第17話 未体験の刺激 2

 ノスタルジックでとこか幻想的な音楽室での撮影が始まった。

 こういう写真が撮りたいというイメージは薫と打ち合わせつつ、奈々の立ち位置だけを決めて写真を撮り始めた。


 しかし、奈々は写真撮影というものにまったく慣れていない。

 自由に動いてもらえば俺がタイミングを見てシャッターを切れがいいが、こういったイメージがある撮影では被写体の慣れが大きく影響してくる。ただ立つだけでも慣れている人と慣れていない人では、写真の上で伝わってくる雰囲気というのに違いがある。


「奈々さんリラックスですよ」

「そ、そうよね。なんだか緊張しちゃって」


 当初の予定通り奈々の顔は写らない。

 今は窓際に立っている薫の側に立っているというとてもシンプルなものなのだが、ある意味奈々の姿勢の良さが自然に見えなくなってしまっていた。かっちりとポーズを決めて煌びやかな写真を意図的に作り出すこともあるが、こういった撮影では煌びやかでありながら自然体も重要になる。


 以前、演劇部の演技を文化祭で見た時、ほぼモブで出てきた新入部員は壁の向こうの廊下を話しながら歩くという演技をしていたが、日常的にやっている歩くという行動さえもなぜかぎこちなくなっていた。


 意識をしすぎているのだ。

 モデルの撮影などでは瞬間的にいくつものポーズを連続し、それをカメラマンが撮っていくことがある。もちろん細かい指示を出すことも多いが、今の奈々に俺が指示を出してしまえばより意識を高めて緊張してしまうだろう。


 どうしたものか。


 撮影があまり順調に進まない中、薫はグランドピアノの椅子に腰かけ、奈々に隣に座るよう手招きした。


「奈々さんは何かやりたいこととかってあるんですか?」

「やりたいこと……あるけど、私にできるかどうか」

「不安になりますよね。私もそうでした」

「コスプレのこと?」

「はい。さっきはあんな風にいいましたけど、それに気づくまでの間は辛かったです。自分なんかがコスプレして何か変なこと言われないかなって。そのキャラが好きな人のイメージを壊さないかなって。いわゆるオタクってのは愛情が深いんです。世間に素直に入れなかったからこそ、魅力的なキャラたちに強いイメージや理想を抱いてたりします」

「私、アニメと漫画とか、そういうのはあまり見たことないの」


 奈々は真面目な性格だ。

 目的があればそれに必要なことを淡々とやって、失敗すれば何がだめだったかを模索し、最短ルートでその場所まで走る。それが奈々だ。


 薫は悩んで悩んで悩んだ果てにようやく今の状況をつかみ取ることができた。

 性格も行動力も真逆な二人だ。

 

「とっても面白いんですよ」

「でも、社会で生活する上での必要な知識が入るわけじゃないでしょ?」

「う~ん、まあそうですね。その作品に基づく設定が多いので、単純な学というのをつけるためのものじゃないです。でも、学問的な知識だけが生きる上での必要知識じゃないと思うんですよ」

「知識がないと何もできないわ」

「でも、メッセージを受け取れます」

「メッセージ?」

「作品の中では、独自設定を活かして現実と重ねて考えることができます。その世界ではかつて資源不足が起きたとか、科学が発展しすぎて人は滅んだとか」

「興味深いわね」

「例えば、こうやって私たちはスマホを取り出していつでもどこでも調べたり誰かと繋がれます。でもそれは同時に自分の力で探すという力を弱くし、一番身近にいる人たちとの関係を疎かにするということにもなるんです」


 薫が重度のオタクであるのは前回での撮影で知ったことだ。

 撮影後にファミレスで食事をしていると、おすすめのアニメを紹介してくれたり漫画を貸してくれたりした。

 語っている時のワクワクした表情はまるで子どものようでもあったが、同時に大人としての理解力ももっている。作品一つ一つに込められたメッセージを受け取ろうと努力しているのだ。


「もちろん難しい話ばかりじゃないです。田舎でのスローライフや異世界転生みたいなぶっとんだ話もあります。でも、田舎で育った人は田舎を舞台にした時に共感し、田舎に住んだことない人は田舎の美しさを知ることができます。転生ってのも仏教的な要素みたいで結構奥深いんですよ」

「それをみて何を思うの?」

「転生作品での多くは主人公が突然亡くなって転生するんです。でも、そんな時に後悔をしたりします。あれをすればよかったって。それで、新たな世界で奮闘するんです。友達を知り、仲間を知り、熱意を持つことを知る。多くの経験が大切だったことに気づくんです」

「後悔か……」

「創作作品ですから、その瞬間にすごい知識を得られるわけではありません。でも、私の記憶に残って、ふとした瞬間に重なるんですよ。ここで止まってたらあのキャラクターと同じだって。ここで踏ん張ったからこそあの好きなキャラクターは答えを見つけられたんだって。だから、私は勢いつけてコスプレを始めました。そしたらもう世界が変わったんです。それで、もっと早くやってればよかったって」


 すると、奈々は深く考え込んだ。

 それを見守る薫の表情はとても温かいもので、まるで二人は古い付き合いの友人のようにさえ見える。

 俺は自然とシャッターを切った。


「い、今撮ったの!?」

「あ、なんとなくいい雰囲気だなって」

「写真見てみましょうよ」


 写真は、まるで日常の一コマのようにも見えるが、同時に少し現実感の薄れた幻想的な雰囲気を帯びていた。二人の自然な姿は写真の中で生きていたのだ。


「ふふっ、私ってこんな姿だったのね」

「綺麗に撮れてますね。奈々さん写真写り良くて羨ましいなぁ」

「そう? 薫さんも綺麗に写ってるじゃない」

「不思議ですね。私たちまともに会ったの初めてなのに、こんな風な写真が撮れるなんて」


 写真は現実を映し出すが、どこか幻想的で、血が通っている。

 完全に作り出すこともあるが、今撮ったこの写真は薫のいうように不思議な雰囲気がある。


「再開しましょうか。考えてもしかたないってわかったわ。まずはいろいろやってみてからね」

「その意気です! 優斗くんおねがします!」


 奈々の中で何かが変わった。

 なんとなくそんな気がする。 

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