23話 あーんと心情の変化


「大狼、このお肉もう大丈夫だよ?」

「お、おう、ありがと」


 肉奉行の町張から肉をもらった俺は、レモン汁に付けながら黙々と食す。

 まあ……食べ放題の肉だなって感想しか出ない。


 それにしてもこの空気……なんか不穏だな。


 さっきから佐伯の視線は冷たいし、玉里はガキみたいにサイドメニューばっか頼んでるし、町張はずっと肉焼いてるし。


 そもそもこの面子、共通の話題が無さすぎるだろ。

 普段から気まずい空気には慣れてる俺でも、流石に気にせずにはいられなかった。


 孤高の美女・佐伯雪音、委員長・町張向日葵、さらにはマスコット・道藤玉里という、クラスの3大キャラが揃っている中でも、この空気。

 肉の油が跳ねる音が聞こえるくらいに、このテーブルだけは静かだった。

 その後、焼き奉行の仕事が落ち着いてきた町張は一度お手洗いに行くと離席し、玉里もそれについて行った。


「はあ……」


 俺は重苦しい空気から解放されて、大きなため息をこぼす。

 残された俺と佐伯は、トングで自分の肉を転がしていた。


「佐伯……さっきから何で機嫌悪そうなんだ?」


 俺がそう訊ねると、佐伯は持っていたトングを置いて俺の方を見つめる。


「あなたって……自分と道藤さんの馬鹿ップルぶりを見せつけるのが趣味なの?」


 またしても訳のわからないことを言う佐伯。


「何を言い出すかと思えば。お前はまた勝手な想像しやがって」

「想像でも妄想でもなく事実でしょ? 普段はあんなに孤独な自分に酔いしれていたくせに、あなたと来たら道藤さんには甘々で、さっきの『あーん』なんて、立派な不純異性交遊よ」


 佐伯は一通り説教? を垂れると、水で喉を潤した。


「あんなの不純異性交遊でも何でも無いし、いつもやってる訳じゃ」

「なら、私でもできるの?」


 佐伯は今まで焼いていた少し炭のかかった肉を箸で掴み、目の前の俺の方へ…………って。


「お、おい!」

「あなたが道藤さんLOVEでは無いと言うなら、証明してみなさい」

「LOVEってお前」

「あなたは私の育てた肉を食べるの。ほら、口を開けなさい」


 佐伯はそう催促しながら、箸を近づける。

 ま、待て、これじゃ間接的に佐伯と……。


 こいつ、俺への怒りで気づいて無いのか?


「……さっさと口、開けなさい」


 佐伯の命令口調に、恥じらいが籠っていた。


 もしかして佐伯は……そんな事、気づいた上で俺に……?


 佐伯の箸から肉汁が垂れそうになった時、俺は目を瞑りながら、口を開けた。


「今日は……やけに素直なのね」

「うるせ、俺は誤解を解きたいだけだ」


 俺は目を閉じたまま、佐伯のあーんを受け入れ、口の中に入った肉を咀嚼する。


 マジで何、やってんだ俺……。


 肉の味が感じられないくらい、その一口には特別な何かを感じていた。




―――――――――――――

【あとがき】

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