56話 守るもの、守られるもの
「ねぇキミ、めっちゃ美人じゃん。彼氏いないの?」
気持ち悪い……。
私と同じく花火大会に向かう人が行き交う道を歩いていたら、突然路地裏から伸びてきた墨の入った手に引かれて、今に至る。
「こんなに綺麗な浴衣を着てんのに彼氏いなかったら、完全にナンパ待ちってことになっちゃうけど?」
「俺らさ、たまたま女の子来れなくなっちゃって、今から暇なんだよねー、お金出すから遊ばない?」
赤いアロハシャツに短パンの金髪男が私の肩に触れた。
スマホに大狼くんからlimeが入ったのには気づいていたけど……この状況で大狼くんを巻き込みたくない。
いつも通り……逃げれば。
私が逃げようとしたら、もう一人の柄シャツの男が私の手を掴んだ。
「んだよ、めんどくせぇ。よし、さっさと浴衣脱がせて写真撮って脅すか」
「……あなたたち、人生終わるわよ」
「もう人生とか終わってんだよ、前科あるし。怖くねぇっての」
人間は、プライドも何もかも無くなったら、こうなってしまうものなのか。
愛する人も、夢も、興味も、何もかもなくなったら……私もいつか、こんな人間に。
それだけは、絶対に嫌だ……っ。
「……おっ」
「お?」
「おいおい、怖くなっちゃったのか——」
「大狼くん——っ!」
私は助けてと叫ぼうとしたけど、咄嗟に口から出たのは、彼の名前だった。
何言ってるの私……彼を巻き込まないために、既読スルーしたのに、結局呼ぶなんて、私は——っ。
「呼んだか? 佐伯」
驚きすぎて言葉を失った。
私が叫んだ刹那、彼が目の前に現れたのだ。
それは、まるでヒーローみたいに。
「どうしてあなたが、ここに」
「突然既読スルーされたら心配になるだろ」
「で、でもっ。どうして場所が」
「お前のマンションから駅までの道にある路地裏全部見てきたんだよ」
既読スルーは自分が興味のない相手へ眼中にないとアピールするための行為だった。
けどわたしは、彼を守るために既読スルーをした。
それなのに……っ。
「へいへい彼氏ぃ。その子はナンパとかじゃなくて、自分から俺たちにまた開きたいって言って」
「さっき花火大会で巡回してた警官を呼んだのでもう直ぐきますよ」
「「は?」」
大狼くんは彼らに臆することなく、堂々と言い放つ。
「は、はったりだろ!」
大狼くんは、いつもの彼が見せるような気だるそうな目ではなく、今にも人を殺めそうなほどの鋭い眼差しを不良に向けた。
「も、もういいよ。襲ってもないのに捕まったらやり損だ。行こうぜ」
「……くっ」
不良二人組は路地裏から大通りに向かって逃げるように走って行った。
「……ごめんな佐伯」
「どうしてあなたが謝るの……? 私が既読スルーして心配させたのが悪いのに」
「それは俺に迷惑をかけないようにって思ったんじゃないのか?」
「…………」
返事をしたくなかった。
結果的に彼に守られてしまったし、彼に助けを求めてしまったからだ。
「ありがとう佐伯……それとその浴衣、すごい似合ってる」
「……っ」
花火が弾ける音と同時に、私は涙が止まらなかった。
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