第11話 シルバーウッドの森

 今は昼過ぎ。

 陽の光に照らされた森の中を、ルシウス達はきと同じく1台の馬車と1頭の馬で移動している。


 まだ辺りが薄暗い明朝に、城壁に囲まれた大都市を、帰路につくために発ったのだ。


 往きと違う事があるとすれば、ルシウス。

 国王からもらった剣を背負い、父ローベルの馬に同乗しており、父の腕の中で馬に揺られていた。


「いやあ、まじで疲れたわぁ」


 ローベルが心の奥底から、吐き出すように愚痴をこぼす。


 【鑑定の儀】の後、国王とシュトラウス侯爵がいる別室に呼び出され、ルシウスの鑑定結果に対して執拗しつように聴取されたのだ。


 王都から調査団まで駆けつけ、宿に居たルシウスから採血し、実子鑑定されたほどの念の入り用だった。


 だが、本当に心当たりがなかったローベルは、ほとほと困り果てた。


 事実、【授魔の儀】は一度しか実施されていない。


 魔核が、なぜ左手以外にあるのかはローベルには答えようがなかったのだ。


 解放されたのは【鑑定の儀】から4日過ぎた昨晩の事。

 結果、極めて異例ではあるが偶発的な事例として結論づけられた。


 【授魔の儀】により植え付けられた魔核以外が発現することは、稀にだが起こることである。とはいえ、1つ増えた事例はあったが、3つも増えたことなど無いと、調査団の間でも紛糾したのだ。


 それ以前に、4つの魔核を持って産まれた者は記録上、存在しない。国の調査団が苦慮する訳である。



 だが、ルシウスには理由が分かっていた。

 当然、両親にも、調査団にもシラを切ったが。


 ――やりすぎた……


 おそらくだが、魔核を増やす方法は、痛みが走る箇所へ魔力を流すことだ。


 調査団から聞いたのだが、大人になってから右手にて魔力を流しても、魔核が作られることはないそうだ。

 おそらく乳児期に行う方が重要なのだろう。


 そして、幼児が痛みを伴う方法をえて実施することはありえない。


 ルシウスは左手以外にも【授魔の儀】をほどこされる可能性を捨てきれなかったため、嫌々やったが、普通は生後一ヶ月の記憶などない。

 わざわざ痛みを伴う行為に及ぶ動機が存在しないのだ。


 しかし、何事にも例外はある。

 稀にだが、何かの理由で痛みを伴ってもなお実行に移した幼児が過去に居たのだろう。


「ホントに、どうなってんだ? 魔力は多いとは思ってたが、これほどまでとは思わんかったぞ」


 ローベルがルシウスの頭をクシャクシャとでる。

 責められてもルシウスも世の中の平均など知らなかったのだ。


「父さんや母さんは僕の魔力量を知っていたのでしょう? だったら最初から分かっていたのでは?」


「ざっくりとした量、それこそ多い、普通、少ない位しか判断できん。皆が皆、他人の魔力を正確に図れるなら、そもそも【鑑定の儀】なんか要らんしな」


「言われてみれば……」


「だが、まあ。ここだけの話、ゲーデンの間抜け面には内心スカッとしたぞ」


 ローベルはニカと笑う。


「あのゲーデン子爵、やけに父さんに絡んできてましたが何かあったんですか?」


「ああ、あれはな――」


 ローベルが話かけたとき、悲鳴が響いた。


「ぎゃあぁッ!!」


 周囲を見渡すと、馬車を操縦していた双子の父親が、馬車の横に落車し、伏せている。

 倒れ込んだ近くには血が広がっている。


 ローベルは間髪おかず、馬の横腹を蹴り、双子の父親の所まで急ぐ。ルシウスは馬にしがみついた。

 ほぼ時を同じくして、ヒュッと何かが通り過ぎ、トーンッという音が耳に飛び込んだ。


 音の正体はすぐに分かった。


「馬車に!」


 母達が乗る馬車に弓矢が突き刺ささっていた。


「敵襲だッ!!」


 ローベルが大声をあげると、弓矢が次から次へと降り注いだ。

 無数の矢が雨のように向かってくる。


 ――こんなの避けれない!


 狼狽ろうばいするルシウスの頭を押さえつけ、ローベルが左手をかざしすと、どこからともなく突風が吹き荒れた。


 まるで局所的に台風でも発生したのではないかと思えるほどの凄まじい風だ。

 矢が風にあおられ、明後日の方向ヘ流れていった。


「何、この風ッ!?」


「俺の術式だ。そんなことより次が来るぞ! しっかり掴まってろよ!」


 周囲の草むらや木々が揺れると、異様な者たちが現れる。


 子供ほどの背丈に、薄い灰色肌の人のような何かが、馬車を囲むように現れたのだ。

 ざっと見回しても30体はいる。


 身なりは腰蓑こしみのと革の胸当て程度しか纏っていない。

 錆びた剣や槍、石斧、弓矢などであるが、皆武装しており、醜悪な面を笑みを浮かべている。


 ――何だ、あの生き物は!?


 ローベルが佩刀はいとうを抜き、馬を疾走させる。ルシウスは必死に馬の首にしがみついた。


「ゴブリン共ッ! 誰を襲っているのか分かっていないようだなッ!」


 ローベルがサーベルで周囲にいた数体のゴブリンの首をぐようにねた。

 見たこともない勢いで赤い血をき上げながら、バタバタと首が無くなったゴブリンの体が倒れる。


「「「ギギギィィイイッ!」」」


 仲間の死にいきどおったのか、ゴブリン達が一斉にルシウス達へ飛びかかってきた。


 ローベルは襲いかかるゴブリンたちを次々と斬り伏せていく。ルシウスは馬の首と一緒に忙しなく上下した。


 ――何なんだよ! いったい!


「キャアアァアア」


 悲鳴に振り返ると、馬車に10体ほどのゴブリンがしがみついていた。


「エミリー!!!」


 ローベルが叫びながら、先ほどと同じ様に左手をかざすと、先程よりも小さな突風が吹き荒れる。


 強風にあおられ、馬車にしがみついていたゴブリン達が引き剥がされるが、強すぎる風に馬車もズジンッと音を立てて、転倒した。


 倒れた拍子ひょうしに手綱が外れたのか馬車を引く馬が一目散いちもくさんに逃げ出す。


「母さん!」


 一旦、引き剥がされたゴブリンが、倒れた馬車へ再び飛び乗った。

 ドアをこじ開けようと錆びた武器を乱雑に叩きつける。


 ローベルと対峙していた居たゴブリン達も、楽しみに乗り遅れるものかと、我先にと馬車へと向かい始めた。


 馬車には母と侍女、双子の幼子が乗っており、必死にエミリーとマティルダが扉を開けられまいと、抑えている。


 ――あいつら母さん達を狙ってるのか!?


「許さんッ!」


 ローベルが馬を走らせる。

 群がるゴブリン達を馬で踏みつけ、サーベルで斬り伏せながら、一直線に馬車へと向かった。


 馬車の近くに着くなり、無我夢中で扉をこじ開けようとしいてるゴブリン達を切り捨てていく。


 ――すごい……


 父の見たこともない気迫にルシウスは気圧されてしまった。


 このままローベルがゴブリンを殲滅せんめつするかと思われた時、馬が暴れはじめる。

 直後、ルシウスは父親と共に地面へと投げ出された。


 顔を上げると、馬の腹に深く槍が刺さっている様子が目に入る。


「クソッ! これだからゴブリン共は面倒だッ。ルシウス! 父さんの後ろにいろ!」


「はい」


 ローベルは直ぐに立ち上がると、倒れた馬車へと駆け付けて、ゴブリン達と相対する。


「来い! フォトン!」


 父親が何かを叫ぶと、父親の左手から粒子のようなものが吹き出し、形を作る。


 わしの頭に馬の体躯からだ、巨大な翼を持つ見たこともない生物が現れた。


 特に鷲頭のくちばしと、前腕は鷲の爪をそのまま大きくしたような鋭い爪は、岩すら貫きそうである。


 ――鑑定のセイレーンと似てる


 【鑑定の儀】で老婆が呼んだ半人半鳥の異形と似ている。

 もちろん姿形ではない。異形を左手から喚ぶ一連が似ているのだ。



「やれッ!!」


 ローベルが叫ぶと、巨大な羽を羽ばたかせ鷲頭の馬は一直線に馬車へと向かい、ゴブリンたちを虫をついばむかのように、引きちぎっていく。


 ローベル自身もサーベルを以て、ゴブリンたちを次々斬り伏せていった。


 一方、ゴブリン達たちは半数近くがすでに息絶えており、残った者達の多くが四肢を失ったり、大きな傷を負っている。


「ギギイッ!」


 ゴブリンの1体が声をあげると、示し合わせたようにゴブリンが逃走し始めた。

 背丈の小さな生き物は俊敏しゅんびんに草むらへと消えていき、一瞬で姿が見えなくなった。


 残されたのは、転倒した馬車と人達だけであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る