第8話 重唱

 突如現れた半人半鳥の女性セイレーンが、老婆の左腕の上に立つ。


 どう見ても腰の曲がった老婆より、女性のほうが上背があるにもかかわらず、突き出した老婆の左腕に異形の女が乗っているのだ。


「父さん、はなんですか!?」


 理解が追いつかないまま、父へと尋ねる。


「あれは鑑定を司る”式” セイレーンだな」


「”式”? セイレーン?」


 全く理解ができない。

 前世とは違う世界だと思っていたが、これほど乖離かいりしているとは思わなかった。


 皆が見守る中、半人半鳥のセイレーンがゆらゆらと飛翔しながら、オリビアと呼ばれた少女へと近よる。

 母の腕から降ろされたオリビアの表情は恐怖に染まり、今にも泣き出しそうだ。


 無理もないだろう。


 大人の指ほどありそうな鋭い爪を持っている異形が近づいてくるのだ。

 幼い子供が怯えないはずがない。


「父さん、助けなくていいのですか?」


「あれは魔物でなく、”式”だ。問題ない」


「……そうですか」


 ローベルが問題ないというのでれば、大丈夫なのだろう。


 セイレーンには尾長鶏おながどりのような長い4本の尾が垂れている。

 その長い尾が、意思を持った蛇のように動き始めた。


「ひっ」


 オリビアの言葉にならない声が漏れる。

 次の瞬間、しなる尾がオリビアの左手、右手、口、目の4箇所に巻き付いた。

 反射的にオリビアが藻掻もがいているが、身動きは取れていない。


 セイレーンが澄んだ声をあげる。


 ――綺麗だ


 それは人の言葉ではない。

 メロディすらも伴わない声が、歌のように心地よくさせる。

 温かい海のような音色に、自分を沈めておきたいような不思議な感覚に包まれた。


 ローベルがルシウスの肩を揺さぶった。


「あまり聞きすぎるなよ。心をられるぞ」


 ハッとして、急に酩酊状態からめる。


「いまのは……」


「セイレーンの声には人の心を捕らえる効果がある。式と契約していないお前には特にかかりやすい」


 周りを見ると、子どもたちは皆一様に朦朧もうろうとしている。

 大人たちは誰も気にもとめていない。


 セイレーンが歌を止め、長い4本の尾をオリビアから離すと、老婆の横まで舞い戻った。

 老婆がしわがれた声で、淡々と周囲へ告げた。


「第4級の騎手魔核をお持ちです」


 周囲から礼賛らいさんの声が聞こえる。


「まさか」

「その歳で4級とは!」

「さすが北部を統括するシュトラウス卿の御息女」


 シュトラウス卿も心無しか顔がほころんでいるようだ。


 ――第4級って? 騎手魔核ってなんだ? 全く分からないぞ


 1人だけ置いてけぼりにされたかのように感じる。


「魔核ってのは【授魔の儀】で作られる魔力の源みたいなもんだ」


 父が困惑しているルシウスへ説明してくれる。


「では、第4級とは何なんですか?」


「魔力の量を表す指標だな。下は6級から上は1級まである。高いほど魔力量が多いってことだ。例外に特級ってのも有るには有るがな」


「魔力量の指標ですか」


「そうだ。安心しろ、お前もきっと4級から3級はあるだろう」


 正直、自分の魔力以外は感じたことがないため、どれくらいなのか見当もつかない。

 両親の魔力を感じたこともないが、なぜか両親達は自分の魔力を感じることができるらしい。


 オリビアは「とうさま、かあさま」と、うわ言のように繰り返している。

 まだセイレーンの声に囚われているのか、夢との狭間にいるオリビアを、父シュトラウス卿が抱き抱える。

 シュトラウス卿はオリビアを、近くに居た母親へと丁寧に手渡した。


「シュトラウス卿。貴族としての責務を全うしておるな。重畳ちょうじょうである」


 椅子に座ったまま国王はシュトラウス卿をねぎらう。


「この上ないお言葉を賜り、身が引き締まる思いです」



 その後も、貴族の子息達が、次々とセイレーンによる鑑定へとかけられていく。

 まるで出荷された子牛の品評会のように。


「第6級の騎手魔核をお持ちです」


「第5級の騎手魔核をお持ちです」


「第6級の騎手魔核をお持ちです」


「第6級の騎手魔核をお持ちです」


 …………


 老婆の口から告げられる言葉の意味はあまり理解できないが、この会自体の意図は十分に理解できた。


 ――監視と連帯か


 貴族にはすべての子息へ、命の危険を伴う【授魔の儀】を受けさせる必要がある。

 どの貴族も跡取りは大事な存在であるはずで、受けさせたくはない者はいるのだろう。


 だからこそ、言い逃れができないように、一堂に会して【授魔の儀】を受けさせたかを確認させるのだ。


 逆に言えば、我が子への憐憫れんびんで受けさせなかった貴族は、爪弾つまはじきにされるのだろう。


 ――やっぱり貴族なんてなるもんじゃない


 もちろん両親も例外ではない。


「次、ゲーデン子爵家ご子息」


「ハッ!」


 先程、父に絡んできたゲーデン子爵が呼ばれた。

 セイレーンの声により朦朧もうろうとしたゲーデン子爵の子どもが、促されるがままに、よろよろと前へと進み出る。


 先程までと同じようにセイレーンの尾が、左手、右手、目、口へと巻き付いた。

 セイレーンの声がホールに鳴り響く。


 だが、先程までと違う点がある。

 声の主はセイレーン1体なのだが、声と声が重なったような歌声が響いてきたのだ。



 周囲が少し騒がしくなる。

 貴族達がしきりに小声を漏らし始めたのだ。


 母エミリーが血の引いた声で、悲鳴を漏らした。


「重唱ッ……」


 ローベルが緊張した面持ちでうなずく。


「ああ、間違いない。二重唱だな」


 貴族たちの小声は徐々に大きくなり、会場は騒然とし始めた。


「父さん、これは――」


 ルシウスが父に尋ねようとしたとき、威厳いげんのある声が響く。


「静粛に」


 王による一声により静寂が再び訪れる。

 セイレーンが老婆へと戻ると、老婆が淡々と声をあげだ。


二重唱デュエット。第6級の騎手魔核と、第6級の砲手魔核をお持ちです」


 会場中の貴族たちの顔がゆがんだ。

 歪んだその顔には見覚えがある。かつて、よく華族の会合でも見たものである。


 嫉妬だ。


 出来の良い子を見せつけられたとき、前世の両親が見せていた表情そのものだ。


 だが、全く反対の表情を浮かべている者たちも少なくない。


 侮蔑ぶべつ


 今生の両親は後者の表情を浮かべていた。


「そなたの国を思う心を、余は嬉しく思うぞ」


 国王はどちらとも取れぬ表情でゲーデン子爵へをねぎらう。


「はッ!」


「褒美を取らせる。これからも余とともに国を支えてくれ」


「も、もちろんでごさいます!」


 ゲーデン子爵は今にも昇天しそうなほどの恍惚こうこつに包まれている。

 国王の目は淡く鋭い光を帯びた。


「して、何人ほど犠牲にした?」


「この子はでございます。天運に恵まれました」


「そうか。……だがな、やり過ぎるなよ。余は蒼き血が流れ過ぎる事は好まん」


「しかと心得ます」


 ゲーデン子爵は恍惚に包まれているためか、王の視線に気がついていないようだ。


 騒然としつつも他の子息たちの鑑定が次々と行われていく。

 そして、ついにルシウスの番が来た。


「次、ドラグオン男爵ご子息!」






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