第6話 奏とおでかけ 1
部屋で写真編集の仕事をしていると、そこに奏が入ってきた。
「ゆーくん、湊しらない?」
「いや、知らないな。朝ごはん食べたあと一緒じゃなかったのか?」
「うん。私宿題してたから。修正テープなくなっちゃって借りようと思ったの」
「部屋入ればいいじゃないか」
「覗いてはみたけどいないからさ。さすがに勝手にとるのは悪いし」
「……あっ、ちょっと待ってろ。確か段ボールの中にあったはず」
岳さんの後輩が俺の部屋を掃除……いや、半ば差し押さえのように強引にすべてを段ボールに詰めている時、使っていない物を一つにまとめてくれていた。岳さんも含めて全員やばそうな面をしてるのになぜかこういうところはしっかりしてる。
というか運び屋とか掃除屋とか今思うとなんだか物騒な言い方をしてたな。
正直あの人の風貌を見ていると、本当に裏家業に手を出しているのではないかと疑ってしまう。
すぐに使う物以外は段ボールごと押し入れに入ってある。下段から段ボールを取り出しあけてみると、なんともまあタイミングよく上のほうに修正テープがあるではないか。
「ほら、これ」
「ゆーくんありがとう! あとで返すね」
「あげる」
「え、いいの?」
「別に今は使わないしな。基本パソコンだし」
「じゃあ、もらっちゃおうかな。ありがとね」
そういうと奏は自分の部屋へと戻っていった。
「なんでこうも二人は違うのかなぁ。双子なのに」
「ああやって奏が不審者についていかないか私は心配なのです」
「まぁ、確かにちょっと心配かも……ってうえぇ!?」
誰かと思えば押し入れの上段の奥から湊が出てきた。
「お久しぶりですね」
「朝飯一緒に食べただろ。てかなんでそんなところにいるんだ?」
「……きまぐれ?」
「俺にクエスチョンマークを向けるな」
「きまぐれ!」
「エクスクラメーションマークにしたって何もわからんぞ。本当に神出鬼没だな」
湊が押し入れから出てきて気づいたが、白いゆるっとしたタートルネックにショートパンツですでに外出する恰好になっていた。
「どこか行くのか?」
「ええ、少し野暮用でして。一緒に来ますか? 女子高生があと二人ついてきます」
「奏と刹那か?」
「いえ、優斗の知らない子です」
「いや、ついていけるわけないだろ。というか、今日は奏と一緒にはいかないんだな」
「双子といっても常に一緒というわけではありませんから。離れてみることでわかることもあるのですよ」
双子という理由からか、奏と湊はクラスが別々だ。最近知ったことだが刹那ともクラスは別らしい。そういうことだから別々の友達ができることはなんら不思議ではない。
「友達が友達に誕生日プレゼントをあげるということで選ぶのを手伝うのです」
「……湊に選べるのか?」
「何を言いますか。私の選択はいつだってベストチョイスですよ」
「俺の誕生日に蛹モンスターのぬいぐるみを渡してきたやつが言う言葉じゃないな」
「あれは蛹を破り成長してほしいという湊なりの粋なメッセージです」
「そういうことにしてやろう」
「では、お昼に集合なのでこれで失礼します」
「車とか気を付けろよ。迎えが必要なら連絡してくれ」
「神崎家の車を使用する権利を行使したいのですね」
「多少は心配してるわけだよ。楽しんで来いよ」
湊が廊下に出た後に奏の声が聞こえた。どうやら部屋にいなかったことを聞かれているらしい。押し入れにいたなんで誰も思わないだろうからな。
湊が外出してからしばらくすると、また楓が部屋にやってきた。
「ゆーくん! お出掛けしよ!」
「えっ? 急だな」
すでに奏はフリルチェックワンピースに着替えていた。
「普段二人になることないし、チャンスかなって」
「チャンスってなんのだよ」
「あ、いや、今のなし! もしかしてお仕事忙しい?」
「いや、すぐに終わらせないといけない仕事はないよ。気分転換に出掛けるか」
「うんっ!」
俺にとって奏と湊は妹のような存在だ。
刹那と同い年でうちにもよく来てたし、四人で遊ぶこともあった。場合によっては神崎家の両親に付き添いを頼まれることもある。
二人とも危ないことをするわけではないけども、奏は純粋で湊は変なことするんじゃないかという心配は俺にもわかる。
奏と雑貨店に向かった。
普段は二人を見守ることが多かったため、奏と二人というは結構新鮮だ。
「ゆーくんはいつからカメラで仕事していこうって思ったの?」
「あー……、たぶん一眼レフをプレゼントしてもらったからかな。やれることが一気に増えて、ファインダー越しの景色を見ているのが好きになって、見える世界が変わったんだ」
「どう変わったの?」
「う~ん。なんかこう、今までよりいろいろ見えるようになった。人の動きや、草木の色、波の揺れ方とか、街並み。それに、人をちゃんと見るようになったのもそれからかな」
「いいなぁ。私もそんな風になれるものがほしいかも」
「何かやりたいことはないのか? お父さんお母さんみたいに奏者になりたいとか」
「歌うのは好きだけど楽器は全然できないの。鍵盤の位置なんて覚えられなかったし」
二人の両親は奏者だが、奏や湊にも同じ道を進んでほしいわけではないらしい。
おそらく、こうやって家を空けることがあるし、大変なことも知っているのだろう。
「洋服とか好きだよな。モデルとかどうだ?」
「面白そう。でも、私なんかがなれるならみんなモデルになれちゃうよ」
「そうか? 奏はお洒落だし可愛いし、明るくて元気だし、しっかり周りも見れてるからカメラマンと上手くやりとりしていい写真が撮れそう」
「なっ、い、いきなりそんなこと言われたら恥ずかしいよ! ……でも、ゆーくんが撮ってくれるならいいかな」
「いつかな」
「絶対だよ!」
店に到着すると休みの日というのもありやはり人が多い。
あまり人混みは好きではないが奏を一人にするわけにもいかない。
「あまり離れるなよ」
「大丈夫だよ。昔みたいに迷子はならないって」
「そういいながら何か起きるのが神崎姉妹だからなぁ」
エスカレーターで上に上がるとそこは女子学生向けのフロアだ。
かわいい雑貨や洋服などがそこら中にある。
時折学生カップルの姿も見かけるが、この中を一緒に歩くのは男にとって中々勇気がいる。カップルならまだしも俺は付き添いだ。人の視線を変に気にしてしまう。
「見てみて! 湊が好きそうじゃない?」
それは間抜けな顔したペンギンのぬいぐるみだ。焦点が定まっておらず動かすと黒目がふらふらと動く。
こうやって出かけた時でも湊のことを考えている姿を見ていると、二人の仲の良さがわかる。ずっと二人いるわけじゃないが、やはり二人セットであるイメージは強い。
それから服を見たり、マグカップを見たり、文房具を見たりと、奏は楽しそうに店内を回った。あまり俺は人と遊ぶことがないから、行く前はちょっと面倒だと思っていたけど、来てみるとなんだかんだ楽しい。
「ちょっとトイレ行ってくる。この辺で待っててくれ」
「うんっ」
あたりまえだが男性用トイレの人は少ない。
見渡す限りほとんど女性がいたからだ。
本当だったら学生のうちに彼女とこういう場所に来て耐性がついているのだろうけど、俺にはそういう出会いはなかった。気にしているというわけではないけど、人並みに体験すべきだったのかもしれない。
まぁ、したいと思ってできるほど簡単じゃなさそうだけど。
手を洗っていると坊主の高校生が入ってきた。もちろん私服だ。普段は野球部なのだろうか。男性用トイレに入ってくるなり深めのため息をつき、小便器を向かった。
わかるぞ、楽しくても空間の居心地の悪さはかなりある。
男性トイレが一休みできるベストプレイスなのだ。
手を洗い終えさっきの場所に戻ったが奏の姿はなかった。
数分しか経ってないのにいったいどこへ行ったというのか。
もしかしたら奏もトイレに行ってるのかもしれないと思い、少しその場で待ってみるが、奏は中々戻ってこない。
スマホで連絡をしようと思ったが、電話番号が変わっている上に電話帳も新しくなっているため連絡先が家族と仕事関係しかないことに今気づいた。
「俺の交流幅狭すぎだろ……」
まだこの店の全貌すら知らないのに俺は奏を捜索することになった。
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