少女と魔物

第14話 突然の来訪

「ルシウス、それじゃダメだ」


 父ローベルが、木刀をルシウスの喉元のどもとへ突きつける。


「……降参」


 ルシウスは手に持った木刀を下へと向ける。

 昼前、ルシウスとローベルは屋敷の裏にある空き地で剣術の訓練を行っていた。


「なんか、こう、鋭さが無い。もっとビュッて感じで動く様に意識しろ」


「……うん」


 父ローベルと剣術訓練を始めて5年以上になる。が、ローベルは正直教えるのは上手く無いと思う。

 どうも全て感覚的なのだ。


 ルシウスは10歳。

【鑑定の儀】の帰り道以来、立派な男爵になる為、父から様々な教えをうている。


 剣術や槍術、弓術もその一環だ。

 この世界には危険が多くある。

 魔物を始めとして、不作により田畑を放棄して野盗に降った者も多い。


 言葉や規範だけでは領地を守れない。

 力が必要なことが多い為、貴族にとっての力は重要視される。

 特に中央の権威が手薄になる田舎では、それが顕著だ。


 前世のイメージで言えば、警察、救急、消防、役所、税務、農協、裁判をドラグオン家が担っている。無論、日本のようなきめ細やかな行政サービスが有るわけではなく、ドラグオン家と領民が共同で村を運営しているような形である。


 だが、荒事の先導を切るのは常にローベルであった。


「おやまあ、今日もルシウスは精がでるねぇ、立派な領主になっておくれよ」


 急に声がかかる。

 振り向くとシルバーハート村の村人がいた。


 村の中央にある屋敷の裏手近くに住む老婆である。


「マデリン婆さん、ありがたいが、もういいって言ってるだろ」


 老婆の手には、紙で包まれた焼いたパンが握られている。


「ローベル坊や、あんたのじゃないよ。エミリーとルシウスの為に焼いてきたんだよ」


「いや、だから、冬に向けて蓄えておけって」


「今年の小麦は豊作だからねぇ」


 ローベルの言葉を聞き流すと、老婆は屋敷の正門がある正面へと消えていった。


「ったく。終わりにするか」


 最近、昼ごはん時になると、村人が何かを差し入れに来る。

 村人の訪問が、近頃の終了の合図でもある。




 汗を流し、ルシウスは食卓についた。

 面々はいつも通りの父ローベル、母エミリー、侍女マティルダだ。


「ルシウス様、どうぞ」


 マティルダがパンとスープを取り分けてくれる。

 パンは先程の老婆が焼いてくれたものだろう。


「ありがとう、マティルダさん」


 マティルダの表情は相変わらず固い。

 成長し、大分違和感が減ったのか一時期ほど怪訝けげんでは無いが、それでもルシウスの言動に対する不信感は残っている様だ。


「奥様もどうぞ」


「いや、私は大丈夫よ。どうもにおいがダメみたいで」


 給仕きゅうじを断った母のお腹は大きい。

 村人が差し入れに来るのはエミリーが目的である。


「ダメです。お腹の子にとって今は重要な時期です。少しだけでも栄養を取らないと!」


 マティルダの気迫に押し負けた様で、エミリーは少しだけ皿に配膳してもらった。


「そうね」


「あまり無理をするなよ」


 ルシウス以降なかなか授からなかった子供が、今エミリーのお腹の中にいる。

 両親も村人も、気が気でない様子である。


 皆の皿にスープが注がれ、マティルダも席に着くと、ローベルが真剣な面持ちで話を始めた。


「なあルシウス、そろそろ小麦の収穫が終わりそうだな」


 ローベルとエミリーが目線で合図を送り合う。


「確かにもう真夏だしね。それがどうかした?」


「お前も、そろそろ式を持つ事を考える時期になったって事だ。もちろん来年の収穫時期でも良いがな」


 しき

 人は魔力を持つが術式を持たない。

 魔力を現世に顕現させる為には、術式を持って生まれる魔物と契約する必要がある。

 契約した魔物は生涯のパートナーとなり式と呼ばれる。


「式!」


 ルシウスの顔がほころんだ。

 魔物との契約は待ちわびた事ではある。


 立派な男爵になる為には、やはり式の存在は欠かせない。

 父ローベルと同じように、魔物を従えたいと、あの日以来ずっと思っていた。


 だが、父からの承諾が得られなかったのだ。

 しかも、いつ頃魔物と契約できるのかすら、全く教えてもらえなかった。


「ああ」


 ローベルが頷く。


「でも、小麦の収穫期と関係あるの?」


「おいおい、お前は立派な男爵になるんだろ? 領民の生活のことも考えるんだ。子供だけで魔物に会いに行ける訳ない。親も収穫の真っ最中に仕事を休む訳にはいかん。それに、収穫による税を管理する貴族たちも手が離せん」


「なるほど」


 ルシウスは1人得心する。


「でも、いつ契約するか位は教えて欲しかった。ちゃんと教えてくれれば、準備も色々とできたのに」


「ああ、それな。それは、からだな」


「出る?」


「契約できる年齢になったと思ったら、後先考えずに1人で魔物に会いに行っちまう子供が毎年何人かいるんだ。貴族、領民問わずな。だから、あまり時期については教えないことが多い」


 式を持つことは、魔力を宿した子どもにとって、大人へ至る儀式でもある。

 我慢できずに先走さきばしる子供がいることは理解できる。


「確かにありそうな話」


「だろ? というわけでだ、来週の稽古けいこは無しだ。式を得るために一緒に森に行くぞ。ちょっとしたサプライズもある」


「サプライズ?」


「まあ、すぐに分かる」


 ローベルは悪戯にワクワクする少年の様に笑った。



 ◆ ◆ ◆


 5日後。


 夜、ルシウスは1人部屋で本を読んでいた。

 ページをめくり、かじり付くようにノートへと要点をまとめていく。


 本のタイトルは『アヴァロティス国の発展と法典の関与』

 マティルダに言わせれば、3ページで人を眠りにいざなう魔性の本とのことだ。


 必要な項目をノートにまとめ終えた頃、1階が騒がしくなった。

 ローベルとエミリーが誰かと話している声が漏れ聞こえてくる。


 ――こんな時間に来客?


 田舎の貴族とはいえ、父の元を仕事で訪れる者はよくいる。

 むしろ田舎だからこそ、か。


 田舎ゆえに、ほとんどが領民の民家である。

 商人や役人、他の貴族など、何かある度、領主であるローベルのところへ直接訪れるのだ。


「まっ、いいか」


 ルシウスは新しい本を取り出そうと手をのばす。

 その時、階段を誰かが上がってくる音が聞こえた。


 ――マティルダさんかな


 訪問客に会わせるために呼ばれる事は間々ある。

 特にルシウスが史上初の4つの魔核持ちであることを知っている来客は好んで、ひと目会いたがった。


 想像通りルシウスの部屋の扉が開く。


「あ、今、行きますね」


 ルシウスが席を立とうとした時、聞き慣れない声が響いた。


「ルシウス・ノリス・ドラグオン! アンタには負けないからッ!」


 ――ん?


 初めて聞く声を振り向くと、ルシウスと同い年くらいの少女が扉の前に立っていた。


 淡い水色の長い髪の毛をなびかせ、仁王立ちとなっている。

 髪とは真逆に、瞳はどこまでも深い蒼色で、敵意をむき出しにしてルシウスをにらみつけていた。


 異性としては全くの対象外であるが、10歳にして容姿は既に整っており、将来は誰もが振り向く美人になる事を感じさせる。


「あの……誰ですか?」


「あああぁ、やっぱり許せない! 何で覚えてないのよ! オリビア・ノリス・ウィンザーよ!」


「いや、だから誰だよ……」


 夜、自宅で本を読んでたら、いきなり見知らぬ少女に喧嘩を売られた。

 わけがわからないが、事実である。


「ん? オリビア・ノリス・ウィンザー?」


 目の前の青髪の少女は全くわからないが、名前には聞き覚えがあった。


 特に姓。

 本でも何度も目にした。父の政務に随伴ずいはんする中でも何度も耳にした。


 国の北方を統括する大貴族であるシュトラウス・ノリス・ウィンザー侯爵その人である。父ローベルの寄り親でもあり、【鑑定の儀】で場を仕切っていた貴族である。


 そして、ノリス・ウィンザーを名乗れるのは、シュトラウス卿の直系のみである。


 ルシウスは【鑑定の儀】でシュトラウス卿の娘が参加していた事を思い出した。

 確か娘の名前はオリビア。


「もしかしてシュトラウス卿のご息女、オリビアお嬢様でしょうか?」


 オリビアは更に苛立ちを強める。


「何で確認しないと分からないのよ! 【鑑定の儀】のときに会ったじゃないッ」


「いや、だって……3歳のときに一回だけ」


 普通は3歳の時の記憶などほとんど残りもしない。

 前世の記憶があったルシウスははっきりと覚えているが、それでも7年も前の事である。会った人、全員を覚えているわけがない。


「……本当に……忘れてたの?」


 ショックを受けている水色髪の少女。


「いえ、今思い出しましたよ。それよりなぜ、家にいらしてるのでしょうか?」


「知らないッ!」


 オリビアは扉をバタンと強く締めて、階段を下りていった。


「………………」


 全く訳がわからないルシウスは、ポカンとしてしまった。

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