第13話 決意
「ギュイイィィイイ!!」
まだ時は真夜中のようで、月が西側に登っている。
母エミリーが展開した霧はすでに無くなっており、辺りは黒く塗り潰された木々と草むらを
「ルシウス、起きたか?」
振り向くとすぐ後に父がいる。
すでに
「父さん、今の声は?」
ローベルが声を押し殺して、返答する。
「ゴブリン共の大将が出てきたらしい」
突然、森の巨木が倒され轟音が鳴り響く。
ゴブリン達が木陰からずらりと現れる。
だが、先程と違い、すぐには襲って来ない。
――警戒してる? いや……
ゴブリン達が声を揃えるながら、雄叫びを連呼し始めた。
「「「ギイ、ギイ、ギイ――」」」
すると倒れた木の奥から、一際大きなゴブリンが姿を現した。
他のゴブリンの二周りは大きな体躯である。
「やっぱりな。ボブゴブリンがいたか」
父ローベルは想定していたのか、驚いた様子は無い。
「いくぞ」
父はヒッポグリフに
空中で剣を引き抜いた直後、凄まじい速度でホブゴブリンへと向かっていく。
速度の乗ったローベルの斬撃を、ホブゴブリンはサビだらけの大剣であっさりと受け止めた。
開戦の合図。
森の奥から現れたゴブリン達が、次々にローベルとヒッポグリフへと襲いかかる。
もはや数えるのも馬鹿らしいほどの数だ。
昼頃に襲ってきたゴブリンは群れの一部でしかなかったのだろう。
ローベルは剣と風を、鷲頭は爪と風を
だが、ホブゴブリンにはいずれの刃も届かない。
うまく立ち回っているのもあるが、それ以上に――
「クソッ! 仲間を道具にしやがって」
ホブゴブリンは仲間であるはずのゴブリンを盾にしたり、頭を掴んで投げつけたり、とても同族にしてよいとは思える行為ではない。
仲間を盾にするホブゴブリンも、盾にされるゴブリンも皆笑っている。まるで死にながら獲物を
――狂ってる
ローベルの剣が遂にホブゴブリンへと肉薄する。
ホブゴブリンとローベルの剣が切り結び、拮抗した。
両者、
一瞬でも気をぬた方がそのまま斬り伏せられるだろう。
その時、ホブゴブリンの周囲にいたゴブリン達が好機とみたのか、ローベルとヒッポグリフを無視し、一斉にルシウス達へと向かってくる。
ローベルは
押し返された刃がローベルの肩に当り、血がにじんだ。
「やめろッ!!」
ローベルの叫びを
ゴブリン達の表情は皆、
危険を感じ取った母エミリーがルシウスを
次の瞬間、ゴブリン達の波は瞬く間にルシウス達を飲み込んだ。
一瞬の出来事であったが、状況は一変した。
ほとんどのゴブリンは、ルシウスや双子の親子達には脇目も振らず、女を目の前にして、狂喜していた。
ルシウスを守るために
侍女のマティルダはすでに数匹のゴブリンに組み伏せられており、周囲にいるゴブリン達は
子供達に無関心なものばかりでは無い。数匹のゴブリンが、サビだらけの斧を振り回しながら、双子の子供の足を持ち引き
子供を殺す前に仲間と奪いあっているのだ。
双子が死んだ後はルシウスの番だろう。
ルシウスは頭が真っ白になり、状況が整理できない。
今日の朝、宿を出たときまでは日常だった。
昼、襲われたときは驚きはしたが、父がなんとかしてくれた。
――この状況は何だ?
「ローベル! ルシウスだけでも連れて逃げてッ!」
「クソッ!」
ホブゴブリンに
ローベル視線の先にいるのはルシウスだけだ。
エミリーの言葉通りローベルは、ルシウスだけを助けようとしている。
――なぜだ?
不思議と頭に浮かんだのは、恐怖ではなかった。
貴族に生まれた事。いらぬ立場を背負わされた事。理不尽な暴力を受ける事。母や侍女が犯される事。幼い子供や怪我人が死んでいく事。
自分だけが助かるかもしれない事
そして、心のどこかで、それに安堵している事。
すべてに腹が立って仕方ない。
先程の父の言葉が思い出される。
『力がなければ奪われる』。
急にストンと胸に言葉が落ちた。
――ああ、これが奪われるということか
父が、力が必要といったときにはピンと来ていなかった。
当たり前だ。
日本という治安のいい国で過ごしてきた。転生してからも貴族として人並みの暮らしをしてきていた。
だが力が無ければ、守れないものが、この世界には当たり前にある。もしかしたら、前の世界もそうだったのかもしれない。
貴族が【授魔の儀】を受けさせるのは、守る力が統治に必要だからなのだ。
だからこそ、父と母は心を殺して、ルシウスに力を宿らせたのだ。
そうしなければ、他の誰かが奪われる。
領民を守る。
それは概念論ではない。建前ではない。
現実なのだ。
前世の両親達の様に、守るべき民も土地もない中で、特権だけに執着した者たちとは違う。
ローベルは守ってほしいと言った。
託そうとしているのだと、今なら理解できる。
ルシウスは細く小さな腕で、抱えていた剣を
鞘を落としたと言う方が正確かもしれない。
王より賜った剣を握りしめる。
――重い
鉄の塊以上に重く感じる。
これが責務か。
誰かに必要とされたい、自分を見ていて欲しいとずっと感じていた。
――もうとっくの昔から見てくれていたんだ
やるべき事ははっきりしている。
逃げる事では無い。
母や侍女を助ける事でも、父に加勢する事で無い。
たとえ
ルシウスは剣に魔力を込める。
今まで体内でしか動かせなかった魔力が、ずっと前からできていたかのように、魔力が刀身へと流れていく。
「その子達を離せ!」
ルシウスは、よろよろと剣を振り上げるが、今にも剣の重さに潰れそうだ。
ゴブリン達はルシウスの膨大な魔力に当てられたのか、手を止め、
ルシウスは構わず、さらに魔力を込める。
次第に剣は光を帯び始めた。
左手の魔核だけではなく、全身の魔核から魔力を振り絞り剣は全てを込める。
さらに剣の光は強くなり、森が真昼になった、いや森の中に小さな太陽があるかの様だ。
「なんだ、ありゃ!?」
ホブゴブリンと戦闘を繰り広げていたローベルが
目も開けられないほどの光が周囲を包み込んだ。
次第に魔力を込めるのではなく、逆に剣に吸われているかの様な感覚を覚える。
――魔力を吸われる!?
鮮烈な
――温かい
束の間、急に怠さを覚えた。
体の中に常にあった魔力を
魔力が無くなったのだと気がつくとほぼ同時に、ルシウスの魔力をほとんど吸い尽くした剣は、光を失った。
森は暗さを取り戻し、星の光に照らされたルシウスが、剣をだらりと下げていた。
ゴブリン達だったと思われる灰が夜風に吹かれて崩れ去る。
ホブゴブリンだけは体が大きすぎたのか、炭化した芯を残した。
人には温かい光だが、魔物には体を
「す、すごい」
エミリーが唖然としながら起き上がる。
ローベルもヒッポグリフから飛び降りた。
「ルシウス!! 本当にすごいやつだッ!」
王の宝剣。
王の言葉通り、魔力を得て、人外の力を発揮したようだ。
だが、今はそんなことはどうでもいい。
安堵とともに怪我をした父に抱きつく双子達。
恐怖から開放され、うずくまったままの侍女マティルダ。
魔物を灰にした光よりも、その姿の方が何倍も重要だ。
――これが誰かを守るということ
ルシウスは意を決したように父と母の顔を見据えた。
「父さん、母さん。僕は立派な
月に照らされたルシウスの顔はとても晴れやかだった。
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