第12話 貴族とは
夕日が射す中、一行は歩いていた。
先頭には負傷した双子の父親を背負っていながら歩くローベル。
その後ろに、怯える双子と双子を励ます母エミリーとルシウスが続く。
最後尾を注意しながら歩くのは、マティルダだ。
「ローベル、少し休みましょう」
エミリーが疲労の色が濃く顔にでている双子を見ながら、先頭を歩くローベルへ声を掛ける。
ローベルは振り返り、顔色が悪い子供達と空を順に視線を向けた。
「そうだな……」
馬がすべて居なくなってしまった。
3歳の子供達を連れての歩みはとても遅い。頻繁に休みを取る必要がある。
さらに双子の父親は腹に矢が突き刺さり、重症のため、一人で歩くことも出来ない。
怪我人を寝かせると、侍女マティルダが枯れ木を集め、火を起こした。乾燥していない木は必要以上に煙を吐き出し、目に染みる。
「お食事のご用意が出来ず申し訳ございません」
「いや、この状況だ。気にしなくていい」
夕日は刻々と沈んでおり、間も無く、闇が覆う時間となる。
森の中に有る街道では、暗闇が一層濃い。
「父さん、今日はここで朝まで過ごすのでしょうか?」
夜、明かりも持たずに歩けば街道を逸れ、森へと迷い込む可能性もある。
「そうだ」
ルシウスは一息ついたところ、抱えていた疑問を口にした。
「さっきの人みたいな生き物はなんですか?」
「あれはゴブリン共だ。クソッ! 何だって、こんな街道沿いにまで魔物が出てきやがるんだ!」
ローベルは地面を叩く。
「魔物……」
疲れ果てた双子を寝かしつけていたエミリーも
「このシルバーウッドの森も、ローベルが管理していた時には、こんな事は滅多に起こらなかったのだけれど」
「シュトラウス卿に譲渡してから、この辺りはゲーデンが管理を任されているはずなんだが……放置してやがったな、あの豚やろうッ」
「おそらくそうね。街道に魔物が出てくることはある事だけれど、ゴブリンがあれほど沢山でてくるのであれば、もはや管理できてるとはいい
ルシウスは先程の父親の戦いを思い出していた。
あの醜悪な生物がゴブリン。
ゲームでは何度も聞いたことがあるが、実物がでてくる世界というものに困惑を覚える。
「でも、追い払えてよかったですね。馬車と馬は残念でしたが」
ローベルとエミリーは苦渋を浮かべる。
「いや、ゴブリンは悪知恵がある。子供と怪我人を連れていることを理解してる。夜にでも、また襲ってくるだろう」
「え?」
「今も、森からこちらを見ているだろうな」
ローベルが森の奥へをにらみつける。
同時に森から矢が飛んできた。
ローベルが忌々しそうに左手をかざし、局所的な突風で矢をそらした。
「ほらな? 」
先程と同じような戦闘が頭をよぎり、ルシウスは身構える。
「ルシウス、襲ってきやしない。こっちを休ませない為のものだ。さっきから、ちょくちょく撃ってきやがる」
「休ませない?」
「
ルシウスの胃に冷たいものが流れる。
自らが置かれた状況を理解した。
数でも負けており、この中で唯一戦える父は怪我人や子供をかばいながら戦う必要がある。
――次は本当に追い払えるんだろうか
今、自分は異形たちの獲物となっている。
【鑑定の儀】でセイレーンが放った言葉が思い起こされる。
『貴方、とても美味しそう』
――万が一に備えないと
ルシウスは状況を把握するべく、
「父さん、さっきの風を使ってた術式って何? 後、父さんが呼んだあの生きものは!?」
「あれは俺の"式"だ。ヒッポグリフのフォトン」
「ヒッポグリフ……」
「ああ、人は魔力を持つが、術式を持たない。だから、魔力を力へ変換する為に魔物と契約する。契約した魔物を式と呼ぶんだ」
ルシウスは【鑑定の儀】の時に現れたセイレーンや父ローベルの左手から出てきた鷲頭の
――あれは元々魔物だったのか
ルシウスは両親の会話を思い出す。
確かゴブリンも魔物と呼んでた。
「魔物と契約できるのであれば、ゴブリンと契約して手を引いてもらえればいいのでは?」
「魔物を式とできるのは、魔核1つで1体だけだ。俺も、エミリーも、マティルダもすでに式と契約しているから不可能だ」
「マティルダさんも?」
「ええ、その通りです」
周囲を警戒していた侍女のマティルダが手短に答えた。
ルシウスは今できる事を考える。
「なら僕が4体と契約しますよ。4つ魔核があるんでしょ?」
「駄目だ。ゴブリンの群れは厄介だが1体1体は強い魔物じゃない。お前にはシルバーハート領を守るという役目が有る。もっと強い式を持つべきだ」
――爵位を継ぐつもりは……
「うぐぅッ」
怪我の為気を失っていた双子の父親が半身を起こした。
「おい、今は横になってろ」
「ロ、ローベル様。私を置いて……っぐッ……進んで下さい。私の子達も……置いていって……下さい」
「何を言ってる」
「ローベル様達だけなら……この森はすぐ……抜けられます」
双子の父が言うことは事実だ。
怪我人の男と双子の幼い子供を置いて、歩けば森を抜けられるかもしれない。
――父さん、母さんはどうするつもりだ?
普段は人間味にあふれる両親。
だが、本質的なところでは選民意識のある貴族だろう。
前世の両親がそうであったように。
「貴族は民衆を守るための剣であり、盾だ」
「で……すが」
「お前の家族を見捨てて、他の領民の命が多く助かるなら、いくらでも俺は泥をかぶる。だが、今ここには、貴族と領民しかいない。領民を見捨てることなどありはしない」
「だから……です。貴方に万一の事があれば……多くの領民が困ります。冬を越せず……野垂れ死ぬものも多く……出ます」
「気にするな。お前は自分の体と子供達の心配だけしていればいい」
「……ローベ……ル様」
話を終えた男は再び意識を失った。
「父さん」
「いいか、ルシウス。覚えておくんだ。力が無ければ奪われるだけだ。何も守れない」
「誰に? 誰に奪われるんですか?」
「あらゆる者にだ」
どうも釈然としない。
「では、何を守るんですか?」
「領民の全てだ。父さんは家族が大事だが、同じくらい領民を大事にしている。だからこそ、幼いお前に【授魔の儀】を受けさせた。今はまだ父さんが守ってやる。だが、いつかはお前が皆を守って欲しい」
父の想定外の反応に心が揺さぶられる。
ローベルの真っ直ぐな視線に対して、その場しのぎでも首を縦に振ることにためらってしまった。
二人の間に沈黙が流れる。
「ローベル、ルシウス、話はそれまで。今は休んでなさい」
母エミリーが沈黙を破ると、鼻歌を歌い始めた。
――父さんに子守唄?
唄とともに、人の胴体ほどありそうな、卵のようなものが母の横に現れる。
よく見ると卵には顔がある。薄水色の肌をした女性であり、短い手足をかがめているような姿だったのだ。
「それが母さんの式?」
「そうよ。アーパスのリュカっていうの」
「アーパス……」
「リュカ、霧を」
母親が命じるとアーパスのリュカの目が開き、一瞬で辺りが霧に包まれた。
一寸先も見えぬほどの濃い霧だ。
「この霧ならば、ゴブリンにもしばらくは狙われることはないでしょう」
確かにこれだけ濃い霧。歩き慣れた場所でも位置を見失いそうだ。ましてや夜の森である。
「父さんも母さんもこんな事ができたんだ」
「ええ、貴族は皆、式を持っていますからね」
「領民を守る為の力……ですか」
「そうよ。今は貴方を守る力でもあるわ」
エミリーはルシウスの頭を撫でる。
胸中に、疑問が湧いてきた。
『本当に貴族は虚飾に
ルシウスは話を逸らす様に侍女へ問いかける。
「……マティルダさんはどんな式を?」
「私の式は最下級の妖精です。正直、落とし物を探す程度にしか役に立ちません。それでも周囲を警戒する事はできます」
「……すごいじゃないですか」
皆、この状況でできる事をやっている。
それに比べて、自分はどうか。
思い悩むルシウスへとエミリーが
「ルシウスも少し休んで。この霧は4時間程度しか保たないわ。私の魔力が尽きてしまうから」
どうやら式の力は自分の魔力を消費しているらしい。
「うん」
母親に促され、王からもらった剣を抱えるように地面へ横になる。
半日ほど歩き通しだったルシウスは、まぶたを閉じるとすぐに眠りへと落ちていった。
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