第34話

都会の湿りっ気のある夏に比べると、爽やかな夏だと思う。


僕は産まれ育った場所から遠く離れた地方で1人、暮らしていた。


退職するとき、先輩に泣きながら謝った。


先輩は、君は悪くないよ、と地方に住む先輩の友達の薬局を紹介してくれた。


僕はその薬局で働いている。


先輩の友達に全てのことを伝え、同じようなコトかあったらすぐに退職する、と伝えている。


「そうしたら、薬剤師の派遣の会社をしている友達がおるから全国を転々としなよ。」


先輩の友達には優しくしてもらっている。


少しずつだが業務を除けば挨拶だけでない会話ができるまでに回復してきた。


年末にお母さんにメッセージアプリで訳あって病院を辞めて、連絡先も変えてしばらく連絡取れなくなることを伝えた。


おじいちゃん、おばあちゃんにも、電話し、しばらく連絡が取れなくなることを伝えた。


すぐに携帯電話を解約し、新しい携帯を購入し番号も変えた。


僕は家族と連絡を取れない。


当然、父親とされる人には連絡をしていない。


みんながどうなっているか、知りようもない。


知らなくてもいい。


父親とされる人がしていたことを伝えても、皆に何かされてしまう危険があるのでやめた。


数少ない友達のハッチにも、申し訳ないけど、家からも、逃げ出すことにした。


訳あって電話も解約するから、しばらく連絡取れなくなるけど、友達だと思っていること、もし、僕の家族やハッチ、ハッチの家族に何かあれば、Twitterかインスタグラムで


#君にプレゼントを贈るよ


と書いてほしい、世界中、どこにいても駆けつけるよ、とメッセージアプリで一方的に送っておいた。


当然、返信はなかった。僕は親友も失った。


当然だ。


こんな失礼な奴なんだから。


落ち着いた日々は冬に差し掛かる頃、終わりを迎えた。


勤務している薬局に名前を名乗らない人から僕あての着信があった。


僕は1年は、表に出ないように、電話も出ない、窓口で薬も渡さない事を徹底していた。


だから、誰も僕の事を誰も知りようがない。


名前も名乗らない、とは余計に怖い。


幸いにも荷物は少なく、すぐにマンションを出ることがてきた。


ほとんどの荷物は先輩の友達に捨ててもらった。


それからは、先輩の友達の繋がりの薬剤師派遣をしながらホテル暮らしをしていた。


年末年始もホテルで過ごした。


派遣は短期派遣と長期派遣がある。派遣と派遣の間に期間が開くことがある。


僕はおじいちゃん、おばあちゃんが心配になり、ふと、おじいちゃん、おばあちゃんの様子を見に行った。


おじいちゃん、おばあちゃんの住んでいた部屋は違う住人が住んでいた。


実家に連絡することはできない。


誰にも聞くことはできない。


そっと、おじさんの不動産会社へ行ってみることにした。ちょうどお店にはおじさんだけだった。


顔を見せるのは気が引けたので、お店の様子が見えるところから非通知設定でお店に電話した。電話におじさんが出た。


「お久しぶりです。広治です。すいません。突然逃げ出して、連絡もせずに。」


「広治か。元気か。心配してたんだぞ。お母さんも心配してたぞ」


「すいません。色々とあって。僕は元気に働いています。お母さんにもよろしくお伝えください。」


「会えないかな?」


「遠くにいるので会えないです」


嘘をつくのは気が引けるがしょうがない。


「おじいちゃん、おばあちゃんは元気ですか?」


「元気なんだけどね、おじいちゃんの物忘れがひどくなってね。夫婦で住める施設へ引っ越したよ」


「そうなんですね。元気だったらよかった。そこの住所は教えてもらえますか?」


「わかったよ。教えるけど、こっちに来たときは必ずお母さんに、無理なら僕に顔を見せることを約束してくれるかな。」


はい、とは言えない。


でも、嘘をついた。


「もちろんです」


おじいちゃん、おばあちゃんの入っている施設の住所を知ることかできた。その足で、僕はおじいちゃん、おばあちゃんの施設へ行った。


会う勇気はなく、受付に


「広治だよ。連絡をせずに申し訳ございません。僕は元気だから安心してね」


と手紙を渡して帰った。


次の派遣と派遣の間に僕は勇気を振り絞っておじいちゃん、おばあちゃんの施設に直接会いに行った。


今回は目的がある。


直接、おじいちゃん、おばあちゃんに謝ること、お母さんに僕が、元気である、と手紙を渡してもらうこと、である。


受付で


「孫の広治といいます。面会に決ました。」


と免許証を見せて入れてもらった。看護ステーションでもう1回名前を名乗ると


「お孫さんが来るの、初めてですね。喜ぶと思いますよ。もの忘れは酷くなってますからね」


部屋に、通された。


「お孫さんが来てくれてますよ」


「広治か。」


「しばらくぶりね」


二人とも認知症が始まっているのだろう。


いきなり来た僕にビックリせずに、会話が始まった。


同じことを繰り返す会話だったが、僕のことを覚えていてくれた。


とにかく喜んでいてくれた。


何分いたんだろう、とても長い時間いたような、いなかったような。


「おじいちゃん、おばあちゃん、これね、お母さんに渡してほしいんだ。ここに置いておくね」


もう、年末だ。新しい年が、始まる。

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