第10話 踊るように舞うように 1
ここ最近カメラを触っていなかったため、感覚が鈍ってないかと思い手に取ってファインダーを覗いた。ファインダー越しの景色というのは実に面白い。現実を見ながらもまるで別の世界を覗き見ているような感覚になる。
なまじ人間の目はいろいろと見えすぎるから困る。もう少し視野が狭まると、そこにあるものをじっくりと認識し、改めて感じることができる。拡大して自分の部屋を、椅子に座った状態で眺めていると奏がやってきた。
「ねぇ、ゆーくん」
シャッター音が鳴った。
フラッシュが奏を照らす。
自然と押してしまったのだ。
「うわっ! びっくりした~」
「あ、ごめん。つい」
「全然いいよ。ゆーくんがカメラもってるところ久しぶりにみたなぁ。最近つかってた?」
「いや、カメラ使う仕事なかったからな。感覚が鈍ってないか確かめてたんだ」
「そうなんだ。今の写真見せてよ」
勢いで撮ってしまったせいでどんな写真が撮れたかを確認していなかった。
カメラを操作し写真を確認していると、そこには拡大していたせいで奏の胸付近がドアップで写っていた。
「ねぇ、綺麗に撮れてる?」
こんな写真を見せるわけにはいかない。覗き込もうとする奏からカメラ遠ざけた。
「ねぇ、見せてよ!」
「ぶれぶれだったから見ても面白くないって!」
「いいから見せてよ~」
「うわっ、そんなにくっつくな。倒れるって」
「いいじゃん。って、うわぁ!」
奏に押されて俺は椅子ごと倒れてしまった。奏は俺の上に倒れたから無事だが、気づけば手元からカメラが飛んでいた。
「ほほう。これは素晴らしいですね」
湊の声がするほう見てみると、扉のところでカメラを持っており写真を眺めていた。
「朝からこんなものが拝めるとは、優斗は中々の腕前で」
「そ、それは間違えで」
「ねぇ、私にも見せてよ」
「もちろんです」
ああ……このままじゃ俺が変態に……。
無邪気な奏が俺のことを変態扱いしてきたら心は傷だらけになってしまう。
「ま、待て奏!」
「へへーん。見ちゃうもんね~。……って、ただの猫の写真じゃん。さっきの写真ないの?」
「私はこの写真しか見てないですよ。保存された写真を見てみましょう」
湊はそう言ってカメラを操作するが、どうやら奏の写真が見つからないようだ。
いったいどういうことだ? 俺は確かに撮ったはずだが。
「えー、残念。今度は撮った写真見せてね」
奏はそういうと一階へと降りて行った。
「湊、さっきの写真は?」
「消しておきました」
「はぁ……よかった~」
「朝からあんな写真を撮るとは中々に」
「奏に見られなかったが湊に見られたのはむしろ被害が増大した気が……。忘れてはくれないか?」
「ならば、私の条件を飲んでもらいましょうか」
何をさせられるかわかったものじゃない。俺は生唾を飲み込みごくりと喉を鳴らした。
「な、何をすればいい……」
「そう身構えなくていいですよ。たった一つ、シンプルなことです。――奏をモデルにするのです」
湊はそれを奏へと伝えた。
感覚が鈍らないように俺のために被写体になってほしいと言うと、奏は快く引き受けてくれた。部屋にやってきた奏は俺のベッドに座り待っている。
「ねぇねぇ、私は何をすればいいかな。ポーズとかできないよ」
「まぁ、確かにいきなり被写体になるなんて難しいよな」
「簡単なことです。ここに奏の服を用意しました。順番に撮っていきましょう」
「あー! 湊また勝手に私の服を取り出しなー」
「半分くらいは共有してるからいいでしょう」
奏と湊の服装の系統は少しだけ違う。
奏はスカートを中心としてそこから組み合わせるが、湊はパンツスタイルを好む。
でも、上の服はお互いに共有していることは多々あった。
この前もスーパーに行く時、上着を二人で交換していた。
「でも、湊の服って胸がきつい時もあるんだよね」
「ほう……戦争を始める気ですか」
「なんでそうなるのっ!? 体系まで完全に同じじゃないんだから。ね、ゆーくん」
「いや、今のは戦争の引き金になりかねない」
「えー!」
その時、チャイムの音が聞こえた。
「お客人のようですね」
「誰か宅配でも頼んだのか?」
「私は頼んでないよ」
「同じく」
俺も宅配は頼んでいない。いったいなんだろうと思い玄関の扉を開けると、刹那が立っていた。
「刹那、どうしたんだ?」
「さっき湊ちゃんから連絡があったの。面白いことやるって」
すると、湊は俺の後ろからひょっこりと顔を出した湊が刹那に手を振っていた。
「今から優斗が写真撮影するのですよ」
「え、誰を撮るの?」
「奏ですよ。刹那も撮られてみますか?」
「私はいいかな。だって、今日あまりお洒落してないし」
「私の服を貸しますよ。きっとサイズが合うと思います」
湊は刹那の胸元をじーっと見ながらそういった。
「なんだかすっごく失礼なこと言われたような気がするんだけど」
「いえ、むしろ歓迎です。共に奏と戦いましょう」
そんなこんなで奏の写真撮影が始まった。
とはいえ、今までは一人の被写体に対して指示をしながら撮ったことはほとんどない。前にやった時は依頼主がこういう写真を撮りたいっていう明確なイメージがあったが、今回は奏は巻き込まれたにすぎない。
ここは撮る人間がしっかり指示をするべきだ。
と、思ったのだが。
「一回転してみましょう」
「こ、こうかな?」
「もっと滑らかにふわぁってやったほうがいいかも」
湊と刹那は奏がより可愛く見える瞬間を熟知している。俺は自然とシャッター切ることができた。
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