第18話 森の異変

 振り向くと護衛騎士が顔を歪ませ、肩を抑えていた。


「大丈夫ですか!?」


 ルシウスは護衛騎士の所まで駆け付けた。


「肩に!何かがッ!」


 視線を肩へ向けると、大きな針のようなものが男に刺さっている。

 ルシウスが針を抜こうとしたとき、ローベルが制止した。


「毒があるかもしれん、不用意にさわるな」


 護衛騎士が深く突き刺さった棘を手でにぎる。


「心配無用だ。ぐぐッおっ!!」


 自らの手で針を引き抜き、地面へと放り投げた。

 肩が血に染まる。


「早く止血を!」


 手当をしようとするルシウスを今度は護衛騎士が制止した。


「それよりも今は周りを」


 護衛騎士の緊迫した様子に、ルシウスは剣を構えた。


 どこかからシューという気体が抜けるような音がする。

 周りを見回すが樹木しか見えない。


 ――どこだ!?


 上から数枚の木の葉が落ちてくる。


 ローベルが叫んだ。


「上だッ!!」


 見上げると、巨大な蛇が大口を開けてルシウスに迫っていた。


 ――まずいッ


 ルシウスはとっさに魔力を剣にこめる。


 剣の光が、瞬時に強くなり、閃光が辺りを覆った。

 燦々さんさんたる輝きが、寸秒、全ての影を消し去る。


 閃光が消えると同時に、光に肌をかれた大蛇が木から落ちた。

 巨岩でも落ちたのではないかと思う程の鈍い音が、森に響き渡る。


 大人よりも太い胴体に、棘の付いた甲羅がある。

 全身は毛針に覆われており、遠くから見れば蛇というより、毛の生えた長いカタツムリに見えるだろう。


「ペルーダだとッ!? 何故こんな浅層に!?」


 続けて、ローベルが護衛騎士に向かって、叫ぶ。


「今すぐ子どもたちと逃げろッ! 2級の中でも特に危険な魔物だッッ!」


 ――2級だって!?


 ルシウスが落下したペルーダから距離を置こうとしたとき、視界に何かがよぎる。


 咄嗟とっさに剣を構えたが、体がバラバラになったのではないかと言うほどの凄まじい衝撃を受けた。


「グぶッ」


 気を失いそうになりながらも慌てて状況を確認すると、森が激しく動いている。

 いや、森ではない自分が動いているのだ。


 強い衝撃により、体ごと弾き飛ばされた事に気が付くのが遅れた。


 慌てて元いたところを見ると、緑色の塊が見える。

 棘のある巨大な甲羅を持ち、濃い緑色の毛針に覆われた大蛇。


 尾を仕切りに振り回している。


 ――尾で叩かれたのか



「イヤァァアアッ!」


 少女の悲鳴が続いた。

 オリビアや双子を、その長い体で囲っており、逃げ場を失わせている。


 地面を転げながらも何とか体を起こし、立ち上がる。


 ルシウスは体勢を整えると、オリビア達の方へと駆け出した。


「ルシウス、行くな! 逃げろッ!」


 ペルーダを挟んで反対側に居るローベルが叫ぶ。


 体を起こしたペルーダと呼ばれた大蛇の魔物が、首をくねらせる。

 その視線の先には、オリビア達。


 ――このままじゃ、食べられるッ


 ルシウスは足を緩めない。

 邪魔者の接近に気がついたのか、ペルーダがルシウスに向かってつんざくような金切り声をあげる。


 威嚇行為だ。


 ――怖い


 式も持たず、上級の魔物と対峙たいじする。見る人が見れば、ただの無謀である。


 ――いや、駄目だ


 ルシウスは首を降る。

 領民の子供を置いて逃げるなど、有るべき男爵の姿には程遠い。


 ルシウスは汗で滑りそうになる剣を握り直すと、再び駆け出し、ペルーダの人の大人ほどある胴体に斬りかかった。


 全体重を載せ、さらに助走まで加えた斬撃。

 これ以上無いほどの乾坤一擲けんこんいってき


 ズスッという乾いた音が聞こえる。

 剣先を見るとペルーダの毛針に埋まったところで剣が止まっている。


「ははっ……マジかよ」


 ルシウスの最高の一撃は、肉に届くことすらしなかった。


 ペルーダの毛針が逆立つ。

 剣を素早く引くと、全力で大蛇の胴を飛び越えた。

 直後、数十本もの毒針が放たれる。


 ショットガンさながらに放たれた毒針は、周囲の木々を貫通して、森の奥へと吸い込まれていった。

 もし後へと逃げていたらルシウスは蜂の巣になっていただろう。


「それ、毒の意味ないだろッ」


 一難去って、また一難。


 ルシウスは大蛇のとぐろの中に飛び込んだことになる。

 正面には大蛇の口。

 背面には山のような甲羅。

 左右には毒針に覆われた胴体。


 幸か不幸か、大蛇に囲われていたオリビアたちとは合流できた。

 だが、何一つ好転はしていない。


 ペルーダが満面の笑みを浮かべているかのように首を鎌のように揺らしながら声をあげる。


 恐怖に染まった双子が仕切りにルシウスにすがるような視線を送った。

 オリビアは青ざめており、毒で動きが悪い護衛騎士が必死に剣を構えている。


「……立派な男爵になるんだッ!」


 自らを鼓舞こぶするように思いを口にする。


 剣に光が宿る。

 だが、先程のように周囲を強く照らす光ではない。


 極限まで集光させ、線を成す。

 その線を、刀身に沿って循環させる。


 刀身のふちだけに光の線が灯っているような姿。


 技の名は無い。

 全方位へ放つ光を、ただただ細く凝縮するだけの技。


 この技はほとんど使ったことはない。

 斬撃を強化するが、燃費が悪すぎるのだ。


 辺り一帯を覆うほどの光を込めて、維持する。

 魔力を垂れ流しながら戦う事に等しい。


 それでもルシウスは今できる最高の一撃を込める。


 ――これで全力だッ!


 近くにあるペルーダの胴へと斬りかかった。

 ほとんど音もなく、刃は肉へと到達する。


 だが、半分ほど切れた所で剣が止まった。

 骨を断つには力が足りなかったようだ。


 それでも、胴を傷つけられた大蛇が暴れ始める。



 護衛騎士が驚愕する。


「な、なんて子供だ……。信じられん」


 双子も安堵の表情をルシウスへ向ける。


「ル、ルシウスぅ。食べられると思ったぁ」

「さすが、ルシウスだ」


 確かに傷は付けたが、ペルーダはまだ生きている。安心できるような状況ではない。


「話は後! この間に逃げて! 早くッ!」


 ルシウスが叫びに呼応するように、護衛騎士の左手が光る。


 すぐに灰色の牛が出てきた。

 異様な事に、体中が毛で覆われており、大き過ぎるつのを支えきれないのか、牛の首はダラリと地面へと垂れ下がっている。


「乗れッ!」


 顔色の悪い護衛騎士が、オリビアを無理やり乗せる。

 双子も異形の魔物の背へ上り、またがる。

 キールもポールもまだ契約したばかりで自分の式に乗騎できない。


 その時、怒りを宿したペルーダが首を揺らせながら、ルシウスたちをにらみつけた。


「先に行ってッ! ここは抑えるッ」


 剣を構える。


 護衛騎士は、ルシウスの言葉通りに牛にまたがり、走り始めた。

 判断が速い。

 護衛騎士にとって、優先すべきはオリビアの命なのだろう。


 ルシウスが再び残り少ない魔力を剣にこめると、頭上からヒッポグリフが舞い降りた。


 ローベルだ。

 有無を言わさずルシウスを抱えると、ヒッポグリフへと担ぎ上げた。

 すぐに上空へと舞い上がる。


「……あんまり心配させるな」


 上昇しながらも、ローベルは有無を言わさぬ雰囲気でルシウスをとがめた。


「ごめん」


 上空へと逃げたルシウスをうらめめしそうに睨む、ペルーダが体を揺すり始める。

 全身の毛針が立ち、一斉に放たれる。

 地表から毒針の矢が、次々と空を飛ぶルシウスたちへ襲いかかった。


「フォトン、アレやるぞ」


 ローベルとヒッポグリフはお互いの全力を振り絞るように、巨大な風を放つ。

 ぶつかりあった風と風は反発し合い、混ざり合い、次第に螺旋らせんを描いた。


 ――竜巻だ


 風が周囲を巻き込み、雲へと一筋の線を作り出した。

 大きくはないが、確かにそれは竜巻である。


 ペルーダが放った毒針も、ペルーダもすべてを飲み込んだまま、竜巻が辺りの木々を巻き込みながら吹き荒れる。


「た、倒した?」


 しかし、ローベルは苦虫を噛み潰したような表情のままだ。


「……いや、おそらく足止め程度にしかなってない。さっきのルシウスの一撃もだ」


「え?」


 魔物の回復力は人のそれを、遥かにしのぐと聞いたことがある。

 骨へ到達するほどの傷でも、上位の魔物にとっては足止め程度なのだろうかと困惑する。


「逃げるぞッ」


 ペルーダと反対方向へ切り替え、かけらせたとき、周囲に雄叫おたけびが鳴り響いた。

 ペルーダの猛りだ。


 蛇とは思えぬ怒号に、思わず冷たいものが胃に流れる。




 村の方へと、しばらく飛行していると、地表を走る牛を見つけた。

 ローベルは高度を下げ、並走する。


「大丈夫か?」


「ええ……、問題……ありません」


 護衛騎士の血が全て流れ落ちたのではと思うほど、真っ青になりながら騎獣をっていた。


「毒でキツイと思うが、後少しだッ! 今、足を止めれば皆、喰われるぞッ!」


「はい……」


 護衛騎士は朦朧もうろうとしながら、無我夢中で牛の式を走らせている。

 背後に乗った子ども達の顔も、同じように恐怖に震えている。


 ペルーダ自身に襲われる可能性もあるが、ルシウスの放った魔力も危ない。

 魔物は魔力を多く持つ人間に吸い寄せられる性質がある。


 あれだけの魔力を、全力で放ったのだ。

 周辺の魔物が一斉に集まってくるかもしれない。


 すでに式を探すどころの話ではない。

 皆、一心不乱に森の外を目指した。




 村へ到着したときには、既に辺りは夕日に染まっていた。

 着くと同時に倒れた護衛騎士を、急いで村の医者へ運び、一命は取り留めたものの、しばらく安静とのことだ。


 疲れきった顔で、屋敷に戻ったローベルが、ルシウスとオリビアへ真顔で告げる。


「しばらく式探しは中止だ。森への立ち入りを禁じる。どうも様子がおかしい」


 一言だけ告げ、ローベルは領民たちとの話し合いへ、消えていった。

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