第21話

おじいちゃん、おばあちゃんの家を出て、自宅に戻ってきた。


もう、夕方だ。


「よく寝てたね」


お母さんは、料理をしていた。


「忙しくはなかったんだけど、なんでろうね。ずっと緊張してるのかな。夜勤は疲れるよ。おじいちゃんのところに来たんだって?」


「そうなの。車のこと、パパと話したんだってね。お願いしに行ったのよ。」


その話は知っている。


でも、車、僕はいらないけど。


なんか僕も欲しいことになってないかな。


「車持ってたらモテるからな。お前の夜勤中にアツコと話し合ったんだ。」


父親とされる人はスマホを置いて話をしてきた。


僕にワイルドに男らしく生きてほしいから、自分で手に入れたいものはなんとしてでも手に入れろ、今回の車の件は助けてやるけど、これからは助けないからな、ということを話ししてきた。


僕が車を欲しくてしょうがなく、お母さんとおじいちゃん、おばあちゃんにお願いしている事になっている。


「ハジさん、自分、車はいらないですよ。特に今の生活に必要ないですし、レンタカーやカーシェアで十分だと思い…」


「だから彼女できねえんだよ。車がねえし、男らしくもねえ。黙って俺の言うことを聞いていればいいんだよ」


いきなり父親とされる人が怒鳴り散らした。


大の大人が怒鳴り散らすって、なかなか経験しないことだ。


たぶん、学生時代に遡らなければ、怒鳴る人を目の前で見たことがない。


「この家族はクソだね。俺が一緒に住んで見てきたが、何から何まで甘い。昔からそう思っていた。俺が父親として、お前を一人前にしてやる。このままじゃ、ダメな大人になる」


お母さんは黙って聞いていた。


僕も黙って聞きながら、どこで怒るところがあるのかわからなかった。


「この地域の住人もろくな奴がいねえ。お前の友達の肉屋も昔から気に食わねえ。肉屋ってのは、昔じゃ、底辺の仕事だからな。お前は知らねえのか」


「そのこと、知りませんでした」


「第一に、お前は俺が父親なのにずっと敬語じゃねえか。タメ口でいいって言ってるだろ。親子なんだから」


「慣れるまでは敬語で、の方が楽なんです」


「ったく、だらしねえ」


その日は地域の男同士の集まりがあるようで、散々、嫌味をいわれ、怒鳴り散らされ、父親とされる人は出かけた。


父親とされる人が出かけた後、しばらく沈黙があった。


それは何十秒とか何分か、くらいなんだろうけど、言葉が出てこなかった。


「昔から怒ったらああなの?っていうかいきなり怒るの?」


「昔、悪いことをしている時期があってね。怒ったら怒鳴る人なの。ごめんね。嫌だったでしょ」


「大丈夫だよ。俺、怒ることした?」


「何回か、広治のこと男らしくないって言ってたから爆発したんだと思う。あと、車がどうしてもほしいんだと思う」


「理不尽だよ。」


お互いにまた怒鳴られるのが嫌になり、車はあって困るものでもないから、お金を借りて買うか、うまくいけば不動産会社の古い社用車を譲ってもらおう、という事になった。しばらく父親とされる人の機嫌は悪く、無言で食卓を囲む日が続いた。


ゴールデンウイーク2回目の夜勤明け、僕はおじいちゃんおばあちゃんの家にいつも通り行った。


今回はお母さんと初めて、おじいちゃんの家で待ち合わせた。


当然、内容は車がほしい、ということを伝えるためのものだった。


僕も、家族だから、“お母さん”の意見に賛成することにする、と伝えた。


あくまでも“父親とされる人”の意見ではないことにして、伝えた。


おじいちゃんは自分の息子を利用するとは何事だ、と怒りながらも、僕のために、とおじさんに連絡を取ってくれた。


「わかったよ。広治の国家試験のお祝いも、就職祝いもしていなかったから古い社用車を譲るよ。そろそろ買い換えよう、なんて思いながら乗ってきたし、ちょうどいい機会だから買い替えるよ。」


おじさんが古い社用車を無料でくれることになった。


小さい不動産会社とはいえ、儲かっているのであろう。


我が家に、型番は古いとはいえクラウンが来ることになった。

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