第4話 ミステリアスな女性
二人を見送って自室のパソコンで仕事を探していると、机に置いていたスマホに電話がかかって来た。見てみると芳香さんからの電話だった。
「どうも」
「やぁ、優斗くん」
この人は
「仕事の依頼ですか?」
「いやいや、今日はそんな野暮な話じゃないさ。君がいま双子姉妹と一つの屋根の下で過ごしていると聞いてね」
「……どこでそれを?」
「私の情報網を舐めない方が良いよ。君のことはなんでもお見通しさ」
芳香さんは探偵をやっている。
以前受けた仕事というのも、綺麗な写真を撮るとかじゃなく、特定の場所にいってとある人物がお店に入る姿を撮ってきてほしいというものだ。
芳香さんは頭もいいし行動力もあるのだが、張り込みというのは大の苦手。依頼を頼まれても基本的にササっと解決する。とは言え、探偵は浮気調査や身辺調査が多く、そういった類のものはほかの人に頼むらしい。
別の人に頼んでいたがその人がやめたために、安価で引き受けてくれる俺のところに連絡をしてきたのだ。俺としては一人暮らしを始めてすぐに定期的に仕事をくれる人に出会えたのは救いだったが、夏でも冬でも長時間同じ場所に、しかも自然に待機しているのは案外つらいものがある。
「知り合いが趣味で開いてる金剛という喫茶店がある。そこへ来てくれ」
「いや、場所を……切られた」
いつもこうだ。店の名前だけを指定して場所はこっちで探させる。芳香さんいわく探す力を身に付けることはほかのあらゆる物事に通ずる、らしい。
家からそこまで離れてない場所に喫茶店はあった。だが、パッと見は普通の家なのだがよく見ると窓ガラスの向こうにカウンターが見える。
扉を開けると備え付けられた鐘が軽快な音を立てる。喫茶店のマスターは七十歳手前くらいで、カウンターの向こうから会釈をした。
そのカウンター席には白いシャツに黒色スラックスを履いた長い黒髪の女性が座っている。色白な肌は夏の日差しに耐えられるのだろうかと心配になるほど透き通っている。この人が芳香さんだ。
俺は一つ席をあけて座った。
「思ったよりも見つけるのが早かったね。もっと右往左往して泣きついてきても面白かったのに」
「芳香さんにそんな姿見せたらいつまでもいじられそうなんでね」
「私がそんなことする人間に見えるか?」
「見える」
「即倒かい」
実のところ見た目だけならすごく美人でミステリアスな女性といった感じだ。組織に属するのが嫌で今の立場になったらしい。
「あの双子は幼馴染みか何かかい?」
「幼馴染みです。というかまるで見たような言い方ですね」
「昨日、スーパーにいるところを見かけてな。優斗くんがあんなに楽しそうにしてるのは初めてみたよ」
「そりゃあ、芳香さんがくれる仕事は張り込み系ばかりで楽しさの欠片もないですか」
「言うようになったね。で、あの子たちとはいつまで一緒なんだい?」
「一年です」
芳香さんはホットコーヒーに角砂糖を三つ入れて、かきまぜながら言った。
「どちらかに肩入れをするような真似はするなよ」
「どういうことですか?」
「君はもう大人だ。対してあの子たちは子ども。何気ない言葉や行動が彼女たちの心を揺らす原因となるんだ」
「は、はぁ……。なんとなく言いたいことはわかりますけど、なぜそんなことを俺に?」
「いずれわかることだ。場合によっては選択の時が来る、選択という行為は、選ぶと同時にもう片方を捨てることだ。その責任を取れないうちは、不用意なことはするな」
いつになく真面目な芳香さんに、俺は半ば気圧されていた。何かを伝えようとしているのだろうけども、この人はいつも答えを直接教えてはくれない。
「とりあえず理解したフリをしときたまえ。君よりも五歳も年上なのだから多少はおせっかいを焼きたくなるのさ。本当の理解はいつだって後からだろう?」
本当の理解は後から、これは芳香さんと仕事をしてきて素直にそう思う。
案外、身近な人の言葉に答えや真実が隠されているのに、思考や精神が先行しすぎていると足元が見えなくなる。散々遠回りしたあげく、スタート地点に戻った時、ようやくたどり着ける事もあるのだ。
探偵という職業をしている芳香さんの手伝いとして、いくつかの写真を撮ってきた。その中には何の変哲のないものも多く、これが一体何の役に立つのだろうかと思えてしまうこともしばしば。
しかし、その写真の中にある建物や人の姿が、あとから調査対象に効くとっておきの証拠になる。今となってはネットでも道を調べることができるが、生活を切り取った現在の生きた写真は、常にアップデートしなければならない。
ゆえに、俺のようなすぐに現地に向かって時間もあるから張り込める人材を芳香さんは使いたがる。
「堅苦しい話はここまでにしよう。優斗くん、コーヒーは飲めるかな」
「ええ、好きですよ」
「マスター、この青年にウィンナーコーヒーを」
「かしこまりました」
おじさんは手際よく作り始めた。途中鳴った、ちゃぽん、という音に何か違和感を覚えたが、気づけばカウンターにコーヒーが置かれていた。茶色の棒状の食べ物がコーヒーに刺さっている。
「いや、ウィンナーってこっちじゃないですよねッ!」
「シャウエッセンは嫌いか? もしやアルトバイエルン派か」
「違う違う。そうじゃないです! そもそも入ってるものがおかしいんですって」
ウインナーがコーヒーの表面に浮かんでくると、一口食べられたあとがある。
「マスターの朝食の残りだ」
「余計に出しちゃ駄目でしょ! てか、一口食べる前に一本食べきるかどうか判断してください!」
「この歳になると体が追い付かなくて……」
「こら、マスターを困らせるもんじゃないぞ」
「えええぇ……。俺がわるいんですかぁ……」
すると、芳香さんはその色白の頬をぴくりと動かし、まるでダムが決壊したように急に笑い始めた。
「本当に君というやつは面白いな。ここまで素直につっこんでくるといじりがいあがあるよ」
「呼び出しといていじり倒さないでくださいよ……」
「たまには私の遊びに付き合いたまえ」
「まぁ、別にいいですけど。でも、さっきの話といじるために俺を呼んだんですか?」
「だいだいはね。九割はそれが理由だ」
「一割は?」
「今度私の家を探偵事務所にしようと思っていてね。君はそこに通ってほしい」
「……いやそっちのほうが重要でしょ!!」
てな感じで俺は雇われ張り込み係から専属のアシスタントになってしまった。
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