14話 佐伯の優しさ


「しゃ、しゃべっ……」


 町張は驚きながら手をわちゃわちゃさせている。


「大丈夫か、町張?」


 佐伯って喋るだけでもこんなに驚かれるものなのか……?

 佐伯との会話に慣れてしまった俺にとって、町張の反応は大袈裟にも思えてしまった。


「そんなに意外かしら」

「だって! いつもは首を振ったり、小声で返事するだけの佐伯さんが普通に喋ってるから……」


 どうして町張の前で佐伯が喋り出したのかは不明。


 町張の事を警戒しなくてもいい人間と認めたのだろうか……。


「……町張さん」

「な、なに?」

「あなた大狼くんから変な事されたの?」

「へっ、変なことは、されてないけど……」


 町張が口籠もりながら俺の方を上目遣いで見てくる。

 俺も恥ずかしくなってきてつい頭を掻いた。


「あなたたち、そのR15くらいの青春漫画みたいな恥じらい方は辞めなさい」

「べ、別に恥ずかしがってないだろ」

「私に話せない事なの? ……まさかお尻でも触られたのかしら?」

「ただの痴漢じゃねーか」


 佐伯は、俺を退けると町張の前に立って彼女のスカートをジロジロ見ている。


「触られて無いなら、鷲掴みされたの?」

「触り方の問題じゃねえっ!! そもそも俺は触ってねえ!」

「そうだよっ。大狼はそんな事しないし」

「あなた、なに大狼くんの事を分かった気になっているのかしら」

「お前が言うなお前が」


 急に俺を知ったかぶるのはやめて欲しいんだが。

 俺と佐伯が自然に会話しているからか、町張はポカンとした顔でこちらを見ていた。


「大狼って、佐伯さんといつもこんな感じで話してるの?」

「ま、まあ……」

「仲、良いんだね」

「別に彼とは実行委員が同じだけ。町張さん、変な勘違いをしないで頂戴」


 その通りだ佐伯。

 だから俺によく分からん日常limeを送ったり、limeの返信するのを辞めろ。


「大狼くんも……調子に乗りすぎ」


 どうやら佐伯には、俺が調子に乗っているように見えたらしい。

 全くそんなつもりはない。


 佐伯は「さっさと会計済ませましょう」と言って踵を返す。

 ったく、何なんだよ佐伯のやつ。


 俺と町張はさっきの件で気まずい空気になりながら、一緒にレジへ向かうのだった。


 ✳︎✳︎


 買い出しの品を教室に置くと、俺たちは校舎を出た。

 町張は俺と気まずかったからか「用事があるから先に帰るね」と言って足早に帰ってしまった。


「逃げられちゃったわね? 町張さんにどんないやらしい事をしたのやら」

「俺は何もしてない」


 佐伯は肩を竦めると、校門に向かって歩き出した。

 俺は佐伯の影を踏むように後ろを歩く。

 すると佐伯の影が校門の前で止まった。


「さっき町張さんの前では『仕事だけの関係』と言ったけれど、あれはあなたのために言ってあげたのよ?」

「……俺の、ため?」

「孤独を望むあなたが……もし私と馴れ合ってるなんて事になれば、あなたが可哀想だと思ったの」


 つまり佐伯は、気を遣ってくれたってことか。


「私もあなたの気持ちが分かる……だからこそ、迷惑だけはかけたくないの」


 ずっとこいつには優しさなんて無いと思ってた。

 孤高の美女。既読スルーの常習犯。

 

 何に関しても無関心でクールな性格が佐伯雪音という人間を創り出していると思っていた。

 けど、ここ最近佐伯と話すようになってから……意外と人間味があると分かったというか。


「佐伯って、優しいんだな」

「……この私が優しくしてあげてるのだから、その喜びを噛み締めなさい」


 え、偉そうに……。

 やっぱ前言撤回したい。


「もう帰るわ」

「お、おう」

「……あなたの方こそ、優しすぎるのよ」


 佐伯はそれだけ言い残し、早歩きで帰って行った。

 俺が優しい……か。

 似合わないな、その言葉。

 俺はバス停に向かって歩き出した。


 ✳︎✳︎


 ——2週間後。


 クラスの連中が俺に同情してくれたからか、放課後の準備に参加してくれる人数が多かったので、文化祭の準備は首尾よく進んで、普通に間に合った。


 陽キャどもは自分たちが喫茶店を推してただけあって、メニューとか諸々の準備も勝手にやってくれたし、知らない所で準備が進んでいた。


 そして文化祭当日、後ろの席の原田がやけに企みの含んだ笑顔で俺を呼んだ。


「なあなあ大狼ぃ。見ろよこのメイド服」


 原田は胸元がハート型に開いたとんでもない衣装を鞄から取り出す。


「なんだこれ……女子たち怒るだろ」

「これは佐伯さん専用の衣装だ。佐伯さんにこれを着せるの、お前も手伝え」


 何を言い出すかと思えば、またそんなしょうもない事か。


「準備した後で悪いが、佐伯と俺は実行委員の仕事で見回りするし接客しないぞ」

「え……」



―――――――――――――

【あとがき】

ねむたい


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