第11話

「小さい頃、数年間一緒に暮らしていたんだ。広治は覚えてないかもしれないけどね。離婚してからも顔を見たくて、何回か近くを通ったことがあるんだぞ」


なんとなく、映画やドラマで見たことが、聞いたことかある会話だけど、まあ、離婚して数年振りにあった場合の会話なんて、どんな場面でもこんな感じだろうな。


「すいません。全く覚えてなくて」


日本人ならでは、なのか、自分の性格、なのか、とりあえず謝ってしまうのが僕であるし、数年振りに会うから、例え親といっても敬語の方がしっくり来てしまう。


「広治、この前言った通り薬剤師になったんだよ。勉強頑張ってたし、すごいでしょ」


母親にとって僕が薬剤師になったことが嬉しいのが、こういう場面でもわかって嬉しくなった。


「俺はワルだったからさ、広治の頭はコイツから受け継いでるんだろうな。ははは。でも、身体がしっかりしていて骨太なのは俺からだろうな」


正直、職場でも、学校でも、年上と飲むのは嫌いじゃなかった。


話を聞いていればいいし、特に自己主張をする必要もないから。


今回もそういうノリで来ている。


母親のためでもあるし、これから一緒に住む人に会いに来たのもあるし、父親とされる人に会いに来たのもある。


「こっちも家の解約や荷物をまとめたり、手続きを始めようと思うけど、いつから住んでいいんだ?家は結局決めたのか?」


「お父さん、お母さんはやっぱり違うところに引っ越すみたいなの。だから、今の家に一緒に住んでもらいたいんだ。広治の職場にもギリギリ通えているし。春くらいかな」


「年度替わりだし、ちょうど良さそうだな。こっちも準備しておくよ。家賃もないから金も貯まりそうだな。広治が俺に敬語を使わずにすむように、何回かご飯食べに行こう。」


始めからおじいちゃん、おばあちゃんと一緒に住まずに、で話をしていたのか。


つまり、母親と父親とされる人と僕の3人で暮らすことを予定していたようだ。


おじいちゃん、おばあちゃんが出ていくから、今の家に住むことになるだけ、のようだ。


「家のことは3月まで時間があるからそれまでに詰めていこう。今回は広治に俺の自己紹介をさせてもらおうと思ってね。広治の話はアツコから聞いているから大丈夫だ。」


母親が、僕のことをどのように紹介したかはわからないが、父親とされる人は、自分の自己紹介をした。


若い頃は仲間を従えてヤンチャな事をしていた。


このままじゃダメだと思うときがあって、何回か就職をしたけどうまく行かなかった。


その時に会社の関係で不動産会社に出入りしていてお母さんと出会って結婚して僕が産まれた。


結婚を機に、おじいちゃんの不動産会社の手伝い始めて、今の家のそばに住んでいた。


そして2年くらいして離婚した。


慰謝料などはない。


その後も職を転々とし、親戚のツテで大手企業に入社した。


大手企業では営業をしていたが、地方に飛ばされることになって、退職した。


その間に違う女性と結婚し、女の子が産まれたけど、数年で離婚した。


その後、もう一回結婚したが少し前に離婚した。


大手企業を退職してから、定年まで数年あったが、職を転々としていた。


最近は貯金を切り崩しながら年金暮らしをしている、とのこと。


「昔を振り返るって言うのか、過去に住んでいた場所をブラブラしていたら、アツコにあって、意気投合したんだ」


その日は約2時間の食事会だった。


帰るとき、また会おう、と言ってそれぞれの帰路に着いた。


帰り道、僕はなんだかすごく疲れてしまっていて、母親との会話は空返事だったと思う。


ただ、


「悪い人じゃなさそうに見えるでしょ」


の質問に


「そうだね」


と答えたような気がしている。

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