「ここら辺にもいないのか」

 稔はそうため息を付いた。いつもと違い、今日は一向に弓弦が見つからなかったのだ。

 携帯も全然繋がらないし。

 どうしたものかと悩む。探すことは探したのだから最早見つからなかったと言えばそれで彼の役目は終わる。本来は弓弦の両親が率先してやることなのだ。しかしだからこそ気が進まない。

 稔も弓弦とその両親の不仲は知り尽くしているので余計にだ。

 弓弦もよくないだろうけど、あの親も大概酷いよな。

 いつでも彼らは『弓弦』という存在をなかったものとして扱っている。

 しかし弓弦の両親を批判するわりに自分もきっと弓弦からは変わらない存在と思われてるだろう。

 それは寂しいが、けれど自分は選んだのだ。幼馴染みをきちんと更正させると!

 人として生きるなら軋轢は仕方ないが、夢物語から卒業させるのは彼の使命だ。

 幼い頃に稔が一緒になって夢物語に溺れてしまったせいで弓弦はああなったのだと彼は信じていた。

「まさか本当に隣町にまで行ったのか?」

 道行く人に弓弦の様子を伝えてみれば、特徴的な少年だったために幾つか証言を得ることが出来た。

 それらを統合するとどうやら隣町の方面へと向かっていたらしい。

 猫と喋る少年なんて目立って当然か。

 そんなことを思いながら稔は弓弦を探していく。

 見知らぬ街はどこか他人行儀で落ち着かない、と言うかこんなところあっただろうか?

 幾ら隣町とは言え何度か遊びに来たことはあるところだ。然して彼の住む街と変わらない、はずだった。

 なのに見える風景はまるで知らない場所に思える。

 古い屋敷が居並び、何となく霧がかかっているようにぼやけて見えた。

「何だ、此処」

 そう思った瞬間、突風が吹き上がり、彼の視界を奪う。

「うわっ?!」

 風が収まり、やっと目を開けた瞬間、彼に見えるのはただ広がる草原だった。

 しかし稔の記憶にはそんな場所はこの町には無かったはずだった。

「何処なんだ?」

 戸惑う稔の前にはいつの間にか一人の少女が立っていた。色鮮やかな着物を着ており、何処か古めかしさを感じる。

「そこなもの、いったい何用でございましょう」

 にこやかに微笑んではいるのだが、少女に歓迎の意は見えない。彼はこの子を知らないのに敵視されていることだけは直ぐに理解した。

 何だか分からないが、それでも手がかりは求めたいので取り敢えず質問することにする。

「いや、この辺にえーと、俺と同じ年頃の奴を見なかったか? どうやら俺の幼馴染みが迷い込んだみたいだから」

 確証など何もなかったが、何となく稔はこの少女は知ってるはずだと感じていた。

「それならばくお帰りくださいませ」

 間髪入れずに少女は答えた。

「何だよ、その言い方だったら弓弦のこと、知ってんだろう? 早く連れ戻さないといけないんだ。会わせてくれ」

「何故でございましょう?」

 稔の問いに不思議そうな表情を見せて問い返してくる。

「何故って。毎度毎度、迷子になるあいつを連れ戻すためだよ。仕方ないけど、俺の役目だからさ」

 それ以外に理由がいるだろうかと思うのに目前の少女はあっさり否定する。

「それはあなたのためでございましょう」

「は?」

 何を言われたのか分からない、本気で稔はそう思った。

かたはそのようなこと求めておりませぬ」

「お前、何を言って!」

「いる場所とは与えられるものだと言うのなら、選ばれると言うのならならもう選ばれておられます故」

「意味分からねえこと言ってんなよ」

「ほんに愚かですこと」

 くすくすと微笑うが、その瞳は明らかに稔を馬鹿にしていた。

「てめえ、何様のつもりだよ?」

 いい加減腹も立ってきたので相手が少女と言うことを忘れて毒づく。

「おお、怖い怖い」

「巫山戯てないで早く弓弦に会わせろ!」

「わたくしの言葉、聞いていらっしゃいました? 彼の方はもう選ばれております」

「意味分からねえって言ってんだろ!」

「……後悔めさるな?」

 これ以上話しても無駄だというように少女は言い、冷たい視線を稔に送った。

「だから何だって言うんだよ、お前は!」

 見も知らぬ相手に此処まで邪険にされる理由が分からない。

 しかし相手の少女は呆れたように言葉を返した。

「なに、簡単なこと。此処はあなた様が来る場所ではないと申し上げているのです」

 わざとらしいため息を吐きながら少女は仕方がないといったように肩をすくめる。

「けれど彼の方がよろしいというのですから」

 そう言って懐からスッと扇子を取り出し、そのまま静かに舞いをはじめた。

「さあ、お出でませ、あなた様の知らぬ世界に」

 歌うように少女は稔に告げ、彼女の周りに花びらが散りゆく。呆然としている稔はそれをただ眺めていたが、次の瞬間には辺りは白い光に包まれる。

 結局何一つ分からないま稔は望むと望まないに拘わらず巻き込まれていくのだった。

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