第14話 不思議な子も風邪をひく 1

 馬鹿は風邪をひかないなんて古い言葉がある。

 あれってのは馬鹿は風邪を引いたことに気づかないという意味だと俺は思っている。

 じゃあ、不思議な人はどうなのか? 

 何を考えているかわからないような人ってのは風邪をひくのか?

 答えはイエスだ。


「奏、ごはんが出来たから湊を呼んできてくれ」


 もうだいぶ慣れてしまった朝のことだ。

 奏と湊は起きる時間は結構バラバラで、早く起きたり遅く起きたりする。おそらくだが、必要量の睡眠さえ取れればすっきり起きれるタイプなのだろう。


 この日は奏が先に起きてきて、湊の姿は朝食ができたころにはまだ見てはいない。

 湊を呼びに行ってからほどなくして、奏が慌てて降りてきた。


「ゆーくん! 湊が大変なの!」

「えっ」


 すぐに俺も二階へ向かうと、湊はまだベッドで寝ていた。

 湊は普段あまり表情の変化がないが、この日の湊は苦しそうにしていた。

 湊の側へといきかがんで声をかけた。


「優斗、これは恥ずかしい姿を見せてしまいましたね……。すぐに起き上がるのでしばしお待ちを」


 無理に起き上がろうとする湊の肩を軽く抑え止めると、体が熱くなっているのがわかる。


「熱があるな。体もだるいだろ。今日は学校を休め。連絡なら俺がやっておくから」

「かたじけない……」


 言葉はいつものような感じだが、声に覇気はなく呼吸も普段より荒い気がする。

 ひどくなるようなら病院へ連れて行かなくちゃいけない。


「湊大丈夫なのかな……?」

「俺がついてるから大丈夫だ。奏は安心して学校に行ってきてくれ」

「うん……。湊、ほしいものがあったらなんでも言ってね」

「では、メタルマンの日本語版ブルーレイを……」

「あれは海外版しかないよぉ」

「残念です……」


 奏を見送った後、湊の下に戻るとやはり辛そうな表情を浮かべている。さっきよりもだ。たぶん、奏の前ではあまり辛い姿を見せたくなかったのだろう。


「湊、水をもってきた。飲めるか?」

「起き上がるのがきついです……。でも、水は飲みたいんです」

「俺が起こすよ」


 湊の背中に手をまわしてみると、びっしょりと汗をかいているのがわかる。

 首と背中を支えつつ、どこかで見た介護士の動きを真似して湊を起こした。

 湊は自分で体を維持しておくのもつらいようで、起き上がると俺のほうにもたれかかっててきた。


「この前の雨では風邪ひかなかったのにな。風邪をひくのも不思議なタイミングだよ。痛いところはないか? 喉とか関節とか」

「痛いところはないです。極端に体がだるくて重いです……」


 水を飲むと少しだけ気分が落ち着いたようだ。

 でも、このまま寝かせるわけにもいかない。

 汗を拭いて服も着替えさせないと。


「湊、少し体を動かすぞ」

「優しく、お願いします」


 湊を壁にもたれかけさせ、クッションやまくらで姿勢を安定させてから、一階にタオルを二枚取りに行き、風呂桶にぬるま湯を入れて二階に戻った。


「ほかのパジャマはどこにあるんだ? その服はさすがに着替えないと」

「タンスの一番下、右側に」


 パジャマを取り出し準備は整った。

 その時、俺は大事なことを忘れていた。


 今の湊じゃ自分で体を拭くこともむずかしい。

 例えできたとしてもこんな状態で無理をさせたくない。

 でも、俺が体を拭いていいものだろうか。

 俺が少し考えていると、湊が言った。


「体……拭いてくれますか」

「あ、ああ。でも、いいのか?」

「……何がですか?」

 

 湊はわかっているのかそれとも熱で頭がぼーっとしていてわからないのか、あどけない表情で首をかしげている。


「そ、その、体を拭くには脱がさなきゃいけない。……俺がやっていいのか?」

「優斗が嫌じゃなかったからしてほしい。汗まみれで汚いですけど」


 俺はなんて馬鹿なことを考えているんだ。

 今なによりも大事なのは湊を寝かせるため少しでも楽にしてあげることだ。

 なのに湊に気を使わせるなんて、大人としても男としても失格だ。


「……わかった。見ないよに後ろから脱がすからまた体を動かすぞ」


 俺はベッドに座り、湊を俺に寄りかからせ、パジャマを脱がした。覚悟を決めてやろうとしたのは確かだが、そんな俺の心を揺るがす事態が発生した。


 湊はブラをつけていなかったのだ。

 女性の睡眠事情などまったく知らない俺は動揺してしまった。

 

「どうしたのですか……?」

「い、いや……。その……」


 たぶん、湊はわかっていない。

 罪悪感はあるが今のうちに終わらせよう。ベッドの横の棚の上に置いた桶からタオルを取り出し、湊の体をあまり動かさないように絞って体を拭いた。


「気持ちいいですね。早朝に目が覚めてずっと汗がひどかったんです」

「ごめんな。もっと早く気づいてやれなくて」

「いえ、こうやって拭いてくれてるだけで感謝してます。……んあっ」

 

 湊から甘い声が漏れた。意図して出したものではなくがまんできずに漏れたと言った感じだ。その時、俺は心を必死に無にした。これ以上はいけない。想像したら緊張してしまう。

 

 何が起きたかなんて考えるな。俺はただ、湊が眠れるようにするだけなんだ。


「……恥ずかしくなってきました」


 そういうこと言わないでくれ!

 ただでさえ変に意識をしそうになってるんだ。

 しかも、湊の声はいつものような淡白な雰囲気じゃない。

 熱のせいでふわふわした声だ。


「ごめん、すぐ終わらせる」


 俺がなるべく早く終わらせようとすると、湊は服の袖を掴んだ。


「ゆっくりでいい」


 なんとか湊の上半身を全部拭き、この緊張から解き放たれた。

 新しいパジャマを着せて寝かせようとすると、湊が言った。


「下は拭いてくれないんですか」


 これ以上はいけない。

 動揺が表に出てしまう。

 だが、無視するわけにもいかない。


 湊を寝かせ、俺は目を瞑って拭くことにした。


 ようやく全身を拭き終えて俺は緊張から解き放たれた。

 湊の体を寝かせてタオルや桶を片付けに行こうとすると、湊はまた俺の服を掴んだ。


「側にいてほしい……です」

「すぐ戻るよ。何かもってきてほしいものあるか?」

「何もいらない。早く戻ってきて」


 早く戻ってきてとは言われたものの、俺の服も濡れてしまったため、着替えなきゃいけない。


 さっきみたいなことはもうないだろうが、これからどうしたものか。人の看病なんて小学生の頃の刹那にしてあげたくらいだ。


 もう少し回復してから食べれそうな料理を作ってみるか。

 


 


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