10話 手を重ねる、そして雨が降る


 俺はカフェで核心に迫る。


「……既読スルーの件なら、前に話したじゃない」

「あれはお前が俺以外の人間を既読スルーする理由だろ。興味が無いとかなんとか言ってた」

「……そう、だったかしら」

「今は、"俺を既読スルーしない理由"を訊ねてるんだ」


 美化活動をやらされた時にも、俺は同じ事を訊ねたが、佐伯はだんまりを決め込んで答えなかった。

 そして、今も……。


「…………」


 佐伯は黙りながらさっき閉じた本を開こうとしたので、俺は手を伸ばし、本を開こうとした佐伯の右手を掴む。


「すぐ本に逃げるな」

「……っ」


 俺は初めて、佐伯に触れた。

 その手はまるで殻を剥いたばかりのゆで卵みたいにツヤツヤしていて、少し冷たい。

 女子の手って……こんなに綺麗なのか。


「……い、いつまで握っているのかしら」

「お、ご、ごめ」


 俺は握っていた手を、佐伯の手から離す。


「急にボディタッチなんて……やめて」

「急にって、お前が本に逃げようとしたから仕方なく」

「別に、逃げようだなんて思ってないわ」

「思ってただろ」


 佐伯は俺を無視して掛けていたメガネを外すと、バッグからメガネ拭きを取り出しメガネを拭く。

 ほんと、掴みどころが無いというか何というか。


「私があなたに返信するのは——」

「え?」

「ただ、あなたが気になるだけ」


 佐伯は突然、俺の質問に答えた。

 あんだけ言い渋っていたのに、突然の回答に俺は脳が追いつかない。


「……それだけ。分かった?」

「い、意味がわか」

「分かった?」

「あ……あぁ」


 俺たちの会話が途切れたタイミングで、女性店員がミルクココアとコーヒーを持って来た。

 少し酸味の効いたそのコーヒーを味わいながら、俺は考えに耽る。


 気になるって、どういう事だ?


 あの佐伯雪音が、俺みたいなのが気になる……?


 鼻につくとか、目障りとか、そういう意味なのかもしれないが……少なからず、好意という可能性もあるのか?


 でもこの前、佐伯から『あまり思い上がらない方がいい』って言われた事があったし、そっちの意味では無い……はずだ。


 じゃあ、あのダル絡みlimeも俺への嫌がらせだったのか?

 嫌がらせで『おはよう』とか『お疲れ様』とか普通は送らないと思うが……。


「ねえ、聞いてるのかしら?」

「え? すまん、考え事してた……何の話だ?」

「文化祭の事よ。もう目の前まで迫って来ているのだから、もう少し危機感を持って頂戴」


 今までで一番の「お前だけには言われたくない」が出そうだった。


 ✳︎✳︎


 その後は比較的真面目に文化祭について話し合い、ある程度今後の方針が決まったので、解散する事になった。

 俺は会計を済ませると、店のドアに手を掛ける。


「またのご来店をお待ちしております」


 俺が店から出ると、先に外へ出ていた佐伯は、出口付近に突っ立って、屋根の下から空を見上げていた。

 ちょうど天候が雨に変わったからか、道行く人が傘を差し始めている。


「佐伯?」

「……傘、忘れてしまったわ」


 佐伯は顔を曇らせながらそう呟いた。


「今日雨予報だったろ。お前って意外と抜けてるところあるよな」

「…………」


 俺が小馬鹿にしたからか、佐伯はまた無言になり、こっちに睨みを効かせる。


「……わ、分かった。今からコンビニまで行って傘買ってくるから待ってろ」


 俺はバッグから折りたたみ傘を取り出して差そうとしたのだが……。


「要らないわ」


 佐伯はスパッと断ると、俺の手の中にある折りたたみ傘を指差す。


「家、この近くだから、送って」

「え……」



―――――――――――――

【あとがき】

次回、佐伯の妹登場?

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