51話 約束


 佐伯に連れられてやってきたのは、夜の浜辺。

 夜の海は薄暗くて、月明かりがぼんやりとしている。

 俺はテントの中にあったランタンを手に持ち、浜辺を佐伯と二人で歩く。


 まるで映画のワンシーンのような、そんな雰囲気だった。


「ここは、夜空が綺麗に見えるわね」

「そ……そう、だな」


 二人きりの時間。二人きりの空間。

 それが、どこか特別に思えて。


「佐伯、どうしてここに」

「……波の音が聴きたくなったの」


 月明かりを反射する水面みなもに目を向けると、自然と耳に波の音が聞こえた。


 隣を歩く佐伯の長い髪が、夜風に揺れ、甘い香りが広がった。

 佐伯の……香りだ。


「本当のことを言うと、あそこで二人きりになっても、落ち着かなかったから……」

「落ち着かない?」


「……私だって、女の子だもの。あなたみたいな男の子と一緒に寝るのは、さすがに緊張するものだわ」

「な、なんだよ、お前らしくない」

「…………そういうものなのよ」


 佐伯は多くを語らなかった。

 どこか遠い目をしていて、時折、俺の方を見ながら目を細めた。


「大狼くんは……どうして私とお友達になってくれたの?」

「それは……文化祭のあの時、お前が話し相手を欲しそうにしてたから、仕方なくだ」

「……嘘つきね」

「嘘じゃねーよ」

「……あなたも、私に興味があったんじゃなくて?」

「き、興味っていうか……シンパシーなら、感じてたけど」

「……え?」

「あー、やっぱやめだ! なんでもない」


 この会話に意味なんかないのかもしれない。

 それでも俺は、佐伯とこうして話している時間が……少し、楽しく思えた。


「ねえ、大狼くん。せっかく夏なのだから、花火の一つでも、観に行きたいと思わない?」

「花火? 俺はうるさいからあんまり」

「観たいと思わない?」

「ごり押しが凄いな……そんなに行きたいのか? じゃあ、あいつらも誘って」


 そう言った瞬間、佐伯はランタンを持つ俺の手をぎゅっと握った。

 指の長いその綺麗な手が、俺の手に重なる。


「……二人で、いいじゃない」

「え…………」


 佐伯は真面目な顔だった。

 無表情とかじゃなく、冗談抜きのその顔。


「ダメ……?」

「ダメってわけじゃ……わ、分かった」


 俺は小さく頷いて、佐伯と約束を交わす。


「夏の最後に、花火大会……約束」


 佐伯は重ねた手で、そのまま小指を絡めてきた。


 なんか、この夜の佐伯は別人のように、グイグイ来る。


 こうして俺たちは、夏の最後に約束を交わした。

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