第6話 州都

 父ローベル男爵が治める領地シルバーハートの村。

 早朝から、村の中ほどにある広場に、数十名の村人たちが集まっていた。


 ローベルが声を張り上げる。


「皆、行って来るぞ!」


 村人達は、種蒔たねまきの時期であるにもかかわらず、普段着ではなく、お祭り用の一張羅いっちょうらをまとっている。

 布と革で作られ、質素ではあるが、意匠いしょうに富んでいる衣服が目立つ。


 村人達は1台の小さな馬車と、馬を囲んでいた。


 馬に跨った父の呼び掛けに対して村人達が、力強く答える。


「おうよ! 留守は任せてくれ!」

「ローベル様! うちの子を頼みましたよ!」

「ルシウス様にご加護を」


 大声を張り上げる者、手を振る者、祈りを捧げる者、様々な反応を見送りながら、馬車の扉が閉められた。


 馬車に乗り込んだルシウスもネクタイを締めた、正装に身を包んでいる。


 ――年上に『様』を付けられるのは、なんか慣れないよな


 御者ぎょしゃが手綱を揺らすと、馬車が進み始める。


「ううっ、お母さん……」


 すぐにルシウスの隣に座った男の子が泣き始めた。

 馬車にはルシウス、母親、侍女以外に、2人の男の子が馬車に同乗している。

 2人は、村人の双子で同じ顔をしており、不安そうに辺りをうかがっている。


 出発の際、に初めて知った事であるが、あの【授魔の儀】を受けた者は村にも何人か居たのだ。

 貴族でなければ、任意であるはずなのだが、受けさせる親は一定程度いるのだろう。


「大丈夫よ。ほら、馬車の操縦をしてるのは、あなた達のお父さんよ」


 エミリーが、馬車の御者を指差すが、男の子は一向に泣き止まない。


「なら、甘いお菓子はいるかしら?」


 エミリーが泣き始めた男の子へ飴を差し出した。


「いらない! お母さん所、かえる!」


 男の子は叫ぶように、母を求めている。言葉もまだまだつたない。


 ――これが3歳か


 エミリーがあの手この手であやし始めたが、体をよじりながら駄々をこねる。

 駄々をこねる男の子の隣に座った双子の兄弟が、たしなめた。


「りょうしゅさま、困らせる。ダメ」


「でも……」


 母エミリーは領主ではないが、村人の子供からすると同じ偉い大人のように思えるのだろう。


 ――手伝うか


 ルシウスは、いきなり泣く男の子の手を握った。

 同い年の自分に握られたことが意外だったのか、泣き声が止まった。


「僕はルシウス。君は?」


「ポール……」


「よろしく、ポール。君の話を聞かせてくれないか? そうだなあ、好きな食べものとか」


「え? えーとね、えーと」


 ポールは返答に困る。

 隣の席に座った双子の兄弟の顔をしきりに見るが、兄弟も状況を飲み込めていないようだ。


 ――幼児なら仕方ないか


 ルシウスが軽くため息をついたときに、侍女マティルダの視線を感じた。

 いつものように気持ち悪いものを見ているかのような視線だ。


 ――ああ、なるほど


 マティルダは自分の事を嫌っているのだと思っていたが、どうやら違ったようだ。

 何のことはない。

 3歳児とは思えない言動に強烈な違和感をもっていたのだ。


 だからといっても、どうしようもない。

 今更、前世の記憶を忘れ、ただの3歳児に戻ることなどできようはずもない。


 視線をそらしたとき、ルシウス側の窓を叩く音が響いた。


「乗り心地はどうだ!?」


 馬にまたがり、馬車と並走する父ローベルが、声を張り上げながら尋ねてきたのだ。


 村を出るときには馬車に乗っていくのかと思ったが、自分は馬に乗り、子どもたちを馬車に詰め込んだのだ。


 3歳児に馬に乗れという方が無理な話なのだが、本人自体が馬車より馬のほうが好んでいるというのもあるのだろう。


「初めて乗りましたが、かなり揺れますね!」


 ルシウスも声を張り上げた。


 馬車の中は思った以上にうるさい。

 未舗装の道を大したサスペンションがついていないが馬車で走るのだ。車とは比べようもなく騒然としている。


「気をつけろよ、長く乗るとタマが痛くなるからな」


 下品な話題で快活に笑うローベルに対して、エミリーがすごい剣幕で声を上げる。


「ローベル!」


「ひえっ」


 ローベルが逃げる犬のように、しっぽを丸めながら馬車の背後へといそいそと戻っていった。

 そのやり取りにルシウス思わず笑ってしまう。


 ――どうしてだろう。なんか楽しい


 貴族達との会合に出かけるのだ。

 本来は陰鬱いんうつな気分になるはずだが、心がはずんでしかたなかった。



 ◆ ◆ ◆



 2つほど村に寄り、辺りがオレンジ色の夕日に照らされ始めた頃、城壁に囲われた巨大な都市が視界に入り込んできた。


「やっと着いたわね」


 母エミリーが小さな声で話しかける。

 双子の兄弟は、エミリーに寄りかかるように頭をあずけて寝ている。


「あれが州都バロンディア……」


 近づくと、その巨大さがよく分かる。

 前世でも見たこと無いような高い城壁に囲われ、石で作られた城や建築物がそびえ立っている。


 馬車は一番大きな門へと近づいていく。


「おまり下さい!」


 守衛が大きな声を張り上げた。

 馬車の後ろを走っていたローベルが馬の足を早め、前へとおどり出る。


「シルバーハート領のローベル・ノリス・ドラグオンだ。【鑑定の儀】に参った」


 ローベルは下馬せずにふところから書状を出し、守衛へと手渡す。

 守衛は両手で受け取り、内容を確認するとすぐさまローベルへと丁寧に返した。


「ハッ! ようこそいらっしゃいました。ドラグオン男爵」


 守衛は熟練した動きで、敬礼を行うと速やかに門を開門する。


 扉の奥にある街は見渡す限りの建物や店にあふれており、人通りは活気に満ちていた。

 初めて見る大都市に思わず見とれてしまう。


 門をくぐり、街に入ると一行は早速、宿へと向った。

 一日中馬車と馬に揺られたのだ。馬もだが、人も疲れている。



 まずは双子と同行していた父親を、門から近い市街地の宿の前に下ろした。


「よく頑張ったわね」


 エミリーが宿の前で、長時間馬車に揺られて、ふらふらな双子の頭を撫でる。


「うん」


 馬屋に馬をつないだ双子の父親が、宿の脇からやってきた。


「すみません、エミリー様。途中で息子たちがわがままばかり言って」


「全然いいのよ。初めての長旅なのに、頑張ってたわ」


「そう言ってもらえると、助かります」


 双子の父親が、ルシウスの顔を見つめる。


「ルシウス様。俺の息子達は、あなたに比べれば全く出来が良くないですが、将来、村の為に使ってやって下さい。魔力を使えると何か役に立つでしょうから」


 ――いや、男爵を継ぐ気はないんだけど


「え、ええ」


 熱い思いを受け止めきれず、曖昧あいまいな返事をした。


「俺は昔、ローベル様に命を助けていただいたんすよ。ローベル様に恩返ししたいとずっと思ってました。そんな時、双子を授かったんです。これは神様の思し召しだと思い、妻と相談して【授魔の儀】を受けさせることを決めました」


「ん? なぜ双子だと【授魔の儀】を受けさせるんですか?」


 ローベルが後ろからバツが悪そうに答える。


「【授魔の儀】は子供が死ぬ可能性がある。双子の場合、大抵はどっちからは生き残るから、双子は魔力を授ける為の神の采配というジンクスがあるんだよ」


 ――ジンクスで子供に命を賭けさせるとか、人としてダメだろ


「まあ、結果2人とも生き残っちまいましたがね」


 双子の父親は苦笑いを浮かべた。


「何言ってんだ。2人とも生き残った時に良かったって、泣き崩れてただろ」


「それは言わないでくださいよ。と、ともかくルシウスさまも【鑑定の儀】、頑張ってくだせえ」


 双子の親子は宿へ入って行った。


 親子を見送ったルシウスたちは歩きで、近くにある同じ市民街の高級とはいい難いが、少し良い宿へと入る。


 貧乏貴族である父ローベルとしては、別に普通の宿でもよいと思ってたようだが、母エミリーと侍女マティルダがいることから、部屋に鍵が付く宿を取ったそうだ。


 元来こういった貴族たちを招聘しょうへいするのは散財させるためでもあるのだが、何ぶん貧乏貴族である。散財する金もないため、極力、費用を抑えたいのだろう。


 ちなみに双子の親子が泊まる宿に馬車と馬を預けたのも節約のうちだ。

 高い宿はそれに比例して馬を泊める値段も高くなる。



 宿の番頭ばんとうへ前払いで宿代を支払うと、部屋へと案内された。

 入るなり、両親と侍女が荷物を開きながら、談笑を始める。


「州都は久しぶりですね」


「マティルダは州都に居たことあるのよね?」


「少しだけですが。後でお勧めのお店をご案内します」


「楽しみね。ローベル、ルシウスも一緒に行きましょう」


「おっ! いいなっ! ルシウスも腹減っただろう?」


 何気ない光景に、かつて恋い焦がれた憧憬どうけいを感じた。


 ――そういえば家族で旅行なんて、したことなかったな


 初めての経験だった。旅行といえば修学旅行程度しか経験したかことがなかった。


 家族との見知らぬ街での外泊に胸がおどり、その日はなかなか寝付けなかったルシウスであった。

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