第10話 王の剣

 残されたシュトラウス卿とその寄子貴族たちは未だ熱が冷めやらない。

 ホールの中は、ドラグオン男爵という言葉が幾度となく口に出されてる。


 そして、臆面もなく視線がルシウスへと集まった。




「この人で無し!」


 突如、大声が飛んだ。

 ゲーデン子爵が髪をかき散らし、唾を飛ばしながら、罵声ばせいを上げたのだ。


 声の先にいるのは父ローベル。

 今度は2人に対して貴族たちの視線が注がれる。


「いや、俺にも何がなんだか、さっぱりだ」


「言い訳とは見苦しいぞ! 俺は2つ宿す子を作るだけに6人の子を潰したのだ! 4つの魔核など、どれほどの子を殺したのだ!?」


 周囲に貴族たちも言葉には出さないが、同様に猜疑さいぎ好奇こうきに染まっている。


 ――6人の子を潰した? 子を殺した?


 確かに【授魔の儀】は命の危険が伴う儀式だ。

 だが、命を落とすのは10人に1人程度だと母から聞いている。6人も亡くなっているほど危険なものなのだろうかと思う。


 困惑するルシウスへ、エミリーが苦しそうに小声で話かける。今、教えておく必要があると判断したのだろう。


「2つ目以上の魔核を宿すと、先に宿った魔力と与えられる魔力が拒絶しあって、大半の子供は耐えられず死んでしまうの」


「大半が死んでしまう?」


「そう。2つ目でのは20人に1人、3つ目では600人に1人、4つ目を宿した子供は…………居ない。過去に何度か行われたけど皆、命を落としてしまったと聞いているわ」


「そんな……」


 確かに命の危機を感じる儀式だったが、2つ目以降が、それ程までに危険だと思わなかった。道理で大半の子供が1つしか魔核を持っていないはずだ。


 同時に理解した。

 ゲーデン子爵の子が重唱だと鑑定されたときに、両親を含めた何人かの貴族が見せた侮蔑の意味を。


 少なくとも6人の実子に2回の【授魔の儀】を受けさせて、死に追いやった子爵に対して人としの侮蔑を込めていたのだ。


 だが、それはゲーデンだけではなく、今やローベルへも注がれる視線である。

 むしろゲーデンより強いと言っても過言ではない。


「わかったぞ。そいつは領民の子だな? 領民から子を出させ、全員に【授魔の儀】をうけさせ、生き残った子を無理やり養子にしたな?」


 ゲーデン子爵の言葉に、ローベルが激怒する。


「ふざけるなッ! ルシウスは正真正銘、俺とエミリーの子だ!」


 ルシウスは母親譲りの茶色の髪。そして父親譲りに赤い目を持っており、顔立ちも両親を彷彿ほうふつとさせる。

 養子というのは誰が見てもありえない。


「なら……そうか、そうに違いない! 魔骸石だな!? 魔骸石があれば、四重奏4つの魔核持ちのだな」


 ゲーデン子爵は【魔骸石】と、うわ言のように繰り返しながら、足早にホールの出口へと向かい始めた。


 一人でホールから出ていこうとするゲーデン子爵に対して、「おとうさま」と、ゲーデン子爵の息子が、父に追いつこうと、駆け寄った。


「邪魔だ!」


 ゲーデン子爵は近くに来た息子を蹴り飛ばし、振り返りもせずホールから出ていった。蹴られた子供は何が起こったかも分からず呆然としている。


 ――外道め


 名誉や外聞の為に我が子まで犠牲とする。

 思ったとおりに育たなければ、躊躇ちゅうちょなく見捨てる。


 周囲の貴族達も流石の挙動にあきれはてたのか、先程まで嫉妬の目でゲーテンを見ていた者たちも侮蔑の色に変わった。



 手を叩く音が響く。


「詳しいことは陛下と私が、直接ドラグオン卿から聞こう。今日はお開きだ。ささやかだが会食を用意している。皆、楽しんでいってほしい」


 シュトラウス卿の呼びかけにより、会は熱を帯びたまま、お開きとなった。


 ルシウスが、まだ戸惑う父と母に伴われて会場を後にしようとした時、シュトラウス卿が声をかけてくる。

 シュトラウス卿の足には、最初に鑑定を受けた息女オリビアが抱きついていた。


「ルシウス、といったね」


「はい」


「我が家の家宝と引き換えにした子が、四重唱か。感慨かんがい深いものだ」


「その……よく状況が飲み込めないのですが。ご迷惑をおかけしたのであれば謝罪します」


 シュトラウス卿は感心するとともに、期待の視線をルシウスへと向けた。

 反対にそのシュトラウス卿の視線を気に入らなさそうに娘オリビアが見上げる。


「いや、何も謝ることはない。むしろ私は国王陛下と同じく、君へ期待している。君の父君ドラグオン男爵と私は寄親、寄子の関係だ。いわば、君の祖父のようなものだと思ってくれ。困ったことがあればいつもで訪ねてきたまえ」


「ありがたいお言葉、感謝いたします」


「あと陛下から贈られた剣を大事にするように」


 父ローベルが運んでいる剣に視線が集まる。


「たしかに高価そうですよね」


「金では買えぬよ。それは王家の紋章が刻まれている。王家の関係者である事を立証できるものでもある。人によってはのどから手が出るほど欲しいものだ」


 ――そんな重たいもの要らないなあ


 内心では勘弁してくれという気持ちが強いが、そんな事を言える場で無いことは分かっている。


「……大事にします」


 ルシウスは早くこの場を去りたい一心で早口に答えた。

 帰ろうとしたルシウスと、シュトラウス卿の足に抱きついたオリビアは視線が合う。


「きらい! あっちいって!」


 オリビアは舌を出しながら、ルシウスへ悪態をついた。


 ――なんなんだ、いったい今日は


 ドッと疲れたルシウスは、一秒でも早くベッドにうずくまりたい気持ちで会場を後にした。

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