幼馴染の元気で淡白な双子姉妹と居候な俺の一年間

田山 凪

第1話 唐突な引っ越し

 高校を卒業し半年後には一人暮らしを始め、今はもう二十歳になった。


 昔からカメラで写真を撮るのが好きで、以前はゲーム機についていたカメラや携帯のカメラで写真を撮っていたけど、そんな俺の姿を見て両親は一眼レフを買ってくれた。それから俺はパソコンで写真の加工を始めアップするようになり、今ではその時に得た人脈でフリーのカメラマンとしてギリギリ暮らせるくらいの収入はある。


 とはいえパソコンでできる単発の仕事をこなすことも多い。 

 

 写真を撮るのが好きだから大学にはいかなかった。別に大学不要論を掲げるような意識の高い人間ではないけども、行きたい道があって、そこに大学が必要かと吟味した時、結果的に必要ないという結論に至った。

 

 平和に暮らしていたころに、突如として母さんから電話がかかって来た。


「もしもし」

優都ゆうとくん久しぶりー。元気にしてた?」

「いつも通りって感じ」

「せっちゃんは高校を楽しんでるみたいよ」


 せっちゃんとは俺の妹の刹那だ。


「そんな他人事みたいに」

「高校生ともなれば親はだんだんと子どもに干渉できなくなるものよ。自分でお金も稼ぎ始めるしね~。あ、でも国語教師が半端な教え方してたら文句いってやろうかな」

「いや、一年相手なら教えるの母さんだろ」

「あ、そっか! 先生モードになると娘も教室にいるって感覚忘れちゃってた」


 母さんは高校で現代文を教えている。あまり現代文に女性の先生のイメージはなかった。いつも堅苦しく背広を着た、メガネをかけているか少し剥げた先生のイメージが俺の中では定着している。


 漫画やアニメの中でもそういうのが多い。そもそも、先生というイメージそのものがいまだに堅苦しいイメージだ。とはいえ、母さんを見ているとそれは間違いなのではと思えるほど、母さんは天然である。ただ、授業の評判はめちゃくちゃいいらしい。


「今日はどうしたの?」

「いやね、ちょっとお願いしたいことがあって」

「はぁ、とりあえず話聞こうか」

「あのね、明日から神崎さんのお家に住んでほしいの」

「明日!? てか、神崎さんって……」


 俺には幼馴染がいる。

 神崎かんざきかなでと神崎みなと、双子の姉妹だ。

 今年高校に入った新一年生であり、以前は何かと交流があったものの、俺が一人暮らしを始めてからは連絡を取っていない。


「ほら、神崎さん夫婦は二人とも有名な楽団の奏者でしょ。いろいろと落ちついてきて海外で楽団のツアーがあるみたいで、奏ちゃんも湊ちゃんもお父さんお母さんがお仕事でいなくなるのはちゃんと理解してるけど、始さんと加奈子さんが心配だって。それで、私が優斗に任せるのはどうかっておふざけで言ったら二人とも本気でお願いしてきてさ」

「おいおい……。俺がいないところで勝手に決めないでくれよ……」

「いいじゃない。写真の仕事ならどこでもできるでしょ。まだ専属はないって聞いてたし」

「いや、そうだけど。それにしても明日って。荷物詰めたりしなきゃならんだろう」

「それなら大丈夫。すでに手配済みだから」


 すると、部屋の中にチャイムの音が響いた。


「ちょうど来たんじゃない?」

「来たって誰が……」


 扉を開けてみるとそこには、褐色の肌に細身だが筋肉質で金髪のチャラ男風の男が立っていた。この人は吉野よしのがく。母さんが初めて担任を務めたクラスの卒業生だ。元々は不良だったが母さんの授業を聞いて改心し今はフリーの運び屋をやっている。


 成績はめちゃくちゃよくて無償で俺の家庭教師を自らやってくれたほどだ。その原動力はうちの母さんに対しての恩義。岳さんはこんな見た目をしているが家はめっちゃ金持ちで、しかもそれなりに歴史のある家系らしい。


「優斗、久しぶりだな。音葉おとはさんが困っているっつうことでトラック借りてやってきたぜ!」

「やってきたぜ! じゃねぇーよ! 待て待て、岳さんはいつから俺が引っ越すことを聞いてたんだ」

「えーっと……一か月前かな」

「まじかよもう誰も信用できねぇ」


 岳さんの大きな声は電話中の母さんにも聞こえたらしく、母さんは言った。


「じゃあ、ちゃっちゃと荷物詰めて神崎さんのお家に行ってきてね」

「てか、普通に受け入れてたけど旅行鞄とかじゃだめのなのか?」

「それじゃ服が足りないでしょ」

「そういえば何日感俺は滞在するわけ?」

「一年よ」


 なんだよこの親。どうして平然とあたりまえのように言えるんだ。

 一年? 一年と言ったか?


「一年って、三百六十五日で八千七百六十時間で五十二万五千六百分で三千百五十三万六千秒のその一年か?」

「そうよ」

「そうよじゃねぇよ! 岳さん知ってたのか!?」

「そうよ」

「お前もかよ! なんで俺に何も伝えずに予定が組まれてんだ!? 俺もフリーとはいえ仕事をしてる身なんだが!!」


 母さんと岳さんは同時に答えた。


「「だって、恋人いないからいいじゃん」」


 俺は、何も言い返せなかった。


 その後、岳さんの後輩でフリーの掃除屋をやっている二人がやってきて、俺の荷物を尋常じゃない早さで片付けていった。さっきまで俺のイライラはマックスだったが、その手際を見ていると達人芸を見せられたように言葉を失った。


「うっす! 優斗くん、このエロ本はどうしましょうか!」

「おっす! 優斗くん、このエロゲどうしましょうか!」

「エロ関係の時だけ聞くなー!」

「だって、なぁ?」

「ああ、そうだよな」


 二人は目を見合わせて共感しあい岳さんのほうへと目を向けると、岳さんは俺の肩に優しく触れ、サムズアップをしながら言った。


「エロってのは、男の聖書だからさ」

「いろんな宗教に怒られるって……」


 そうして、一時間で荷物を詰めてチェックまで終わると、一階へ降りた。

 岳さんと掃除屋の二人はトラックに乗り込み、岳さんは運転席から窓を開けて爽やかな表情言った。


「わりぃな、このトラック三人乗りなんだ」

「はぁ? じゃあ、俺はどうすんだよ」

「まぁ、なんとかなるだろ。じゃっ!」


 そういうとトラックは無慈悲にも走り出して行った。


「あっ、段ボールに財布入れてしまった……」


 結局、徒歩で二時間ほど歩いて神崎家へと到着した。神崎家から実家までそう遠くないため、休もうかとも思ったが鍵が開いてなくて神崎家に行く以外に選択肢はなかった。


 すでに荷物は届いたあとなのか。本来ならとっくに到着しているはずの岳さんたちのトラックはどこにもなかった。


 とりあえず休みたい。それ以外に考えられない。

 チャイムを押した瞬間、勢いよく扉が開き、ピンク色のふわふわとした髪の少女が元気よく出てきた。


「ゆーくん! 久しぶり~!」


 その後ろからゆっくり出てきた少女も続いて言った。


「優斗、来るのが遅いですね。私たちがあのチャラ男に襲われたらどうするのですか」


 最初に元気よく出てきたのが神崎奏。双子の姉だ。

 後ろにいるのが神崎湊。奏の妹だ。

 双子のため見た目はそっくりで二人ともピンク色の髪なのだが、二人の話し方やテンションでどっちかはわかる。それに、二人もよく間違えられるために姉の奏はふわふわとしたウェーブがかった髪で、妹の湊はストレートヘアで分けている。

 

 久しぶりに長距離を歩いて疲れたが、二人の姿を久しぶりに見るとほんの少しだけホッとしたような気になる。


「これから一年間よろしく頼む」


 桜が舞い踊る季節に、俺は神崎家の住人となったのだ。



 


 

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