第23話 奏と湊のライバル? 1
ゴールデンウィークもあと二日。
唐突に芳香さんに呼び出され事務所へ向かった。
奥の部屋へ入ると、芳香さんはコーヒーを飲みながら待っていた。
「やあ、待っていたよ」
「今日はなんです?」
「お仕事だよ」
「……また、どこかでじっと待って写真を撮るってやつですか」
「いや、今日はもっと楽な仕事だよ。住宅街を回って怪しい人間がいないか調べてほしい。今回は私も同行するよ」
これはとても珍しいことだ。俺が調査に出向く場合、だいたい芳香さんはある程度の証拠を集め、あとは写真だけというケースは少なくない。
芳香さんと住宅街を歩くのはなんとも不思議な感じだ。このミステリアスでありながらもその佇まいはモデルのようであり、白いシャツに黒いスラックスという一件シンプルな社会人的服装さえも、芳香さんが着るとランウェイを歩いても見劣りしない。
「どうしたんだい? そんなに私を見て」
「いえ、普段座ってる姿ばかり見てるので意外と身長高いなと」
「まぁね、君と大差ないよ。身長があると何かと便利で助かる」
「何かってなんですか?」
「小さい女性は舐められやすい。弱く見えるのさ。それは男も同様だけどね」
探偵という立場である以上、いろんな人と交流してきたことだろう。まさか探偵が女性とは思っていなかった相手に対して、確かに身長とこのミステリアスな雰囲気が武器になる。
「そういえばどうして急に怪しい人がいないか探してるんですか?」
「最近、女子高生が誰かに付きまとわれているという話を近所で聞いてね。その被害にあった女子高生の親たちがお金を出し合って私に依頼してきたんだ」
「そんなことがあったんですか」
「他人事みたいに言ってるが君だってこれから関係するかもしれない。神崎家の二人の見た目はテレビに出ていてもおかしくないレベルだ。いつ付きまとわれるかわからないよ」
あまりにも近くにいるものだからつい忘れがちなことだ。
俺が刹那に対して可愛いと表現する時は妹として見ている時で、当然だが異性としての発言ではない。湊や奏に関しては異性という認識を持ちつつも、やはり妹に近い部分がある。だが、少し俯瞰してみて、ほかの一般的な女子高生と比較すれば、そのビジュアルの良さは圧倒的だ。
刹那だってその二人に見劣りするわけじゃないが、奏が元気で純粋で優しく、湊は不思議な雰囲気がありながら案外やる時にはやるという性格。その上玲子ちゃんもいるのだから、怪しい人物が実際にいるとすれば狙われてもおかしくはない。
「騒動になる前に止められればいいですけど」
「そのために探偵がいるのさ。警察は物的証拠や被害がなければ動くことができない。特にストーカーというのは動きづらいだろう。警察の世話になる前にこちらで解決してしまおう」
「と言ってもただ歩いているだけで見つかるんですかね。それに、今はゴールデンウイークですよ。みんな遊びに行ってるでしょうし」
「それが狙い目だ。家族構成、旅行の頻度、これらを調べれば誰を狙うかを吟味できる。例えば車が普段から使われていれば、それは親が外に出ていると考えられる。逆に、車があるのに、子ども自身が鍵をかけたり鍵を開けたりしているなら、その時の状況から家に親がいるかどうかを判別できる」
前に聞いたことがある。車庫のない家はおおよそ外から見える位置に車を止める。その近くに自転車などを置くのは危険だと。それは、自転車の色や形、汚れ具合からどれほどの頻度で、どんな性別の子どもがそれを利用しているかわかるからだ。
タオルや毛布などを干しているのも、見えてしまえば中の人間をおおまかに特定できる。そういった普段は見ないような、あまりに日常的過ぎて目を向けないところに犯罪者は目を向ける。
悪ければ悪いほど狡猾に家を監視しているのだ。
「とはいえこれほど人と遭遇しないと面白みがない。神崎家にでもお邪魔しようかな」
「えっ、今二人いますよ」
「むしろ好都合だよ。一度直接話してみたかったからね」
すると、後ろか「あっ」という声が聞こえ振り向くと、そこには仲良く二人で立っている奏と湊の姿があった。手にはコンビニの袋を持っている。
「もしかしてゆーくんの彼女……?」
「あ、いやこの人は」
「ほほう」
あ、やばい。芳香さんの変なスイッチが入った。
「初めまして。お二人が優斗くんの幼馴染だね。彼女の芳香だよ」
やっぱり……。この人はいつもとんでもないことを言って場を混乱させる。
その言葉を聞いて二人はまさしく驚愕といった表情で固まっていた。
二人の姿を見て芳香さんは笑いを堪えられなくなり、謝りながら訂正した。
「ごめんごめん。あまりにも可愛いもんだからちょいといたずらしたくてね」
「え、あ、あのどういうことですか。彼女じゃないってことでいいんですか」
「今は違うよ」
「よかったぁ~~~。……今は?」
すると、芳香さんは二人にしか聞こえないことで何か言っている。
「ぼーっとしているとお姉さんが食べちゃうよ」
何を聞いたか知らないが二人ともまた驚いている。
「芳香さん、二人で遊ぶのもほどほどに」
「ふふ、そうだね。あ、ついでだから食事をごちそうしてもらおうか」
「まぁ、昼時ですけど大したもんは作れないですよ」
「大してなくていいさ。料理というのはその質自体よりも、作ってもらえるということ自体に意味がある。味だけじゃないのさ」
なんか上手く作る方向へ誘導された気がするが、仕方がない。
一度言い出すと聞かないんだからこの人。
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