第8話 結婚前の出来事
積極的に交流を繰り返して、順調に仲を深めていくことが出来た私達。
毎日時間を確保して触れ合い、他愛のない会話をして、たまに遊びに行く。そんな関係を続けて、将来に向けての布石を打っていく。直近の課題は、結婚式を成功させること。
そのために必要な準備を進めている最中に、その事件は起きた。
彼と一緒に雑談しながら楽しく庭園を歩いていると、目の前に誰かが立ちふさがった。
薄汚れたドレスに、ボサボサの髪。殺気立った顔で、私を睨みつけてくる見知らぬ女性。ひと目見て危ない人だと分かる雰囲気。なぜ、そんな人物が庭園に居るのか。私達の目の前に現れたのか。
そんな疑問が浮かんだ瞬間に、彼女が叫んだ。
「貴方のせいで、私の人生はメチャクチャよ! あんたは、私の居場所を奪って! 返してッ!」
「ッ!」
何を言っているのか。訳も分からないまま、彼女はナイフを取り出して襲い掛かってきた。咄嗟に身を守ろうとしたけれど、体が動かない。逃げないと。でも、ダメ。
刺されると思った瞬間、彼が私を庇ってくれた。
「オディロンさまッ!?」
「大丈夫!」
オディロン様が女性の腕を掴んで、そのまま地面に組み伏せた。女性が持っていたナイフも取り上げて、遠くへ投げ捨てる。まだ私は動けないまま、彼の名前を呼んで無事を確認することしか出来なかった。
「くっ! 離してっ、オディロン!」
「気安く名前を呼ばないでほしい、クロエ」
その女性は、オディロン様の知り合いのようだ。彼に向かって、離してほしいと懇願している。しかし、彼は彼女を解放するつもりはないようだ。
「おい、誰か!」
「離しなさいよッ!」
騒ぎを聞きつけた騎士がやってきた。暴れる彼女を拘束し続けて、逃がそうとしないオディロン様。そんな彼の姿を見て、騎士たちが驚きの声を洩らす。
「ど、どうしたのですか!?」
「オディロン殿下!? いったい何が」
「この女が庭園に紛れ込んできた。そして、私の愛する者を傷つけようとしてきたんだ。厳重に処罰してくれ」
「は、はい!」
「すぐにッ!」
厳しい口調でそう告げるオディロン様に、騎士たちが慌てて動き出す。暴れ続ける彼女の腕を強引に掴んで立ち上がらせる。逃げられないように拘束して。凶器も回収されて、危険は去った。
「止めて! 離してッ! 悪いのは、あの女なのにッ!」
引きずられながら叫ぶ彼女に、騎士達は何も答えない。ただ黙って、連行していく。その姿を呆然と眺めていると、オディロン様が話しかけてきた。
「エレオノール、大丈夫かい?」
「……あ、はい」
何も出来ずに立ち尽くしていた私を、彼が助けてくれた。守ってくれた彼にお礼を言わないといけないのだけれど、上手く言葉が出てこない。ただ、感謝の言葉を述べるだけのはずなのに。
「ぁ」
「こんなにショックを受けて、傷ついてしまうなんて思わなかった」
そう言って、彼は私を抱きしめた。強く、優しく抱きしめてくれる。彼の体温を感じて、ようやく落ち着きを取り戻すことが出来た。
襲いかかってきた女性は、オディロン様の元婚約相手だった人らしい。婚約が破談になってからは一度も会っていなかったのに、急に目の前に現れた。
人生をメチャクチャにしたとか、居場所を奪ったとか。何を言っているのか彼にも意味が分からなかったらしい。
事情を説明してくれた後、彼は言ってくれた。
「安心してほしい。必ず君を守ることを約束する。これから先もずっと」
「は、はい」
とんでもない安心感に包まれて、思わず涙ぐんでしまった。そんな私に、オディロン様は微笑んでくれた。あんな出来事が会った後なのに、いつものように優しく。
「ありがとうございます、オディロン様」
「礼には及ばないよ。当然のことをしたまでだから」
ようやく、私の口から感謝の言葉が出てくれた。
彼の腕の中で、私は幸せになれるという確信を得ることが出来た。守ってくれると約束してくれたから。とんでもない事件だったが、この出来事を経て私は彼のことを心の底から信頼出来るようになった。
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