57話 知ってる。全て知ってる。


「お、おい佐伯?」

「……っ」


 普段のクールな面持ちから一転、急に佐伯が泣き出したので、俺はどうすべきか分からないままでいた。

 このまま祭りに行くわけにもいかないか。


「……なあ、少しここで話さないか?」


 大通りを歩いていく浴衣を眺めながら、俺と佐伯は路地裏の隅っこでしゃがんだ。


「お前と知り合ってから、色々あったな。文化祭があって、焼肉行って、海キャンプして……佐伯は、楽しかったか?」


 佐伯はまだ薄らと下瞼に残った涙を拭いながら、頷いた。

 普段はクールな孤高な美女でも、よっぽど怖い思いをしたからか、表情が落ち着くまでに時間が掛かっていた。

 あと少し、あと数分遅れていたら佐伯を守ることが出来なかったと思うと、俺自身も鳥肌が立つ。


「こんな私でごめんなさい……」

「きゅ、急になんだよ。謝んなっ」

「あなたの前では! いつも何でもできるって言い張ってるけど……本当の私は、料理もできないし英語も苦手で美代みたいに天才じゃない。それに食費ばっかり嵩むし……今だって自分の身すらも守れなかった」

「佐伯……」

「私はあなたの前でカッコつけたかっただけ! ただそれだけの、意地ばっか張ってる普通の……女子高生なのっ」


 佐伯は今にも消えそうな声でそう言って、俺の方に少し充血した瞳を向ける。

 なるほどな。佐伯はそんなこと思ってたのか。


「ふっ……」

「何? 文句でもあるのかしら!」


「そんなの知ってる。全部知ってるに決まってんだろ?」

「え……」

「佐伯雪音は気が強くて、ワガママで、興味があること以外は点でダメ。ずっと住む世界が違う存在なんだと思ってたけど、佐伯もちゃんと女の子なんだって思った」

「……っ」


「けど俺は、そんなお前といると楽しい。だからさ、今から花火大会、一緒に行ってくれないか?」


 先に立ち上がった俺は、しゃがみ混んでいる佐伯に右手を差し伸べる。

 自分でも小っ恥ずかしい誘い方してると思ったが、なんとなくそう言いたかった。


「……バカね」


 佐伯は小さくそう言って俺の右手を取る。

 真っ白で冷たい佐伯の手が俺の手と重なり、指と指が絡まった。


「今日、私はこの浴衣をあなたに見せるためにここまできたのよ?」


 佐伯は立ち上がりながら、その白と紫の浴衣を見せびらかすように左右に身体を揺らした。


「……改めて、ありがとう大狼くん」


 佐伯は今まで見せたこともないような、笑顔を俺に向けた。

 全く曇りのない、優しさに満ちたその笑顔は俺の頭に焼き付いて離れない。


 佐伯って、こんな笑顔できたのか……。


「大狼くん?」

「お、おお! じゃあ行くか、佐伯」


 手は繋いだまま、俺と佐伯は大通りの人の流れに沿って歩き出した。


 もう、離れないように、指を絡めて——。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る