第7話 鑑定の儀

 州都バロンディアは祭のような賑わいだった。

 街の至る所に出店が並び、群衆が詰めかける。


 周囲の貴族たちが家臣や領民を引き連れ、一堂に会するのだ。

 人が集まれば金を落とす。

 街が活気づくのも当然とも言える。


 対照的に州都と国の北方全土を治める大貴族シュトラウス侯爵の居城は静まり返っていた。

 正確に言えば、多くの貴族たちが声を潜めながらも頻繁に会話は行われている。


 昼前、ルシウスは両親に連れられ、居城のホールにいた。


 ――想像通りの空気だな


 ホールの貴族たちが綺羅びやかな衣装に身を包み、壁際に立ち並んでいる。

 ホールの中心には、誰一人立ってもおらずドーナツ状に人がひしめき合っていた。


 村から一緒に来た双子の親子は城下で、一般市民向けの【鑑定の儀】を受けている為、ここには貴族しかいない。


 大抵は男女のペアだが、所々子供を連れている貴族たちもいる。


 その中の1組。

 40代頃の小太りの男性が、背後に20代の女性と幼子を引き連れ、ルシウスたちへと近寄ってくる。


「ドラグオン男爵。相変わらず、いいお召し物をまとっておいでだな」


 ローベルが露骨に顔をしかめた。

 ありありと嫌な奴とあったと言わんばかりの表情だ。


「ゲーデン子爵。何か御用でも?」


「いや、なに。をひと目見たくてね」


 ゲーデン卿は舐め回すようにルシウスを見る。

 どうやら噂の子とはルシウスの事を指すらしい。

 

「噂とは何でしょうか?」


 ルシウスは自分の事が話題に上がった為、口を挟んだ。


「おや、ドラグオン卿はご子息に何も言われていないので?」


「ったく、要らんことを」


 ローベルは小さく舌打ちをした。

 ゲーデン子爵は、ローベルの苦味潰した表情に満足したのか、さらに饒舌じょうぜつとなる。


「おやおや、まさか当の本人がこれではいけない。自分の価値を知ることも貴族の責務だよ? 父君は君のために領地の4分の1を献上したのだ」


「えっ」


 ルシウスは思わず父ローベルへと振り返った。


「気にするな昔の事だ」


 ――そんな事があったのか


 ルシウスの胸の中に驚きともに、嬉しさがき起こる。

 なぜ領地を手放したのかはわからないが、貴族にとって領地と領民は代え難いものだと母が以前言っていた。

 それを自分の為に手放した。自分はもしかして両親にとって代えがたい存在なのではないか。


 ――いや、無いな。何かの政治的な理由があったんだろう


 ゲーデン子爵は話を続ける。


「全く理解できんよ。1人の子供の為に、そこまでするかね。私のようにめかけをいくらでもはらませればいいだろに。それともそんなにエミリーに熱を挙げてるのかね? まあ、いい女であることは認めるが――」


 ゲーデン卿は下卑た視線をエミリーへ送る。

 たまらずローベルが視線に、割り込んだ。


「ほっといてくれ」


「ふん。これは善意からの助言だぞ? かつて竜を従えた功績により貴族となったドラグオン家も衰退すいたいの一途をたどっておるな。羽がもげたら、ただのトカゲになってしまったようだ」


 父ローベルの目に怒りが宿る。


「おい、ゲーデン。いい加減にしろよ」


「おお、トカゲは怖い、怖い」


 ゲーデン卿は小馬鹿にするように距離を置いた。


「そうそう、今年は我が息子も【鑑定の儀】に参加するんだ。あれはだよ、せいぜい楽しみにしてくれたまえ」


 薄ら笑いを浮かべながらゲーデン卿は離れていった。


「本当にいけ好かないやつだ」


「ローベル、気にしないで」


 エミリーがローベルをなだめようとしたとき、ホールの背後にある大扉が開いた。



 綺羅きらびやかな一団が入場してくる。


 先頭を歩くのは威厳いげんそのものを、まとったかのような壮年の男性だ。


 一歩後ろに、怯える子供を抱きかかえる美しい女性が同伴する。背後には、鎧を装備した衛兵たちがぞろぞろと続いた。


 小さな声で話を続けていた貴族たちに沈黙が訪れる。


 先頭を歩く壮年の男は、当然の様にホールの中心まで進むと、低い声で話し始めた。


「よく集まってくれた。我が同胞達よ」


 決して大きな声ではないはずだが、腹まで響きそうな不思議な声だ。


「シュトラウス卿、万歳!」


 呼応するように誰かが声を張り上げた。

 声の主は、先程話しかけてきた小太りの男ゲーデン子爵だ。


 シュトラウス卿は手を軽く上げ、話を続ける。


「今年は、大変な栄誉なことに国王陛下がいらっしゃる」


 貴族たちに動揺が走る。

 所々で押し殺したような小声で話が再び始まった。


「なぜ国王陛下まで」

「5年以上、来られていないはずだ」

「陛下どころか他の4大貴族たちもあまり参加はしないぞ」


 貴族たちを他所よそに衛兵が声を上げる。


「国王陛下の御成おなり!」


 ひそひそ声が一瞬にして止んだ。

 いち早くシュトラウス卿が片膝を床に就き、一国の主を向かい入れると、貴族たちも続々と続いた。


 大きく開いた入り口から老人が入って来た。

 両脇と背後に屈強な騎士を従えている。


 ――あの人が王様か?


 全ての貴族の頂点。

 その人は、年老いているが、眼光は鋭く獅子を思わせる。

 顔に刻まれたシワが苦労と歴戦を語っているかのようだ。


 国王はホール前方に置かれた、一際豪華な椅子へゆっくりと腰を掛けた。



「皆の者、そう固くなるな。【鑑定の儀】はわが国にとっても重要な行事ゆえ、見に来たまで」


 席につくなり、笑みを浮かべながら貴族たちに立ち上がりを促す。

 またしても、いち早くシュトラウス卿が立ち上がる。


「ハッ」


 そして、貴族たちに向かい、高らかに宣言した。


「今年も【鑑定の儀】を始めようぞ。光栄なことにに此度こたびは国王陛下が観閲かんえつされる。皆、忠義を示す機会を得たと思え」


 シュトラウス卿の掛け声と共に貴族たちに拍手がわき起こる。


「今年は我が娘オリビアも【鑑定の儀】に臨む。親として、貴族として責務を果たせる事を嬉しく思う。皆、一様に同じ気持ちで有ることを願う」


「「「ハッ」」」


 貴族たちは一同、敬礼する。


 置いてけぼりにされたのは、貴族の子息である3歳児たちだ。

 皆、状況が分からず呆然としている。


 ルシウスも周囲に習い、見よう見まねで敬礼に続いた。

 その姿が、異様に浮いてしまっていることに、ルシウスは気が付かなかった。

 シュトラウス卿が父ローベルへと体を向ける。


「ドラグオン卿、それが噂の子か。3歳にして礼節をわきまえるか」


「ハッ。まだまだで至らぬ所ばかりではございますが、精進させております」


 ローベルがいつものチャランポランな口癖ではなく貴族らしい言葉を使う。

 シュトラウス卿がうなずくと従者が耳打ちした。


「準備が整った。【鑑定の儀】を開始しよう。まずはオリビア」


 母親に抱きかかえられた3歳の女の子が、ホールの中心へと連れて行かれる。

 少女は淡い水色の長い髪の毛を震わせている。



 気がつくと、ホールの中心には、1人の老婆が立っていた。



 いつから居たのかもよく分からない。

 老婆は左手をかざし、しわがれた声でつぶやいた。


「おいでや、セイレーン」


 言葉を言い終えた瞬間、老婆の左手の上に、大きな羽を持つ美しい女性が現れる。


 ――何だ!? あれ!?

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