11話 相合傘の下で、無自覚の愛
ポツポツと傘が雨粒を弾く音がする。
雨音に意識が行ってしまうくらい、同じ傘に入ってから佐伯は喋らなくなったので、俺たちの間に会話がなくなっていた。
小さな折りたたみ傘の下で、お互いの肩と肩が少しだけ触れ合うくらいの距離で身を寄せ合う。
さながら恋愛小説のような展開だが、相手が佐伯雪音ともなると、ときめいてる余裕は無い。
佐伯が何を考えているか分からないし、ドキドキよりハラハラが勝ってしまう。
目の前の信号が赤になり、俺たちは足を止める。
「大狼くん、ずっと気になっていたのだけど」
「なんだ?」
「その……あなた、肩が」
佐伯は、傘からハミ出ていた俺の右肩を指差す。
別に格好つけたいとかは思ってないが、一応俺も男なので、佐伯が濡れまいと傘を極力佐伯の方に傾けていたから、自分の右肩が濡れてしまっていた。
佐伯がやけに喋らないと思ったら……そんな事を気にしてたのか。
「いいから。俺の安物の服なんかより、お前のが濡れたら大変だ」
「……い、一匹狼の癖に、人並みの優しさはあるのね?」
「それ褒めてんのか」
「あら……褒められたいの?」
「べ、別に」
佐伯は俺を揶揄いながら「ふっ」と鼻で笑った。
常に上から目線なのがムカつくんだよな……。
佐伯の言う「あなたが気になる」っていうのは、俺をオモチャにしか見ていないという意味なんだきっと。
俺みたいなのをイジって何が楽しいのやら……。
「そういえば佐伯って中学はどこだったんだ? 駅の近くに家があるなら、俺と同じ中学でもおかしくないと思ったんだが」
「私……高校から日本に来たの」
「え、高校から日本にって事は……お前、帰国子女だったのか?」
「ええ……親が外交官なのもあって、海外暮らしが長かったから」
「へ、へぇ……親が外交官。じゃあ佐伯って英語とかペラペラなのか?」
「いいえ全く。外国語には興味がなかったから、日常会話レベルしか喋れないわ」
「そんなのまで興味ないって……海外では大丈夫だったのか?」
「大丈夫よ? 家では親も日本語だったし、日本人ばかりのスクールに通って、本も日本の書籍ばかり読んでいたから……海外にいながらほぼ日本のような暮らしをしていたの」
留学に行って語学力0で帰ってくる大学生みたいな環境だな。
「お、お前って、やっぱ変わってるよな」
「それは褒め言葉かしら?」
「自分で考えろ」
興味のない事はやらないって性格も、ここまで来ると厄介なもんだ。
興味とか関係なく、せっかく海外にいたのにむしろ日本語しか勉強しないとか……きっと親御さんも苦労しただろうな。
「まあ、妹が英語を喋れるから、何かあったら全て妹に通訳をさせていたわ」
「お前の妹さんも大変そうだな」
「どのみち私が喋るのなんて、家族だけだったから、別にいいのよ」
家族以外と喋らないって……。
じゃあ今ここで俺みたいな他人と喋ってるのは、かなりレアな現象なのか?
「大狼くん、ここが私の家よ」
「ん?」
佐伯は目の前の高層マンションを指差す。
ガラス越しにエントランスを見ると、シックな色合いの内観からして、いかにも金持ちが住んでそうな大きなマンションだった。
「姉さん」
俺たちがマンションの前に立ち止まっていると、隣から傘を差しながら、もう一本の傘を手に掛けた佐伯と瓜二つの顔をした女子に声をかけられた。
「……傘、忘れてたよ」
「ええ。だからカレに送ってもらったの」
彼女は……佐伯がさっき言ってた妹か?
佐伯よりも大人しめの印象を受けるな。
「大狼くん。この子は私の双子の妹で、
「ふ、双子……? 妹って、双子の妹だったのか。じゃあ同い年……」
「ええ。高校は違うけれど」
「…………ども」
佐伯の妹がぺこりとお辞儀したので、俺も軽く会釈する。
妹も佐伯と同じような、他を寄せ付けない雰囲気があるが、目付きは佐伯以上に鋭い。
さらに、髪も佐伯と違って肩に触れないくらいのショートヘアであり、ちなみに胸は——佐伯よりもデカい。
俺の視線に気付いたのか、佐伯の妹は少し恥じらいのあるような様子で、眉を顰めながら俺の方に近づいてくる。
あれ。キツい性格の佐伯と違って、結構柔らかい性格なのか?
そして、俺の耳元に顔を近づけ————。
「……あんま変な目で見んな……しばくぞ」
と言ってエントランスへ入って行った。
なるほど……佐伯以上にヤバそうなのは、よく分かった。
佐伯同様に無口のクール系なのかと思ったが……口調が完全にヤンキーのそれだったんだが。(耳打ちヤンキーとでも名付けようか)
「大狼くん……傘ありがとう。また来週」
「あ、あぁ」
佐伯は妹を、追うようにマンションのエントランスに入って行った。
佐伯といい、ヤバいなこの姉妹。
✳︎✳︎
大狼くんと別れた後、私と美代はエレベーターに乗って、部屋に向かっていた。
「姉さん、わざと傘を忘れた」
「違うわ。うっかりしていただけ」
「……姉さんが男子に興味を持つなんて珍しい。それもあんなキメェ目をした男」
「…………」
私にも、その理由は分からない。
前に彼に抱いた【自分に似ている】という共感から、今はまた違うものになっているような気がする。
一緒の傘の下にいただけで……身体中が温かくなって……。
何故、私は……こんな……。
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