第15話 式の一族

 翌朝。


 昨夜のことは夢であったのではないかという、わずかな望みを持ってダイニングへと降りる。

 扉を開けると、普段は家に居ない3名の顔が目に飛び込んだ。


 ――そんな訳ないよな


 やはりダイニングのテーブルにはオリビアが座り、ルシウスをにらみつけている。


 オリビアの後には鋭い目つきの屈強な男性が立っている。

 おそらく護衛だろう。


 そして最後にもう一人。

 品の良い、ただならぬ雰囲気をまとう老婆がいた。

 その顔をはっきりと覚えている。


「貴女は鑑定のときの!」


「おやまあ、覚えて置いてくれたのかい。うれしいねぇ、四重唱カルテットの坊や」


 老婆の顔がほころんだ。

【鑑定の儀】の際に、セイレーンを従えていた老婆だ。


「もちろんです!」


 ルシウスにとって、初めての式を間近で見た衝撃的な出来事である。忘れるはずかない。


「私の事は忘れてたじゃない!」


 オリビアがたまらず口を挟んだ。


「まあ、大分、成長もしてますからね」


 ルシウスは、一応取りつくろった程度の言い訳をする。


「ババアの顔は変わらんか」


 セイレーンを従える老婆がくつくつと笑った。


「えっ、いや、その」


 反応に困る。

 変わったとも、変わらないとも答えることができない。

 どっちが失礼に当たらないのか、と。


「グフェル様、あまり息子をからかわないでいただけます?」


 母エミリーが困る息子へ助け舟を出した。


「悪かったね、そう怖い顔をしないでおくれよ、ドラグオンの娘。我らオルレアンス一族、始まって以来の4つの魔核持ち。気になって仕方ないのだよ」


「はぁ」


 エミリーもすんなり謝られると、これ以上諌いさめようがない。


「グフェル様はオルレアンス家の方なのですか?」


「そうさ。オルレアンス家の端くれさ」


 オルレアンス家。

 式の記録と研究を担う古い一族だと本で読んだことがある。


 その一族に生まれついた者は、皆、式狂しきぐるいらしく、一生を式の記録と調査に捧げるのだ。


 この世界では式とは軍事力そのものであり、生活にも多大な影響を与える存在だ。

 ゆえに式の研究は国家の最重要事項の一つと考えられ、その中枢を担うオルレアンス家の地位は高い。少なくとも田舎の貧乏男爵家とは比べるべくもない。


 かつて州都でルシウスが鑑定された後、調査に派遣された一団もオルレアンスの末端である。



 エミリーが大きなお腹をさすりながら、ため息をつく。


「ルシウス、グフェル様はオルレアンス家の前当主よ」


「前当主!? 」


「もう家督かとくはバカ息子に譲ったよ。今はただの隠居の身。後は死を待つだけだと思ってた所に坊やが現れた。人生、何が起こるかわかんないねぇ」


 老婆は水晶のように淡く光るような視線でルシウスを見る。まるで貴重なモルモットを見るかのようだ。


「そんな方がなぜ家に?」


「それはご飯を食べたあとにしようかね。冷めてしまう」


 グフェルの呼び掛けにより食事が始まる。


 普段と違い、侍女マティルダは着席していない。

 主人の背後に控えるという本来通りマナーに徹しているからだ。


 それがなおの事、ソワソワとさせる。

 たいして弾みもしない表面的な会話の中、皆、朝食を取るのだった。

 

 

 ◆ ◆ ◆



 朝食の後、貴族の屋敷としては、かなり控えめな玄関ホールに、屋敷中の人が集まっていた。


 ルシウス、屋敷の主人達両親、侍女マティルダ、侯爵令嬢オリビア、鑑定の老婆グフェル、オリビアの護衛騎士が立ち並ぶと、かなり窮屈きゅうくつに感じる。


 皆が集まった所で、玄関のドアノッカーがカンカンと音を立てた。

 扉が少しだけ開くと、男の子の顔がのぞく。


「ご、ごめん……ください」


「ポール。もっとはっきり話して! ごめくんださい! お父さんに行ってこいと言われたので来ました!」


「で、でもキール。そんなに声出したら僕たちが来たってバレちゃうよぉ」


 ――いや、他人の家にバレない様に入っちゃダメだろ


 双子の兄弟たちが屋敷へ訪れたのだ。

 この双子はかつて一緒に【鑑定の儀】に同行した兄弟だ。


「やあ、キール、ポール」


 ルシウスが手をふる。

 ポールが救いを求めるようにルシウスへとオロオロ近づいてきた。


「ルシウス……。な、なんか、お父さんに行って来いって言われたんだ」


「そうなの?」


 ルシウスは双子の兄キールへと確認した。


「ああ、そうだよ。大事な用があるから、この時間に領主様の家を訪ねるようにって」


 シルバーハート村の双子キールとポールは、ルシウスと仲が良い。

 たまに一緒に遊んだりもする。実態としては、ルシウスが子どもたちの面倒を見ているような形ではあるが。


 グフェルが、しわがれた声をかける。


「この村の子供達だね。待っていたよ」


 ローベルが、グフェルへ目配せをしながら、静かにうなずいた。

 どうやらグフェルに命じられて、父ローベルが双子を呼んだようだ。


「さて、式との契約を始めようかね」


 グフェルの声が響いた。


 そして、深いしわを刻み込んだ左手を掲げる。


「おいでや、セイレーン」


 グフェルの横に【鑑定の儀】に見た半人半鳥の魔物が現れる。


「ひゃあぁあああ! ごめんなさい! ごめんなさい!」


 ポールが頭を抱え、床にした。


「こら、ポール! 立つんだ!」


 双子の弟をたしなめる兄キールの足は震えている。

 オリビアも白く細い指が小刻みに揺れている。


 ――まあ、子供からしたらトラウマレベルだろうな


 魔力を宿した子供は3歳児にセイレーンによる鑑定を受ける。

 村人のキールとポールはルシウス達とは違う場所で受けたのだが、特に鑑定方法は変わらない。

 はっきりとした記憶は残らなくとも、その恐怖は心に刻み込まれたのだろう。


「式は何もしやしないよ。まあ、アンタは例外だったがね」


 グフェルがルシウスを見る。


「魔物は魔力にかれるからね。あんたの極上の魔力に、私の式も魔物の本性が出てしまったのさ。よかったね、喰われなくて」


 セイレーンが意味ありげな微笑を浮かべる。

 ルシウスは【鑑定の儀】にセイレーンの美しい声を思い出す。


 ――『美味しそう』って、本当にそのままの意味だったのか


「さて、早速、鑑定するかね」


 老婆の目が光る。


「「「「ひッ」」」」



 ――――



「順調に育ってるね」


 ご満悦のグフェルに対して、精神的に参っている子供たちが4人。

 セイレーンの声は、精神的な揺さぶりかける。

 皆、朦朧もうろうとする中、必死に耐える。


 ともかく鑑定の結果は下記のとおりである。

 ルシウス:

 第1級の騎手魔核

 第1級の砲手魔核

 第1級の詠口魔核

 第1級の白眼魔核


 オリビア:

 第2級の騎手魔核


 キール:

 第5級の騎手魔核


 ポール:

 第6級の騎手魔核


 ルシウスは頭を抑えながら、グフェルへ話掛けた。


「まさか、鑑定を人生で2回も受けるとは思いませんでしたよ」


「そうりゃ当然さ。3歳に受けるのは魔核が有ることを確認する鑑定。今のはを確認する為の鑑定だよ」


「契約するべき魔物?」


「魔力の増幅は、10歳頃に止まる。その時点である程度、契約できる魔物が決まるのさ。魔物の強さも第6級から第1級まで分けられる。個体差はあるが、大体同じ等級の魔物と契約することが良いとされている。まあ、第1級の魔力を持ってても第6級の魔物と契約することはできるがね」


 グフェルの言葉には心当たりがあった。

 ルシウス自身、ここ最近、魔力の増加が緩やかになっている様に感じていたのだ。


「なるほど」


 そして、グフェルが、わざわざこんな辺境へ訪れた理由を理解する。

 子供たちが契約に臨む相手を間違えないためだ。


 とはいえ、いつでも、どこでも、鑑定をしてあげられる程、オルレアンス家はひまではない。ある程度、契約できる年齢の子供たちを集めて、鑑定を済ませるのだろう。


「しかし、まあアンタの鑑定結果は相変わらず信じらんないね。全部の魔核が1級だとかねえ。被虐嗜好ひぎゃくしこうでもあるのかい?」


 グフェルは楽しく仕方ないといった様子だ。


「いえ、性癖せいへきは至って健全です。ただ、立派な男爵になるため魔力は必要だと本で読みましたので、トレーニングは欠かしませんでした」


「まあ、間違っちゃいないよ。魔力の多寡たかは貴族には重要だからね。ドラグオン家にとっては殊更ことさら。坊やは一体どんな魔物と契約するのかねぇ」


 グフェルは老婆の眼とは思えないほど、朗色ろうしょくに目を輝かせている。

 皆の視線がルシウスへと注がれる中、1人オリビアが毒づいた。


「フンッ! 私はまだ負けてないわ! 魔力の多さだけが重要じゃないって、お父様も言われてたから!」


 ルシウスは言葉を選びながらも、丁寧に諭すように返した。


「オリビア様。貴族同士の勝ち負けなど、重要ではありません。重要なのは領民が幸せに暮らせる為の力があるか、どうかです」


「わ、わかってるわよ!」


 ルシウスに正論を返されてオリビアはうろたえる。


 貴族は特権階級である。

 だからこそ、責務を負うのであって、その特権に胡座あぐらをかくための言い訳ではない。


 そもそもこの世では、人が生きる事自体、簡単ではない。

 魔物、天災、犯罪者、飢饉、病から領民を守るからこそ、貴族は敬われるのだ。


「さて、話はここまでにして、実地に移ろうかね。後は、ドラグオン男爵に任せるよ」


 やっと出番が来たか、とローベルは笑った。

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