第9話 ルシウスの鑑定
ルシウスは1人歩き出た。
これから自らも品評会にかけられると思うと、緊張が走る。
人だかりをかき分けるように進むと、突然、何かに
「うわッ」
転んで、後ろを見返すと、ゲーデン子爵がいやらしい笑みを浮かべている。
――足を引っ掛けられたか
周囲から小さな声で
「緊張でガチガチだな」
「クスッ、男爵家の末席にお似合いね」
――大人が3歳児にすることかよ
ルシウスは冷静を装って立ち上がり、ホコリを払い、ホールの中心まで進んだ。
シュトラウス卿が猛禽類のような目でルシウスを見定める。
「本日は、お前で終わりだな」
「そのようで」
ルシウスは優雅に礼を行う。
3歳児とは思えない立ち振舞に、先程はあざ笑った貴族たちが静まり返る。
どうやら鑑定を行う順は、家の格によって決まっているらしい。
最初は、場を仕切る侯爵家たるシュトラウス卿の娘オリビアから始まり、爵位が順々に下がっていた為、途中から気がついていた。
つまり、この場で最も家の格が低いのはドラグオン家であるようだ。
元々、鑑定に掛ける子息が居ない家がどうかまではわからないが。
「ドラグオン家の子よ。我が家の家宝であった魔骸石を砕き、父の領地を処分させてまで、生かされた子よ。価値を見せてみよ」
――家宝? 魔骸石? 今日はわからないことだらけだな
土地の話はゲーデン子爵の言っていたことだろうが、魔骸石とは初耳だ。
話についていけないが、質問を返せる雰囲気ではない。
疑問を飲みこんだ。
「……御意」
シュトラウス卿が下がると、老婆の横に居たセイレーンがふわふわと飛翔してくる。
近くで見るとさらに異形さが際立つ。
上半身は冷たさを感じるほど整った器量の良い娘だが、下半身は
「うっ」
目と鼻の先までセイレーンが来ると、思わず一歩下がりそうになった。
誰でも、目の前に異様な生物が近づけば、本能的に距離を開けたくなるだろう。
だが、下がることはなかった。
セイレーンの4本の尾が一瞬で巻き付いたため、体が動かなくなったのだ。
先程まで受けていた子どもたちと同じ姿にされる。
左手、右手、目、口を縛り付けられ、視界が奪われどういう状況なのか全くわからない。
『貴方、とても美味しそう』
耳元で急に話し声が聞こえた。
その声はとても
「だれ?」
『我慢しなくていいの。私と1つになりましょう』
声が更に強く本能を刺激していく。
『ただ、はい、と答えるだけで叶うのよ』
何日も砂漠を
「は――」
ルシウスが望まれるがままに、答えかける。
「お止め。契約違反だよ」
しわがれた老婆の声が耳に響いた。
尾で縛り上げられていた、左手、右手、口、目が急にほどかれた。
視界がひらけると、セイレーンを操る老婆が立ち上がっている姿が見える。
老婆が左手をかざすと、セイレーンが粒子のように霧散しながら左手へと吸い込まれていく。
セイレーンは、優雅な笑顔を浮かべ、笑い声をあげながら立ち消えていった。
「今のは……」
先程まであれば、セイレーンが歌声をあげて、老婆が鑑定の結果を告げるという流れであったが、今回はどうも違う。
老婆は止めに立ち上がっていないし、セイレーンが語り掛けることもなかったはずだ。
ルシウスは状況が飲み込めず、周囲を見渡した。
――どうしたんだ?
周囲の貴族たちの顔から血の気が引いている。
皆、まるで真昼の幽霊でも見たかのような青ざめた表情を浮かべている。
「おいッ! これはいったいどういう事だ!?」
大声がホールに響いた。
国王自らが椅子から立ち上がり、誰へ、ともつかぬ問いを投げかけたのだ。
説明できる人間であれば誰でもいいから答えよ、と言わんばかりに口調を荒らげる。
「陛下。
老婆が
「史上初の
第1級の騎手魔核、
第2級の砲手魔核、
第2級の詠口魔核、
第2級の白眼魔核をお持ちです」
会場中から
もはや開場の窓が割れるのではないかというほどの騒然ぶりだ。
雑然とする中、シュトラウス卿が口を小刻みに震わせながら、老婆へ詰め寄った。
「何だその鑑定はッ!? 間違いないのかッ!?」
「間違いございません。我が一族の名誉にかけて」
冷や汗を流したシュトラウス卿はこの場で最も地位が高い、いや、この国で最も権威ある人間へ
「陛下、いかが致しましょう……」
「……分からぬ。だが、前例が無い事が起きた」
「4つの魔核を持つことは実現不可能とされていたはずです」
1分にも満たない時間ではあるが、国王は目を閉じ、
「皆の者。本日見たことは口外を控えよ。そして、ドラグオン男爵は後ほど私の居室まで来るのだ。シュトラウス侯爵もだ」
父親は余りのことに口を開け閉めさせており、母親も顔面が蒼白となっている。
――なんだ? 何が起きた?
わけがわからない会合だったが、今の状況が最もわからない。
戸惑うルシウスに対して威厳ある声で呼び掛けられる。
国王自身が立ったままルシウスへ語りかけてきたのだ。
通常、国王はよほどのことがない限り、爵位すら持っていない者へと直接語りかけることなど無い。
異例中の異例である。
「ドラグオン家の子よ。名をなんという?」
「ルシウスと申します。これはいったい……」
「
国王が腰に差している剣へと手をかけ、カチャリと音が響いた。
「災いか?」
「へ、陛下!?」
ただならぬ雰囲気をいち早く察知したシュトラウス卿が感じ取り、慌てて声をかけて近寄った。ホールにいた貴族たちにも、万が一の事態が頭によぎる。
国王は、剣と腰を繋ぎ止める
「ルシウス。この剣を
突然の事に理解が追いつかないが、国王の
「ありがとうございます」
ルシウスは片膝を床へつけ、手のみを掲げた。
「ほう」
感服した王が、剣を手に載せる。
3歳児に剣は重すぎる。腕だけでは支えきれず、よろけた。
だが、転げる所で誰かが手を掴んだ。
見上げると、老年の王がルシウスの手を掴んでいる。
「申し訳ありません」
「よい。元々お主のような子供が受け取れるとは思っていない。むしろ、一丁前であったぞ」
その表情は孫を可愛がる好々爺のようでもあるが、やはり眼は獅子さながらだ。
「はっ。しかし、なぜこのような」
「4つの魔核を持つ者が現れた。つまり余の後世の評価は、今日この瞬間に決したのだ。英雄を
ルシウスは内心、困惑していた。
――いや、そんな期待しないでほしい
だが、この場でそんな事は口が裂けても言えない。
「……御意」
「その剣は、王の獣グリフォンの羽をあしらってある家宝だ。真の所有者が現れる時、光を
その豪快な姿はとても初老には見えない。
言葉を投げかけるだけ投げかけ、ルシウスを立たせると、国王は騎士を伴い、部屋を後にしていった。
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