魔物を一撃で踏み潰した。

 戦いにすらなっていない。


「嘘っ。なに……この魔力……」


 唯一この中で魔力を感知できるマティルダがうわ言のように言う。

 完全に血の気が引いている。


 グリフォンはルシウスたちが視界に入っていないのか、仕切りに何かを探していた。


 グリフォンの羽毛が、きらめき、時折、強い光を放っている。

 その光に見覚えがあった。


 ルシウス自身が放つ光である為、完全に思考から抜けていたのだ。


 ――日の光を見たんじゃない


 明朝に何度か見た光は太陽ではなく、グリフォンが放った光だったのだ。

 そして、完全に確定した。


 ――今、森の最深部に居る


「早く逃げないと」


 ペルーダが居なくなったから良いのではない。

 むしろもっと悪い。


 ペルーダをたった一撃でほふることができるほどの強大な魔物を呼び寄せてしまったのだ。


 一歩進んだグリフォンは威厳いげんに満ち溢れているが、同時に薄汚れている事に気がついた。


――傷ついてる。


 この強力な魔物が傷つけるほどの、が居るのだろうかと頭をよぎる。


 だが、今はグリフォンを心配するほど悠長な事を考えている状況ではない。

 一秒でも早く、グリフォンから距離を置かねば。


 絶対にグリフォンと契約してみせると豪語していたオリビアは一歩たりとも動けずに、固まっている。


 オリビアの足が震えていた。

 よく見ると口がガチガチと音を立てている。


 無理もない。

 これは人の手に余る生き物だ。


 かつて、これを本当に式にした人間がいるのだろうか。

 絵本の中の夢物語ではないかと疑いたくなる。


 周囲を探していたグリフォンが、ルシウスの方を向いた。

 鷲の鋭い視線が、剣へと注がれている。


 次第にその冷徹な瞳が怒りに染まる。


「違う! 君の仲間から羽を奪ったんじゃない!」


 グリフォンが獅子の体躯を揺らせながら、ゆっくりと一歩進み出る。


 グリフォンは、ルシウスより手前にいたオリビアに近づくと、羽虫でも払うかのようにゆっくりと前足を振り上げる。


「危ないッ! オリビアーッ!」


 明らかにオリビアの脳天へ撃ち落とすつもりである。

 潰されてしまう。先程のペルーダのように。


 ルシウスは震える自分の足に力を入れて、一歩を踏み出そうとした時である。



 



「はッ!?」


 大地に切り裂かれたかのような亀裂が入る。


 全く訳がわからない。

 余波で吹き飛ばされたオリビアをルシウスが受け止めた。


 先程までグリフォンが立っていた場所に、何かがいる。


 黒、いや黒銀色のうろこが見える。

 太い首、恐竜を思わせる牙が並んだ口。鋭い爪が付いた4本の足。

 長い尾。

 黒銀色の鱗に覆われた背から伸びる2枚の羽。


 ドラグオン家にとって因縁深い存在。



「……竜」

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