8話 仲直りと半強制的休日デート
「少しは喜んでくれても……いいじゃない」
よ、喜ぶ……?
文化祭実行委員なんて面倒な仕事、喜べるわけがないだろ。
それに佐伯だって、こんな仕事を喜んで引き受ける性格には思えないが……。
「佐伯は嬉しかったのか? こんな馴れ合い必須の仕事を押し付けられたら最悪だろ」
「……う、嬉し、かったわよ」
実行委員になれて嬉しかった……?
原田に任せっきりで、実行委員の仕事してなかったのに?
「でも、あなたのせいでやる気が失せた」
「は? 俺がなにしたって——」
佐伯は本から目を上げて、睨みを利かせながら人差し指をこちらに立てた。
「あなたが後ろの彼にくじを譲った理由は何? 仮に女子側の実行委員が町張さんや道藤さんだったら、あなたは譲らなかったんじゃないの?」
「は?」
「私に不満があるから、私が嫌いだからそんな事をするの? この前のlimeだって結局あんなスタンプではぐらかして。あなたって、もしかして裏で町張さんと付き合っているのかしら? バスでも仲良く隣同士だったものね? それに試しに私がlimeを送るのを辞めてみたら一切limeを送って来ないし、あなたは」
普段の無口な佐伯はそこに無く、捲し立てるように俺への不満(らしき内容)を並べていた。
口数が多い割には、いつもの抑揚のない喋り方をするので、呪文みたいで全然頭に入って来ない。
教師から説教されている時と同じ感覚だ。
「お、落ち着け、何が言いたいのかさっぱりだ」
「…………」
「よく分からんが、お前の気分を悪くさせたなら謝る。すまなかった」
「……二度と、こんな真似しないで」
話が長すぎて「こんな真似」というのがどんな真似なのかすら理解出来なかったが……とりあえず謝罪しておいた。
佐伯ってやっぱ変わってるな。
俺の前だとよく喋るけど、決まって不機嫌そうなのはなぜなのか。
まあ、嫌ってくれるならその方がこちらとしても都合がいいのだが。
「大狼くん」
「なんだ? また文句か?」
「明日、文化祭の打ち合わせするから、駅前のカフェに来なさい」
「は? 打ち合わせってお前……そんなのlimeでやりとりすれば」
「話は以上よ。来なかったら金輪際、あなたと会話してあげないから」
佐伯は本を閉じると椅子から立ってそのまま図書室を出て行った。
金輪際、会話してあげない……か。
……じゃ、行くのやめようかな。
✳︎✳︎
翌日の土曜日。
曇り空の下、駅前の小洒落たカフェに呼び出された俺。
この前の佐伯の怒り様からして、バックれたら●されるんじゃないかと思い、今ここにいる。
あの佐伯雪音と休日にカフェで待ち合わせ。
他の男どもなら、一世一代の大勝負だが、そんな熱意が全く無い俺は、近所のコンビニに行くような心持ちでそのカフェとやらに向かう。
休日は一人で過ごすのが当たり前の俺にとって、友達やクラスメイトといった類の人間と休日に待ち合わせする事自体(玉里を除いて)初めての事だし、それもその相手が……あの佐伯雪音。
やっぱ、今からでも原田にバトンタッチしてやるべきか……?
今から原田をカフェに呼んだら佐伯がどんな顔をするのか容易に想像できる。
きっとブチギレて帰るだろう。
「これ以上、逃げ道を探しても仕方ない。さっさと入ろう」
腹を決めた俺は、駅前のカフェ入ると、店内をぐるっと見渡す。
すると、右奥の窓際の席に座る佐伯らしき人物が、二人がけの丸テーブルで本を読んでいる。
"らしき"というのは、佐伯の服装や見た目が普段の制服姿より大人びていて、人違いかと思ったからだ。
鎖骨が見え隠れするボートネックの黒いセーターに、足の細さを強調するデニムパンツ。そして、普段は付けていないその黒縁のメガネが読書家の佐伯をさらに知的に思わせる。
モデルのようなその容姿。
違う世界の人間に思えて、待ち合わせをしてるのに声をかけるのすら憚られるが……俺は意を決して佐伯に声をかける。
「ま、待たせてすまない佐伯——」
佐伯は俺に気づいた瞬間ポケットからスマホを取り出し、なぜか背面のレンズをこちらに向ける。
パシャリ、とスマホのカメラのシャッター音がして、俺の身体がビクッと反応する。
「な……なんで今写真を撮ったんだ? おい、消せ」
「勘違いしないで頂戴。あなたの私服なんか全然興味はないから」
「なら尚更消せよ!」
「……こ、これは、いざという時、ネットへ晒すために取っておくのよ。あなたへの抑止力として」
い、意味が分からん。
出会って早々に訳のわからない言い合いをしながら、佐伯にスマホから俺の写真を消させた。
佐伯は謎行動が多過ぎる……。
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