第2話 双子姉妹との生活
神崎家で用意された部屋は、本来奏たちのお父さんが使うはずだった、空き部屋を使わせてもらっている。家ではずっとリビングにいるらしく結局部屋は使わなかったのが、ここに来てようやく利用できるようになったらしい。
とはいえ、使われていないため埃っぽいのかと思えば、すでに岳さんの後輩たちが掃除をしたあとで、なぜか実家においてあったはずの俺のベッドがすでに置かれてあった。
机も用意されており仕事をするのに一切の支障はない。
「俺以外全員知ってたのかよ。むしろドッキリであってくれ……」
ここまで来るとイライラさえしなくなる。
とりあえず椅子に座りパソコンのセッティングをしようとしたが、それもすべて終わっていた。というかネットにさえ繋がっている。
「ん? ちょっとまてよ。ネットに繋がってるってことは……パスワード解除したってことかよ!」
画面を立ち上げると知らないメモ帳が作成されていた。
開いた瞬間、それは岳さんが残したものだとすぐにわかった。
残された文章はこうだ。
”拝啓、優斗へ。別れと出会いの季節に優斗の引っ越しを手伝えたことを心の底から嬉しく思います。双子姉妹との共同生活、あんなことやこんなこと、ラブコメのような甘いトラブルを想像しながら、次の引っ越しまで待機してます。
追伸 エロゲとエロ本は借りたのでいつか返します。
「勝手に借りるなよ! てか、連絡先知ってんだからここに残すな!」
「ゆーくん何かあった!?」
岳さんの残したメモにツッコみを入れてしまって奏が慌てて部屋に入って来た。
「いや、なんでもないんだ。岳さんたち変なこと言ってなかったか?」
「変なこと? ……あっ、帰る前に『君たちはいい武器を持っている。しかしまだ未熟だ。二人なら優斗を陥落させることができるかもな』って。なんだかおもしろい人だねっ」
「あいつ……」
「そうだ、今日の夕飯どうする?」
「いつもはどうしてるんだ」
「えっとね、スーパーで買ったり出前頼んでる」
この時俺は思い出した。
奏と湊は料理ができない。
ご両親が残したお金を使っているようだが、このまま出来合いの物や出前をしていたらすぐに底をつきる。
「俺が作るしかないか」
「ゆーくん作ってくれるの!? やったー! ゆーくんって料理上手だもんね」
「奏たちが下手過ぎるんだよ」
「――失敬な、私は奏よりはできる」
いつのまにか奏の後ろに立っていた湊は腕を組み言った。
「いや、二人とも大して変わらんだろう。湊は目玉焼きの目をいつも潰すじゃないか」
「あれは目潰し焼きです」
「じゃあ、カレーがハヤシライスに化けたのはどう説明するんだよ」
「あれは裏切りカレー。仲間だと思っていた相手はすでに悪の手に落ちていたのです」
「シチューが真っ黒になったのは?」
「あれは社会を知った子どもの心をシチューです」
「……まぁ、なんであれ一応食べれるだけましか」
そう、湊はなぜか宣言した料理と違うものができる。
ただ、そのために信頼して料理を任せることができない。
「奏も最近がんばってるもん!」
「ほう。じゃあ、何か作れるようになったか?」
「えーっと……お茶漬けとか?」
「お湯かけるだけだろ!」
「じゃあ、卵焼き! ……ぐちゃぐちゃの」
「卵を焼いたものを卵焼きというのならだいたいのもんは卵焼きだろ。てか、それはスクランブルエッグだ」
まぁ、こういうことだ。
奏は料理が不得意、湊は信頼できない。
となれば必然的に俺が作るしかない。
キッチンへ向かい冷蔵庫を見てみると、なんともまぁ引っ越した後の部屋みたいにすっからかんだ。
「さっきの俺の部屋を思い出す……」
「ゆーくんどうしたの? へこんでる?」
「食品ロスゼロの冷蔵庫に感動しているのですよ」
「ちげーよ! てか、まじで何にもないな。とりあえず買い物しないと」
住宅地を抜けた先にある一番近いスーパーへ向かった。
「で、なんで二人ともついてきてるんだ?」
「ゆーくんのお手伝いっ」
「余計なものを買わないように監視です」
「とかいいながら自然にお菓子を入れるな! 俺じゃなきゃ見逃してたぞ」
湊は小さい時から普通の女の子より一癖も二癖も違う。奇想天外、神出鬼没といった言葉がよく似合う。それとは対照的に奏は純粋無垢という言葉がよく似合う。
「今、脳内で馬鹿にされたような気がしました」
「脳内を直接覗くな」
「あ、ゆーくん! 今日はお魚にしようよ!」
そう言う奏の視線の向こうには魚のブロックに特売シールが貼られてあった。
「刺身……いや、ちらし寿司にしよう」
「自分が神崎家に来たことをあたかも目立てたいことのように振舞う。中々に図々しいですね。嫌いじゃない」
「そういうのじゃねぇーよ! ちらし寿司ならいろいろ入れられて栄養もあるだろってことだ」
「いいねっ! 私は賛成!」
「仕方ありませんね。優斗が来たことを祝ってあげましょう」
「おーい、よだれ垂らしながら言っても説得力ないぞ。サーモン、エビ、椎茸、スナップエンドウ辺りでいいかな。みんなで探すぞ」
奏と湊はこのスーパーの常連ではあったが、具材を探すのには少し手間取った。俺がいたころと配置が変わっていて、二人は出来合いのものばかり買っていたからまったく位置がわからなかったのだ。
明日以降の食事のことも考え、お肉や卵、味噌や野菜、ふりかけを買い、俺らは家へと戻った。無論、このお金は二人の両親が用意したものだ。
必要な食材だけ並べて、水の量を調整した米を先に仕込み、味噌汁は今日のところはワカメだけにして時短。次に椎茸の味付けをしようとすると、奏と湊もエプロンをつけて台所にやってきた。
「見てみて! ちゃんと専用のエプロンもあるんだよ」
奏は胸元に熊の絵柄がついており、湊のエプロンには間抜けなパンダの絵柄がついていた。
「見てください優斗、こんなに湾曲した熊はみたことないでしょう」
湊は奏のエプロンを指さした。
奏は高校生にしては胸が大きい方で、可愛い熊の絵が少し歪んで見えるほどに胸が強調されている。
「それに比べてみてください私のパンダを。まっすぐです。凛々しいでしょう」
「それ、自分で言ってて悲しくならないのか?」
「……包丁を私に貸してください」
「うわっ! やめろっ! 悪かったって」
「私、錦糸卵作るね。平たく焼いて切ればいいんでしょ。だったら私にもできるし」
「ならば私は瞑想でもしましょうか」
「むしろそれは迷走してるだろ」
椎茸を仕込んだ後は俺がサーモンを切り、二人は錦糸卵作りに専念してもらった。
「奏、このまま卵焼きにしちゃいましょう」
「だめだよ。今日はちゃんと作らないと」
「なんと、いつもならノリがいいのに。諭されたのですか」
「いつもだって注意してるでしょ!」
「ふむ、ではせめて完璧に仕上げましょう。オカモトさんやサガミさんよりも薄くするのです」
「湊の言ってることよくわからないよ~」
奏はもうしばらく知らないでいてくれ。と、思いつつも二人は案外手際よくやっている。
確かに奏は料理ができないが、それはあくまで知らないというのが大きい要因だ。二人も要領はいいため、しっかり教えさえすればなんでもそつなくこなしてくれる。
こうやって誰かと並んで料理するのはいつぶりだろうか。昔は刹那とも一緒に料理を作っていたが、嫌われてしまったからもうこんなこともないだろう。
俺が一人ですし酢を米に混ぜて適宜うちわであおいでいると、奏が手を出してきた。
「うちわやってくれるのか?」
「そっちじゃなくて混ぜる方やるよ」
「熱いぞ」
「そっちの方が大変そうだから。今日は色々としてもらってばっかでまだちゃんと手伝えてないでしょ。だからこれくらいやらせて」
「なら、お言葉甘えるとするか」
ついでにうちわを湊に持たせよう思ったが、なぜ湊はスマホで海の動画を見ている。
「……なにしてんだ?」
「見てください。かつて元気だった海老たちの姿を」
「趣味の悪いことをするな。いまから食べるんだぞ」
「だからこそですよ。すべての食材に感謝を込めてというやつです」
「それは大事なことだけど、今はスマホじゃなくてうちわを持ってくれ」
そうして、ちらし寿司は完成した。
想像していたよりもスムーズかつ上手く完成したため、一安心。
余分に材料を買っていたがこれはまた別の料理に使うことにしよう。
二人に皿をテーブルに並べてもらい、その間に軽くキッチンを片付ける。
「ゆーくん早くー! お腹空いたよ」
「年頃JKを待たせるとは紳士じゃないですよ」
「すぐ行くって」
とても不思議な感じだ。
別に子どもができたような感覚な訳ではないし、二人を完全に妹のように捉えているわけではない。だが、家族と過ごすあの賑やかで安心できる時間と同じものを感じている。
思っていたよりも、この生活は悪くないかもしれない。
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