第16話 未体験の刺激 1
今日は薫との約束の日だ。
電車で一時間ほど揺られ到着した田舎町の学校で撮影する。
「はぁ……」
奈々はため息をついていた。
なぜ、この場に奈々がいるかというと、この前の電話で薫は撮影予定のメンバーが一人これなくなったと言っていた。そこで、ピンチヒッターとして奈々を呼んだのだ。
だが、その説得にはかなり時間を労した。そもそも奈々はアニメとか漫画のことをよく知らない。なのにコスプレしてほしいと素直に頼んでも、はいわかりましたと承諾してくれるわけもない。
だからこう言った。
「同級生に撮影を頼まれたから手伝ってくれないか?」
ちょうど奈々は休みで、何かをしないと落ち着かない気分だったから、俺の頼みに対してすぐに返事をくれた。
なのになぜため息をついているのかは簡単だ。詳細を電車の中で伝えたからだ。
「ねぇ、本当に私がコスプレするの?」
「奇抜なものじゃないから大丈夫だって」
「でも、顔が載るんでしょ!」
「薫と話したけど別に顔は載せなくてもいいって。構図的に二人ほしいだけみたい」
「だったら私じゃなくてもいいじゃない。妹さんや幼馴染みの子がいるでしょ」
「身長がそれなりに必要なんだ。160cm越えてる奈々が適任なわけだよ」
駅から少し歩いた先にその学校はある。
佇まいは立派なのだが、町の子どもが少なくなり、隣町と合併したために登校する学校もそちらへ移動した。小学生が電車通学とは珍しいと思えるのだが世間的にはどうなのだろうか。
もちろん許可は取っている。現在は学校を舞台にした脱出ゲームイベントや動画投稿者などが借りて企画をしたりしている。俺たち以外にも撮影をしに来ている人がいて、屋上に人影が見える。
正面玄関へ向かうと薫が待っていた。
「あ、お久しぶりです!」
赤茶色のショートカットの髪で150㎝にも満たないこの小柄な女性が薫だ。
「奈々さんもお久しぶりです。と言っても学校では話したことないですけどね」
「ど、どうも」
高校時代の奈々はどんな時でもハキハキしていたイメージだが、今の奈々は現在の自身の状況からかたどたどしい雰囲気を見せている。
「今日はどこで撮影するんだっけ?」
「音楽室です! 早速行きましょう!」
三階にある音楽室へ向かう間に、別のグループとすれ違った。その度に薫は挨拶し、それはまるで小学生が近所の人に元気よく挨拶する様と似ていた。奈々はやはりおどおどとしている。
音楽室に到着すると光の入り方が絶妙で、どこか幻想的にも見える。かつてこの場所で子どもたちが授業をしていたのだろうけど、どこか寂し気な感じがして、それが過去のものだと見てすぐにわかってしまう。
「なんだか不思議ね。少し埃っぼくてノスタルジックな印象もあって」
「私たちが大人になったってのもありますよね。こういう教室に行くことはこれからはありませんから」
二人は隣の楽器を収納する部屋に着替えに行った。俺はその間カメラのチェックをしている。この前撮った写真はそのままだったが、要領的には問題はない。奏の写真は今見てもいい出来だ。いつか、奏にもちゃんとした場所で撮らせてもらいたいところだ。
戻って来た二人は紺色のセーラー服に身を包んでいた。どうやら今回は冬服のようだ。
「この歳でセーラー服なんて恥ずかしいわ」
「とても似合ってますよ! サイズがぴったりでよかったです」
「薫さんは中学生って言われても疑われなさそうね」
すると、薫は音楽室の隅で体育座りになってしょんぼりしていた。
「どうせ私は子ども体型ですよーだ……」
「あ、その、違うの! えっと、似合ってるってことで」
「……ふふ、冗談ですよ。結構この体型でよかったって思ってるんです」
薫は立ち上がりスカートに付いた埃を取ると、奈々を見ながら言った。
「子どもっぽいってのは逆に言えば子どもを演じられるかもしれないってことです。私はアニメや漫画が大好きで、コスプレをしたくなっちゃいます。そんな時、ようやくこの体型のすごさに気づいたんです」
「……嫌じゃなかったの? 小さいって言われることもあるでしょ」
「嫌な時もありました。でも、時間が経ってから自分自身の魅力に気づけたんです。どれだけ整形しても、どれだけ肉体改造しても、どれだけお金を積もうと、この体は誰にも手に入れられない。これってすごいことだと思うんです」
薫という女性もまた不思議だがそれは湊のとは全く違う。
落ち込むし辛いこともあっただろうに、それが武器になると気づけた。それは、薫が日ごろから見ているアニメや漫画からの影響らしい。
「優斗くん、撮影よろしくお願いします!」
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