第16話 契約

 ルシウスたちは、村外れにある森のほとりに居た。


 ローベル、ルシウスを含む4人の子どもたち、オリビアの護衛騎士だけである。


 身重のエミリーは当然として、マティルダは介抱の為に屋敷に残り、年老いたグフェルは足手まといになるということで同行しなかった。


 ローベルは、意味ありげな白い布で覆われた、何かを抱えている。


「父さん。ここには近づくなって、いつも言ってない?」


 キールとポールも激しくうなずく。

 この森はシルバーウッドの森と呼ばれる。


 シルバーウッドの森と村の境界は、大人たちが子供たちへ、口酸っぱく注意する場所である。


「そうりゃそうだろ。魔物が出るからな。だが、今日は魔物に会わないと話にならん」


「……まあ、そうですね」


「それそうと、皆はどんな魔物と契約したい?」


 ローベルが笑いながら問いかける。


「ぼ、ぼくは怖くない見た目の魔物がいい……です」


 ポールがうつむきがちに答える。


「僕は速い魔物がいいです」


 キールはポールとは違い具体的だ。


「なぜ速さなんだ?」


「ルシウスと違って、僕やポールの魔力量は普通です。強い魔物とは契約できません。だから、強さ以外の取り柄がある式がいいです。騎獣としてはやっぱり速さかなって」


「そうか、そうか」


 双子の希望を受け止めた。

 ルシウスも双子に続く。


「もうずっと前から決まってるよ。お父さんと同じヒッポグリフにするよ」


【鑑定の儀】の帰り道、父の式を見て以来ずっと、父と同じヒッポグリフにするつもりだった。


「いいのか? 俺の魔力は3級だったからヒッポグリフが限界だった。お前は1級だ。もっと上の魔物を狙えるぞ」


「僕の目標は立派な男爵になること。そして父さんはそれを実現している。だから、ヒッポグリフで」


 スッとオリビアが手を挙げる。


「私は王の獣、グリフォンと契約します。 その為にここへ来ました」


「グリフォンと来たか、そいつは強気だな……」


 ローベルは頭をいた。


「強気ではありません」


 オリビアの目に力がこもる。


「強気じゃなけりゃ、無謀だな。グリフォンは文句なしの1級の魔物だ。気性が荒く、気位も高い。その上、甚大な魔力を持っている。騎獣にできりゃ、最高だが、滅多に人には降らんぞ」


「すべて、承知の上です。万が一私がグリフォンに切り裂かれ、死んでも一切、貴方にせきが及ばない様に伝えてあります」


「……子供のセリフだな」


 オリビアがキッっとにらむ。


「田舎の男爵風情に何が分かるんですか?」


 背後に居た護衛が素早くオリビアへ近づいた。


「姫様、いけません」


 オリビアはローベルの寄り親シュトラウス侯爵の娘ではある。だが、国から正式に爵位を授かっている父ローベルのほうが立場は上。

 本来、このような言葉を使っていいほど爵位は軽いものではない。


「お嬢ちゃんが何を背負ってるかはわからん。だがな、命の大事さは痛いほど知ってる。責任を負わないなら、目の前で子供が死んでいいと言える事自体が子供のセリフだと言ったんだ」


 オリビアが反発するように言葉に力を込めた。


「ですが、私は王を目指します。王たる資質を示す為に、グリフォンが必要なのです」


 ローベルは、やれやれ、といわんばかりだ。


 この国に本当の意味での王家はない。

 日本人だったルシウスには分かりづらいが、王家を担うかばねは無い代わりに、王の血族であるうじがある。


 四大貴族である。

 各々、東西南北を統べる四大貴族は皆、王の氏であり、王座へ至る権利を有する。

 

 一般的に王家と呼ばれるのは、当代王の一族を指すことが多い。


 目の前にいるオリビア・ノリス・ウィンザーは、ここ北部を統べるノリス・ウィンザーであり、王たるうじである。


 だが、王座へ至るためには熾烈しれつな争いがあるらしい。

 命を賭した政争に勝利したただ1人だけが、王座を手に入れる。


 ルシウスにしてみれば雲上の話だ。


「王……」


 敵対心をあらわにしながら、オリビアがその蒼い目でルシウスを見る。


「そうよ、ルシウス。私はあなたとは見てる物が違うの。だから、負けるわけにいかないの」


「……確かには違いそうだね」


 だが、ルシウスは敵対心そのものをかわした。今は、姫君のわがままに付き合う時間ではない。


 ルシウスはローベルへと向かう。


「それで、父さん。魔物の契約ってどうやるの?」


「待ってろ」


 ローベルは手に持った何かの布を解いた。


「この【騎獣の義手】を使う」


 転生してから全く見なかった形状、素材だ。

 陶磁器や金属でできた左手だった。

 篭手こてというのだろうか。左腕のひじから先をすっぽりおおうような形だ。

 前世でも見たことはないが、どこか異質感がある。


「珍しいだろ、古代の遺物だ。それなりの数が発掘されるもんだが、【塔】の連中にしか直せない。壊すなよ?」


 ローベルは全員へ注意を促した後、話を続ける。


「さて、最初はポールだ。これをはめるんだ」


「え? えッ!?」


 ポールがキョロキョロと辺りを見回す。


「このシルバーウッドの森は奥へ行けば行くほど強い魔物が出る。まずは浅層で6級の魔物を探すぞ」


 涙目のポールに【騎獣の義手】がはめられる。

 大人のサイズなのか、10歳のポールには大きすぎて、ずり落ちそうだ。


「さあ、いくぞ。もうアテはある」





 ローベルは笑顔のまま、一行を引き連れ森の中へと入っていった。

 だが、普段は抜かないサーベルを、既に抜刀ばっとうしており、万が一の襲撃に備えている。


 一見、飄々ひょうひょうとしたローベルだが、警戒をおこたっていない。

 その事実が人外の領域に足を踏みいれた事を強く感じさせる。


 ルシウスも剣のつかに手をかけた。

 抜きはしないが、いつでも抜刀できる様に、慎重に続いた。


 入ってすぐの森は、林のように腰の高さ程の雑草が茂っていたが、10分も歩き、巨大な樹が増えてくると、地面は枯葉だけとなった。


 植生として古い森まで到達したのだろう。空を巨木の枝葉が覆い隠し、地表まで太陽が差し込まない。そのため雑草が生えないのだ。


 薄暗いが見通しはいい森を進むと、前方から誰かが、こちらを見ている事に気がついた。

 3人ほどだろうか。


 既にルシウス達の存在に気が付いており、今にも襲いかかってきそうな程、気が立っている。


「ゴブリン」


 小さな声でルシウスがつぶやいた。

 ローベルへ視線を送ると、父は黙ってうなずいた。


 ――やれ、ってことかな


 ルシウスは剣をさやから静かに引き抜いた。


「だ、大丈夫でしょうか!?」


 オリビアの護衛がうろたえる。


「問題ない」


 自信ありげにローベルが答えた。

 話は決まったと、ルシウスは静かに3体のゴブリンへと近づいていく。


 音もなく間合いまで詰め寄ると、1体を斬り伏せた。


「ギィ!!」


 初手で出遅れた、残り2体のゴブリンが、手に持ったサビだらけの斧で斬りかかる。


 ルシウスは斧の攻撃を素早く回避すると、得物のリーチ差を活かして、振りかぶった1体ののど剣先けんさきを沈めた。


 すぐに剣を引き抜き、最後の1体のゴブリンを胸元から切り上げる。


 3体のゴブリンは、一瞬で物言わぬ塊となった。


「な、何、あれ!?」


「ありえんッ! まだ子供だぞ!?」


 オリビアとその護衛から驚嘆の声が上がる。


「ん? ルシウスはいつも、あんなだけど?」


「こら、ポール。貴族様には敬語を使うんだ」


 双子は、さも当然だという表情だ。

 ルシウスが剣についた血糊ちのりを布で拭き取りながら、戻ってきた。


「ルシウス、初手の無防備なタイミングなら、2体は倒せ。1体だけってのはまずい。ゴブリンは逃げられると仲間を呼ぶからな」


「分かってるよ。やっぱり腕が足りないか」


「だが、その後の動きは良かったぞ」


 ローベルがルシウスの頭がガシガシと撫でる。


「……うん」


 ルシウスは訓練の過程で、街道に出た魔物の討伐に、何度も参加している。

 既に実戦は経験済みであり、弱い魔物と対峙することに気負いはない。


「わ、私にだって出来るわよ!」


 オリビアがルシウスに負けまいと虚勢きょせいを張る。


「君は将来、王様を目指すんでしょ? シルバーハート領を管理するとかならともかく、政治の中枢にいる人間が直接魔物を退治する必要はないと思うよ?」


 ルシウスが魔物を退治する力に蓄えるのは、父の後を継ぐためだ。

 国内でも有数の魔物生息地であるシルバーウッドの森に隣接する領で、魔物と戦う力がなければ立派な領主とは言えない。


 父と同じく領民を守るための力が必要だったから訓練しているにすぎないのだ。


「それでもよ」


「話はしまいだ。ここは魔物の領域、静かに進むぞ」


 オリビアがキッとルシウスを睨んで、前へ進み始めた。


 ――すごい嫌われてるみたいだけど、なんでだろう


 3歳の頃に【鑑定の儀】で会っただけの少女。

 しかも直接話もしていない。嫌われる理由に全く心当たりがない。


 釈然としないまま父に続き、森を進む。


「さて、そろそろだな」


 前を歩いていたローベルが、皆に手で合図を送る。

 森の奥は木々が少なく、草原となっていた。


「草原なんて、このシルバーウッドの森にあったんだね」


「こういう場所が所々ある」


 ローベルは森の切れ端から草原を注意深く観察する。


「おッ! いるな」


 双子の弟ポールの手をひいた。


「さて、ポール、お前が契約する魔物はアレでどうだ?」


 ローベルが指差した先には、小さな雲が浮いている。

 だが、どうもおかしい。

 遠近感が混線したかのように感じる。雲にしては小さすぎる上に、地面に近すぎるのだ。


「ローベル様、アレはなんですか?」


「クラウドシープだな」


 ――シープ


 よく見ると雲のように見えていた白いものが、毛の塊のようにも見える。

 所々、小さな手足と頭が羊毛の埋もれていた。

 空中を漂う羊の群れが雲のように見えていたのだ。


 その姿にはゴブリンのような醜悪さは感じない。


「……確かに羊の魔物だ」


「ポールの希望は怖くない魔物だろ。クラウドシープは見た目があれだから一定層に人気がある。それに、能力もいいしな」


「……あれなら怖くないかも」


「決まりだな」


 ローベルはすぐさま左手からヒッポグリフを喚ぶ。

 怖がるポールを半ば無理やりヒッポグリフに乗せると、ローベルもまたがった。


「クラウドシープは臆病でな。普通に近づくと空へ逃げる。先にフォトンで飛んで近づくぞ」


「ロ、ローベル様、飛ぶんですか!?」


 ポールは今にも泣き出しそうだ。


「ちゃんと掴まってれば大丈夫だ。近づいたら【騎獣の義手】でクラウドシープに触れるだけだ。簡単だろ?」


「が、がんばります」


 ヒッポグリフが翼の下に気流を作り出すと、わずか一回の羽ばたきで空へと舞い上がった。

 途中ポールの叫び声が聞こえてきたが、ローベルが一緒なら大丈夫だろう。


 ルシウスはローベルを見送ると、剣を抜いた。


「なぜ剣を抜く?」


 不穏を感じとったオリビアの護衛が、オリビアを背に隠す。


「ここは魔物の森です。父が居ないのであれば、魔物が出てきた時は自分が対処する必要がありますから。あ、でも、まだ未熟なので、あなたもいつでも戦えるようにしてもらっていいですか?」


 護衛騎士は苦々しそうにうなずく。

 まさか子供に警戒の心構えを説かれるとは思っていなかった。


「……わかった」


 護衛も静かに剣を抜いた。


 再び視線をポールたちに向けると、ヒッポグリフは既にクラウドシープの群れへと入っていた。

 牧羊犬が羊に群れに入ったときのように、クラウドシープ達が逃げ回っている。


 泣き叫んできるポールの左腕を、無理やり父ローベルが掴んでいた。

 逃げ回るクラウドシープへ接近した時【騎獣の義手】で、触れさせているようだ。


 4、5匹にほど触れさせたときだろうか、【騎獣の義手】と魔物の間に何かが起きたように感じる。

 

 次の瞬間、クラウドシープが粒子のように空へと溶けると、【騎獣の義手】をはめたポールの手へと吸い込まれていった。


 ローベルは空で旋回すると、ルシウスが居る方へヒッポグリフの頭を向ける。

 空をかけって戻ってきたヒッポグリフが、羽をばたつかせながら地面へと降り立った。


 ローベルが先にポールを下ろし、自らも飛び降る。


「ポールとクラウドシープの契約は終わったな」


「父さん、何匹か触れさせてけど、何してたの?」


「あれはな、ポールと相性のいい個体を探してたんだよ。人と同じで魔物にも個性があるからな、合う合わんがどうしても出る」


「合わないと魔物を式にできないの?」


「そうだ。契約はあくまで対等だからな。こっちが良くても相手が承諾しないと成立しない」


「そうかあ。僕と相性がいいヒッポグリフがいるといいだけどな」


「そればっかりは運だからな。式の契約に、数ヶ月かかることもある位だ」


「そんなに!?」


「そうだ。だから言ったろ。小麦の収穫が終わってから契約だって」


「確かに……」


「よし、次はキール。5級の魔物だな。いくぞ」


 ローベルがヒッポグリフを左腕へ戻すと、再び一行は森の中を進み始めた。


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