36話 孤独の理由とプリン泥棒現る


「いらっしゃいませー」


 俺と佐伯は妹の命令を受けて、駅前のプリンとやらを買いに来たのだが、その値札を見た俺は眼球が飛び出しそうになる。


 い、一個、600円……だと。


 こんな5口くらいで食べ終わりそうなプリンが1個600円って……。

 600円あったらサブスクで1ヶ月音楽とか映画を見放題の時代にこの値段か。


「……お前の妹、贅沢舌がすぎるだろ」

「仕方ないのよ。あの子は昔からグルメだから」


 大食いでグルメって……こいつらの食費どうなってんだよ。

 俺はなけなしの残金をはたいて、そのプリンを3つ買う。

 今日一日で驚くほど財布が軽くなっちまった。

 これで当分は本もゲームも買えないな。

 夏休みだし、内緒でバイトでもするとしよう。


「大狼くん無理しなくてもいいのに……」

「い、いいんだよこれくらい……俺にも、少しは男としてのプライド的なものが」

「捻くれ者って大変ね」

「お前には言われたくないが」


 俺はプリンの入った小箱を手に持って佐伯と一緒にマンションへの帰路を歩いた。

 プリンへの不満が頭の中で積もりに積もっていると、佐伯が急に「不思議」と呟いた。


「あなたって本当に不思議。孤独を望むなら、他人との干渉は100%断つのが普通でしょ? でもあなたは、他人を傷つけることもしないし、傷つけられるのも望まない。このプリンだって、無視すればいいのに律儀に買うし」

「きゅ、急になんだよ」

「前にも言ったでしょ? 私はあなたに興味があるの。あなたが無駄に優しさを見せる理由、教えてもらえる?」

「無駄な優しさって……。てか、そんなこと聞いても、お前には何の得にもならないと思うが?」

「いいから、教えなさい」

「また命令口調……」


 俺は話すかどうか悩んだが……佐伯になら、話しておいてもいいと思えた。


「昔、玉里がいじめられてるのを見たことがあったんだ」

「道藤さんが?」

「ああ。ガキの頃の話だけどな? その頃の俺はいつもツンツンしてて、周りにも凄い嫌われてた。でも玉里のやつは、親同士が仲が良いこともあって、そんな俺に対していつもベタベタしてきた。……けど、それを良く思わない奴らの矛先が、玉里に向いちまったことがあったんだ」


 思い出すのも胸糞の悪い話だが、俺は話すことで少し楽になろうとしていたのかもしれない。


「俺のせいで泣かされる玉里を見たあの日から、俺は敵を作らず、かと言って仲間を作らないのを徹底するようになった。俺にとっての孤独は……人畜無害であることなんだよ」


 上手く立ち回らないと、自分の孤独が誰かの迷惑になってしまう。

 他人と馴れ合うのが嫌だからあくまで一人でいるのを望むけど、かといって誰にも迷惑はかけたくない。そう思うようになった。


「……やっぱりあなた、変わってるわね」

「お前に言われたくない」

「変わり者同士だから、私たちは仲良しなのかしら?」

「な、仲良しでは、ないだろ」

「そう? 私は意外と……あなたとは仲良しだと思ってるわよ。それに、あなたのそういう優しい所は……嫌いじゃないから」

「え……」


 佐伯は微笑みながら、俺が持っていたプリンの箱を攫うと、急に前を歩き出した。


「お、おい、さえ」

「今からよーいドンで競争して、勝った方が負けた方のプリンも食べれるってどうかしら」

「それ、自分が2個食いたいだけだろ!」

「よーいドンっ」


 佐伯は全力ダッシュで、マンションに向かって走り出す。

 呆気に取られた俺は、勝ち目がないことを悟った。


「こ、この、プリン泥棒っ!」



—————————

【あとがき】

作者、書籍化作業で多忙なため、本日はあとがきお休み。


……佐伯ぃぃぃいいいっっっ!!


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