第3話 4箇所

 もう一度、あの儀式が行われる可能性が出てきてから、日々、ルシウスはどうにか回避する方法を模索していた。


 ――次は死ぬかも


 ある程度成長したあとならともかく、この新生児の姿でショック状態に陥れば命が危ないかもしれない。医学的なことはわからないが、それくらい苦しい状況だった。


 何より、日々優しく接してくれる母親が、泣き叫んでいたのだ。


 最初は情緒不安定な女性かと思ったが、あれ以来、取り乱した様子を見たことがない。


 むしろ、ルシウスがどれだけ不機嫌となり長時間泣き叫んでも、真夜中に何度も起きても、常に穏やかな声で語りかけてくれるほど、おおらかそうな女性である。


 その母親があれだけ絶叫していたのだから、ただ事ではなかったはずだ。


 ――きっと父親がヤバい宗教でもやってるんだろう


 母親とお手伝いさん以外部屋に入ってこないため、父親の姿を見たことがない。

 疑わしいのは、普段姿を見せない父親だ。

 

 ハマっている新興宗教の儀式か何かだろう。

 そして、それを抑止させない母親にも、若干のいきどおりを覚える。


 ――やっぱり親なんて信じちゃ駄目だ


 前世の両親も、普通の感覚からずれていた。

 幼い頃は気が付かなかったが、小学生の頃には違和感を覚え、中学に上がる頃には、確信に変わった。


 家とは窮屈きゅうくつなもので、両親との会話は緊張感があるものだと思っていたが、友達の家はそうではない事を知った。


 両親と友達のように気安く話している同級生や、相談相手が両親という友人などは宇宙人のように感じた事を鮮明に覚えている。


 今思えば、優しく責任感が強かった兄の生活が荒れ始めたのも、中学3年辺りだった。

 兄も同じような窮屈さや緊張感を持っていたのだろうか。


 昔の事へ思い引きずられそうになり、余念を振り払った。


 ――昔のことはいい。大切なのは今だ


 ルシウスは左手をにらむ。

 儀式以降に発現した左手のが、右手にも発現するのであれば、やはりもう一度ある可能性は否定できない。


 もしナニカを発現させる事が、儀式の目的なら、自ずと答えは見えてくる。


 ルシウスが初めて右手にナニカを流し込んで以来、微かにだが右手にも同じものを感じる。左手に比べると、とても小さく比べるべくもないが、確かに存在する。


 ――他人にやられる位なら、自分でやった方がいいよな


 正直、前向きにはなれない。

 痛いのは嫌である。だが、死ぬのはもっと嫌だ。


 転生して今の生があるのだが、次がある保証など、どこにも無い。

 ルシウスは後ろ向きではあるが、左手にあったナニカを、体を伝わせ右手へと流す。

 鈍い痛みが徐々に鋭くなる。


 ――やっぱり自分でコントロールしててもキツイな


 痛みを堪えながら、30分ほど少しずつナニカを流し込んでいく。

 最後には痛みと眠さが相まって、失神するように寝入ってしまった。





 耳障りな騒がしい音が鳴り響き、目が覚める。


 騒音と同時に、聞き慣れない声が耳に飛び込んできた。

 日の明るさの加減から、あまり長くは寝ていないようだ。


 ――続きをやるか


 仕方無しに、ナニカを動かし始めたとき、誰かがベッドをのぞき込んでくる。

 猫なで声の男がいきなり現れたと思ったら、急にルシウスを抱きあげてきたのだ。


 横には母親が嬉しそうに笑っていた為、他人ではないことは直感的に理解する。


 ――父親か


 驚いたことに、この父親。

 髪を赤色に染めているのだ。赤みがかっているのでない。真っ赤ルージュに染まった短髪に赤い瞳をしている。


 ヤバい宗教にハマっている奴はこれだから、というのが正直な感想だ。


 屈託くったくの無い笑顔を浮かべるが、こういう人間に限ってだまされるのだろうとしか思わない。


 ――あんな儀式を子どもに、受けさせる毒親か


 隣には、母親はウェーブ掛かった茶色の長い髪に、緑色の瞳をしている。


 父親は笑顔を浮かべながら、何かを母と話している。

 おそらくこの父親にとって、自分は利用価値があるのだろうと考えた。


 ――そっちが俺を利用するなら俺もあんた達を利用させてもらう


 ルシウスは抱き上げられながらも、痛みを伴う訓練を黙々と再開した。


 父親はさておき、右手の宿った小さなナニカを見つめる。

 寝る前の痛み耐えた苦行でもごくわずかにしか増加していない。


 ――間に合うのか? 次の儀式はいつ来るんだ?


 左手と右手では量が違いすぎる。

 もし左手並に増やす必要があるなら、痛みを抑えた状態では相当時間がかかるのではと懸念してる。


 言いようの無い不安を覚えると、なぜか涙がこぼれてしまった。

 赤子に戻ってからというもの、どうも感情と涙が直結しやすくて困る。


 急に、泣き出したルシウスに戸惑った父親の手から、母親が優しくルシウスを取り上げた。

 父親はやや不満そうだ。


 不安そうな顔を浮かべたルシウスに対して、母親が微笑みかけてくれた。

 英語のような言語で語りかけてくる。


 全く聞き取れないが、『安心して』と言われていると感じた。

 その笑顔が偽りでも、今はまだその微笑みの中に居たいと思いながら、また眠り落ちた。



 ◆ ◆ ◆


 さらに1ヶ月後。


 ――おい! おい! おい! おい! 勘弁してくれよッ!!


 右手の発現もほぼ終えた頃に、左手と右手の2つのナニカを体中で動かしていたときに、新たなことに気がついてしまった。


 ――目にもあるじゃん!


 ナニカを流し込むと痛みが走る場所が、右手以外にもある。


 左手の儀式に始まり、右手にも同様の事象があった為、両手だけにあるものだと思い込んでしまった。


 だが、違った。


 儀式で味わった痛みを目で味わうことを想像しただけでが、金玉がヒュンとなる。

 手とはまた違う恐怖が湧き上がる。


 ――時間がないぞッ! 目もやらないと!


 慌ててナニカを目に流しこもうとしたとき、新たな疑問がふと浮かぶ。


 本当に目だけなのだろうか、と。

 そもそも目に在ったのだから、他の場所にあってもおかしくない。


 ――落ち着け、まず全身を探そう


 2つに増えたナニカを全身へ順々に巡らせ、つぶさに確認していく。



 1時間後、痛みが走る場所が判明した。

 どうやら『目』と『口』の2つに流し込んだときに痛みが走る。


 他の箇所は、どれほど念入りに探しても、何の痛みもなかった。

 どうやら後2つで間違いないだろう。


 つまりナニカが発現する場所は全部で4箇所。

『左手』、『右手』、『目』、『口』だ。


 ルシウスは大きく呼吸し、右手と左手から出ているナニカをそれぞれ『目』と『口』へと流し込んだ。


 目は片目ずつということは無く、どうやら両目で1箇所らしい。正確にはよくわからないが、そう感じる。


 口は、舌や唇など口全体で1箇所となっている。


 ルシウスは冷静かつ淡々と作業を始める。

 痛みが襲ってくるが、もはや涙することはない。


 痛いことは痛いのだが、自分で痛みの量はコントロールできる上に、慣れてしまえば、そういうものだと割り切れてしまう。


 昔から苦しみにえながら、黙々と何かに取り組むのは得意だ。

 そうしなければ、見捨てられかねない家で育ったのだ。嫌でもできるようになる。


 転生して牢獄のような生家を、離れられたのだ。


 きっとこれはチャンス。


 次こそは――

 誰かと心で繋がれるような幸せな人生を手に入れたい。人並みでいい。家族とでなくてもいい。


 スペア余り1号ではなく、自分を自分ルシウスとして受け入れてくれる誰が居るような、そんな人生を。


 ――絶対に生きてやる

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