52話 それぞれの気持ち。


 浜辺からテントに帰って来ると、佐伯は先に寝袋の中に入った。


「もう、寝るのか?」

「あら……大狼くんは、私とまだ何かしたいことでもあったのかしら?」


 佐伯は下半身を寝袋の中に入れながら、少し身体を起こして言う。

 佐伯はとろんとした目で俺の方を見ながら、その長い髪を軽く撫でる。


「べ、別にない! ……お休み」


 俺がランタンの灯りを消すと、テントの中が一気に暗くなり、俺も寝袋に入った。


「夜の海、綺麗だったわね」

「お、おう」


 佐伯はさっきからやけに落ち着いた雰囲気で喋っている。


 二人きりで花火大会行きたいとか、いつもの佐伯なら絶対に言わないのに。


 ……いつもの、佐伯か。


 興味のないモノにはとことん興味がなかったり、腹一杯メシ食べるのに痩せ型だったり、俺が美代や玉里、町張たちと話してると、やけに不機嫌で……。


 前までの佐伯は、ずっとクラスの自分の席で本ばかり読んで、誰とも話さない既読スルーの常習犯だった。


 それなのに佐伯は俺と知り合ってから、大きく変わった。

 孤高の美女、佐伯雪音。


 ずっと違う世界の住民だと思っていた彼女は、知り合って、急に彼女が身近な存在に思えたんだ。


 だからこそ、俺は……。


「佐伯……一つ、聞いてもいいか?」

「…………」

「佐伯は、俺のこと……」


 静寂に包まれたテントの中で、俺の心臓がドクッドクッと音を立てる。

 それが聞こえるくらい。


「どう、思ってるのかなって」

「…………」


 ……返事がない。


 もう、寝てしまったのだろうか。


「……お、お休み。佐伯」


 俺はそう呟いて、上を見上げてた。


 何でそんなこと、聞こうと思ってるんだよ俺。


 その後も返事が来ることは無く、俺はゆっくりと瞳を閉じた。


 ✳︎✳︎


 無視、してしまったわ。


 大狼くんがランタンを消してから数分後、彼は、私の気持ちを訊ねてきた。

 でも私は……寝たふりをして、答えなかった。


 勝負に勝って彼と寝ると決まってから、ずっと何をしようか考えてきたけど……結局は、何も浮かばなかった。


 今の関係で彼とできることは、もう全てしてしまったような気がする。


 だから……花火大会で、二人になって。


 私は彼に……想いを伝えたい。

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