第24話 奏と湊のライバル? 2
家に到着してとりあえずあるもので調理をしていると、奏がやってきて俺の服をひっぱった。
「どうした?」
「……芳香さんって本当に彼女じゃないんだよね?」
「違うって。悲しいことに彼女いない歴イコール年齢だからな。芳香さんは憧れみたいなもんなんだ」
「憧れ?」
「二十五歳であの落ち着きと先まで見据えているような雰囲気。ミステリアスでいつだって人を茶化す。ああなりたいってわけじゃないけど、あの人の言葉は時に俺に刺激を与えてくれる」
俺の正直な気持ちだ。
芳香さんは美人でスタイルもいい。あんな人の隣を歩いていると自分の容姿が情けなく思える。だけど、異性に感じる感情とはまた別のものだ。
「そっか。そうなんだね。……ちょっと安心した」
「むしろなんで不安だったんだよ」
「だって、ゆーくん取られちゃうかもって」
刹那と同じような気持ちなのだろうか。
幼馴染と言えどどちらかと言えば兄のように接してきたから、奏も刹那のように甘えたい気持ちがあるのか? まぁ、女子高生なんてのはまだ子どもだからな。
「安心しろ。少なくともここに居る一年はたぶん彼女とか作らないから」
「どうして?」
「二人が心配でデートなんて行ってる暇ないだろ。それに、この暮らしも結構楽しいと思ってるんだ。いまはこれでいい。これ以上は望まない」
「一年……一年だよね。わかった!」
そういうと奏は二階へと向かった。
「君は本当に二人になつかれているんだねぇ~」
「結構長い付き合いですから」
「約一か月、一つ屋根の下にいて彼女たちに何も感じないのかい?」
「感じるって何を」
「やはり君は子どもだな。いや、ある意味で大人なのかもしれない」
「大人になれているのなら願ったり叶ったりですけど、そんな実感ないですよ」
「君は大人になることを望んでいるが、大人とはいったい何だろうねぇ」
「責任のある立場になることでしょう」
「一般的にはね。でも、大人とはなりたくてなるんじゃないんだよ」
「じゃあ、どうやって」
「なりたくなくてもなってしまうんだ。どれだけ抗っても、どれだけ逃げようとしても、気づけば大人になっている。それを受け入れるかどうかさ。君はまだ、大人になっていることを受け入れていない。まだ、やり残したことがあるのさ」
この人はいったい何を見てきてそんな言葉を言えるのだろうか。
その言葉に納得がいく部分と、どこか反発しようとしている自分がいるのが不愉快だ。憧れの人の言葉を素直に受け止められない。でも、それはきっと真実を言われているからなのだろう。
この一年間で俺はどこに向かいたいか。何者になりたいのか。
おそらく、生涯ここまで脅威にさらされず生きていけるのはこれが最後だろう。
富豪には富豪の苦労がある。天才には天才の苦労がある。
俺は凡人で、凡人の苦労をしている。
「俺はいま、どうすればいいんですか」
「前を見続けるといい。立ち止まりながら向こうの景色を見るんだ。それで時に歩くのさ。変わる景色と、自分を追い抜く人たちと、まだ後ろにいる人たちを理解し、自分だけの道を見つける。それは誰かの道と交わる時があるだろうけど気にするな」
「いつも通り抽象的ですね」
「答えを言わないんじゃない。君にとってのベストな答えは誰も持ち合わせてはいないのさ。今はあの子たちとの戯れを楽しむといいよ」
俺は調理をしながら後ろから聞こえる芳香さんの声に耳を傾ける。
穏やかで優しく、まっすぐな言葉は、俺が求めていたものだ。
少しだけ、なぜ道に迷っているのかわかりかけたような気もする。
料理が終わり奏たちを呼んで四人で食事をした。
奏と湊はさっきまで芳香さんに対して警戒心を抱いていたように見えたが、いまはそうでもない。ただ、気になることがある。
「なぁ、四人掛けのテーブルなのになんで片側に三人座ってるんだ」
俺の対面には芳香さんがいる。本来なら三人の内一人が芳香さんの隣に座る形になるのだが、奏と湊は俺を挟んで座っている。
「だってゆーくんの隣がいいんだもん」
「奏に同感です。警戒態勢は解きましたが油断はできない相手です」
「どういう意味だよ」
「ふふ、いいじゃないか。私は隣に座られるよりも相手の姿が見えている方が好きだから好都合だ」
「効果はいまひとつのようですね」
「芳香さん相手には等倍だってとれんさ」
結局、芳香さん食事が終わった後もしばらく神崎家に留まった。何か考えがあってのことかと思って特に聞くことはしなかったが、どうやらそういったものではなく単純に奏と湊と話したいだけのようだ。
芳香さんの話術は不思議なもので、どこか淡白な言い回しと、意味ありげな言い回しで相手の警戒心を解く。そう何度も見たわけではないが、実際依頼主に対し最初こそは高圧的に接し、それでも依頼してくる人には優しく接する。
ちょっとやそっとつついただけで気持ちが変わるようなら、対した依頼ではないと判断しているのだろう。芳香さんは例えお金に困っても面白くない仕事は受けない。
まるでその姿はシャーロック・ホームズ。だが、俺にはワトソンような知識はない。
軽く掃除をしてリビングに戻ると、奏でと湊はソファに座る芳香さんを挟んで、まるで入試に備え勉強をするように真剣な眼差しで芳香さんを見ながら話を聞いていた。
「――ということさ。二人は似ているが持ちうる武器は違う。それぞれの武器を理解し、相手を理解し、本気でやりあいなさい。一歩もひいてはいけない。だけど、今は一緒に扉をこじ開けるんだ。本番はそのあとだよ」
「芳香さん、二人に変なこと教えてないでしょうね」
ソファに座っている芳香さんは満足げな表情でこっちを見ながら、人差し指を口元に立てた。
「秘密だよ」
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